voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街15…『闇夜の礫11』 ◆

 
「こいつがドルフィだ!」
 と、ジャックはドルフィの肩に手を回して、ザハールに紹介をした。
 ザハールは立ち上がり、
「俺は……ジムだ」
 と、偽名を名乗った。たまたま目についた店員の名札に書かれていた名前だった。
「ジムか! いい名前だ!」
 と、ジャックはドルフィの肩を抱いたまま2杯目のビールをグビグビと飲んだ。
「おいジャック、こいつに俺を紹介して何のつもりだ? 誰なんだよ」
 と、ドルフィ。
「ん、あぁ悪い悪い。新しい仲間だ!」
「仲間? 何者なんだよ」
「さぁなぁ……おいコモモ、ドルフィにもビール運んでこい! ジムとお前の分もな! 新しい仲間に乾杯だぁ!」
 
コモモは親指を立てて返事をすると、人を掻き分けてカウンターへと向かった。
 
「おいおい待てよ……俺はまだ認めてねぇぞ。何者かもわかんねぇのによく仲間に入れたな」
「訊いてどーする!」
 と、ジャックはドルフィを指差し、話を続けた。
「訊いても意味ねぇぞ? 訊いたところで本当のことを話すかどうかなんて分かりゃしねぇ。──ってことはよ、訊いても訊かずとも一緒だ!」
「一緒じゃねーよ……」
 ドルフィは呆れてため息をこぼすと、ジャックの手を払った。
「なんだよ、信用ならねぇなら警戒しときゃいいだけの話だろ?」
「警戒が必要な奴を仲間にする馬鹿がどこにいるんだよ!」
「ここにいるじゃねーか」
 ジャックはにんまりと笑う。
「ったく……世話が焼けるな」
 
その時、店のガラスが割れる音が鳴り響いた。客人の1人が突き飛ばされたらしい。
 
「テメェ何しやがんだ!!」
「お前が人の酒を飲むからだ!!」
「なんだなんだ? また乱闘かー?」
 と、周囲にいた客が騒ぎ立てる。
 
「おっと……早いとこ乾杯しねぇと巻き込まれんぞ!」
 と、ジャックは愉快に笑う。
「面倒くせぇなぁ……」
 ドルフィはそう呟くと、カウンターの前でビールを運ぼうとしていたコモモへと歩み寄り、手を貸した。
 
騒動は過激さを増し、殴り合いへと発展した。他の客達はテーブルや椅子を退かし、騒ぎの発端となった客人の周りにはスペースが出来た。
みんな逃げるわけでもなく、どっちが勝つか負けるかの賭け事をして騒動を楽しんでいるようだ。
 
「この店はいつもこうなのか?」
 と、ザハールは訊いた。
「あぁ、賑やかでいいだろ?」
 と、ジャックも楽しんでいる。
 
コモモとドルフィがビールを運んで来た。乱闘の片隅で彼等はそれぞれジョッキを手にする。
 
「んじゃ、新しい仲間に……乾杯!!」
 
乱闘の騒音にも負けないくらいのジョッキをぶつけ合う音が、仲間に加わったザハールを祝福していた。
 
 
「……馬鹿な奴らだった」
 ザハールはジャック達との何気ない日々を思い返しながらそう言葉を漏らした。「本当に……あいつらは……」
 
悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。利用する為に近づいたザハールだったが、ジャック達と打ち解けるのにさほど時間はかからなかった。初めて出会った日から、彼等はザハールに憚ることもなく親しげに接してきた。それを鬱陶しく感じていたのは始めだけだった。
それまで独りでいることが多かったザハールにとって、彼等と騒ぐ安気さに気が呑まれていった。
そんな中、突然現れた男の言葉に我に返った。ザハールは武器に手を伸ばし、“仲間”の生き血を全身に浴びた。生温かった。自分に向けられた彼等の見開いた目が心臓を貫いた。
 
「ジャックさんに……なにか伝えたいことはありますか?」
 と、アールは心を落ち着かせて訊いた。
「……いや」
「なにも……?」
「あぁ。謝って許されることではない。許して貰えるとも思わない。それに、俺の言葉など聞きたくもないはずだ」
「…………」
 アールは何も言えずに口を閉ざした。
「仲間を殺した奴がどこかで生きてるってだけで、胸糞悪いだろうな……」
 ザハールは、何処か遠くを見ていた。その目に生気は感じられなかった。
「俺は……選択を間違ったようだ」
「今更……」
「そうだな……。同じ苦しみを味わうことも出来ない……」
 と、ザハールは視線を落とした。
「……死んで詫びようなんて思わないでくださいね」
 アールが苦衷を察してそう言うと、ザハールは苦悶の表情を浮かべ、罪の重さを体中で痛感した。
 
 自分は説教出来る立場なのだろうか……。
 
アールもまた、自分自身の痛みと向き合っていた。人は殺意など持たずに生まれてくる。それが何かのきっかけで芽生えて、狂いはじめる。
魔物を殺すことにも抵抗があったのに、今は違う。多少の抵抗はまだあるけれど、魔物を目の前にして、武器に手を伸ばす躊躇いはもうない。
 
「人を殺した罪は……償えるのか……?」
 ザハールは消え入りそうな声で訊いた。
「きっと無理だと思います。一生掛かっても、人の命を奪った罪は消えないと思います。それでも……一生背負って生きて行かなきゃいけないんだと思います」
「それが人の命を奪った者の運命(さだめ)か……軽すぎるくらいだな……」
 
アールは、いつの間にか外の騒ぎが収まっていることに気がついた。
 
「あ、ごめんなさい……あの……」
 と、アールは気まずそうに言った。
「なんだ?」
「何て言う組織でしたっけ……? あと、名前、ジムじゃなくって……えぇっと」
「全く、お前は人の話を聞かないんだな」
「いや、聞いてたんですけど、物覚えが悪くて……」
「名はザハールだ。ゼフィル兵に知らせるつもりなら、俺が改めて話しておく」
「……すいません」
 と、アールは苦笑いを浮かべた。「でもちゃんと話してくれます?」
「心配するな。──アール」
「はい」
「この組織を止められるのはお前しかいない……。どうか忘れるな」
「あ……はい。でも……どうして私?」
「時期に分かるだろう。グロリア……」
 ザハールは眉をひそめてそう呟いた。
「グロ……?」
「選ばれし者、力のある者をグロリアと呼ぶ」
「へぇ……あ、でも私は違う。勘違いしないでください」
 と、アールは慌てて否定したが、ザハールも引き下がらなかった。
「随分と仕込まれたようだな。そこまで否定するなら、敵も欺けるだろう」
「だから違うってば!」
 アールはザハールの目の前まで歩み寄るとしゃがみ込んでもう一度言った。「ち・が・い・ま・す!」
「……ふっ」
 ザハールは思わず笑いをこぼした。「お前は……調子が狂うな」
 
アールはムッとした。人が真剣に言っているのにまるで通用しない。
 
「……感謝する」
 と、ザハールは呟いた。
「え?」
「さぁ、もう戻れ。武器は階段下の裏側にある倉庫だ」
「なんの感謝ですか?」
 と、アールは立ち上がりながら訊いた。
 
少しだけ話をするつもりだったが、随分と話し込んでしまった。
 
「罪を背負い、生きようと思えた」
「私は別に何もしてないけど……」
「言っただろう? 調子が狂ったと」
「え、あれってそういう意味なんですか?」
「さぁもう行け」
 アールは急かされるように階段へと歩いた。
 
階段を下りようとしてふと、ザハールがいる方へと振り返る。
 
「“ジムさん”」
 アールが名を呼ぶと、ザハールは俯いていた顔を上げた。
「じゃあね、ジムさん」
 
そう言ってアールが軽く手を振ると、ザハールは直ぐにまた顔を伏せた。
アールが階段を下りた後、彼は声を押し殺して泣いた。泣く資格などないことは痛いほどにわかっていても、その涙を止めることは出来なかった。



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