voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街12…『闇夜の礫8』◆

 
ジムが鎖鎌を振りかぶった瞬間、アールは周囲を取り囲んでいた者達を押し退けて前へ出ようとしたが、直ぐさま口を塞がれ奥へと戻された。
 
「大人しくしていてくださいアール様!」
「んっ……」
 アールが彼らの隙間から檻の外へ目をやると、標的にされた男は結界を張って身を守っていた。
「ふんっ、魔導師か。 だが、俺に結界は通用しない」
 口元を緩ませてそう言ったジムの言葉にアールはハッと思い出した。──そうだ。私とカイが結界に入っていたとき、ジムは結界を物ともしなかった。
 
アールは体をよじって振りほどこうとしたが、力強く押さえつけられているため、どうすることも出来ない。
 
 殺される……あの人殺されてしまう!
 
アールの悲痛な思いも虚しく、ジムは鎖鎌で結界を切り裂いた。
 
「──?! な……結界が……ッ」
「だから言ったろう? 俺には結界は通用しないと。また結界を張りたいなら好きにするがいい。だが、次は結界ごとお前を斬り裂いてやる」
「逃げろジルバ!」
 突然そう叫んだのは、アールを押さえていた男だった。
 
誰もがその男に気を取られた瞬間、銃声が響いた。檻の外へと連れ出されていた男の額からゆっくりと血が鼻筋を通って流れ落ちた。膝をつき、目を見開いたまま倒れ込んだ。
一部始終を見ていたアールは息をするのも忘れて青ざめていた。作業台に腰を下ろしていたハーヴェイの右手に拳銃が握られている。
 
「今の叫びで分かったぞ。コイツは偽物だな」
 ハーヴェイはそう言って床に倒れた男を見下ろした。
「力を持つ者であるなら、逃げる必要はなかろう。結界で身を守ることしか出来ん者が選ばれし者とは思えんからな」
 
そしてハーヴェイはゆっくりと立ち上がると、今度は檻に銃口を向けた。
 
「叫んだお前も、偽物だ」
 
銃を構えるハーヴェイの人差し指が引き金へと伸びた。そして、耳を塞ぎたくなるほどの銃声が再び鳴り響いた。男は檻の中で倒れたが、その上にはアールが覆いかぶさっていた。引き金を引いた瞬間、彼女は咄嗟に彼を突き飛ばして倒れたのだ。弾は檻の後ろの壁に穴を開けていた。間一髪だった。
 
「アール様……」
 と、男は掠れた小声で言った。
「“様”はやめてください」
 と、苦笑しながら体を起こすと、男に手を貸した。
「庇ったお前は偽物か? あるいは本物か」
 ハーヴェイはそう呟くと今度はアールに銃口を向けた。
 
「お待ち下さいハーヴェイ様」
 と、ジムがハーヴェイの前に歩み出て、銃口の前に手を出した。「なぜ奴まで偽物だと?」
「世界を救うであろう英雄が、ろくに攻撃魔法も使えぬ捨て駒を守る意味がどこにある。捨て駒を守るために叫び、自ら危険を犯す必要がどこにある」
「ハーヴェイ様……」
「お前のように私の片腕になる人材ならば捨てるのは惜しかろう」
 と、ハーヴェイはジムを見遣った。「だが、他は捨て駒だ。死ねば新たに持ち駒を増やせば済む」
 
ジムは、ハーヴェイの意向を聞いた見張り役の男達の視線を浴びた。ハーヴェイを慕っているからこそ彼等にとっては信じがたく、気分のいい話ではなかっただろう。
 
「私に戦わせてくれませんか」
 と、ジムは言った。
「お前の遊びに付き合うのも悪くはないが、焦らされているようで性に合わん。手を退けろ」
 ジムの手は拳銃の銃口に添えられている。
「しかし……」
「手を退けろと言っているんだ。お前の耳は飾りか?」
「……いえ」
 ジムが銃口から手を退けたその瞬間、
「防護結界発動!」
 と、男の声がハーヴェイ達の背後から聞こえ、捕われていた者達は檻ごと結界で守られた。
 
アールはルイが助けに来てくれたのだと思ったが、振り返ったジムとハーヴェイの間から見えた人物は、40代くらいの男だった。鼻の下に生やした黒い髭が綺麗に切り揃えられている。
 
「誰だ貴様は……」
 ハーヴェイがその男に銃を向け、発砲した。
「──?!」
 アールは捕われているゼフィル兵達を掻き分け、鉄格子まで身を乗り出した。
 
結界を発動させ、銃で狙われた男は結界で身を守っていた。その男の隣で息を切らしてロッドを構えていたのは、ルイだ。
 
「ルイ!」
 思わず声を上げたアールに、ルイは優しく微笑んだ。
 
1階へと下りる階段から、1人、2人、3人……と、武器を持った男達が次々と上がって来る。そして、一斉にハーヴェイ達へと武器が向けられた。
 
「ゼフィル兵達です」
 と、檻の中にいる1人が力強く言った。
「これはこれは大勢で……」
 ハーヴェイはそう呟き、銃を下げた。
「なか……仲間達を離してもらうぞ!」
 と、駆け付けたゼフィル兵を掻き分けて顔を出したのはカイだった。だが、直ぐさまルイの背中へと身を隠す。
 
──カイも来てくれたんだ……でもカッコイイんだかカッコ悪いんだか。
 
「観念しろ。数見りゃ分かんだろ、俺達のが強い」
 と、シドも遅れて顔を出す。
 
しかし、シドの肩にポンッと手を置いて、頭にターバンを巻いた20代前半くらいの男が前に迫り出してきた。
 


「数が少なかろうが俺達のが強いんだよ糞野郎」
「おい……そりゃ言わずとも分かってんだよボケが」
「あ? お前が『数で勝てる』と言ったんじゃねーか糞野郎」
「誰も数で勝てるとは言ってねーだろ! 数でも勝てるってことだ!!」
「あーはいはい、後からならなんとでも言えるな、女恐怖症くん」
「テメッ?! やんのかゴラァ!!」
「お前と遊んでる場合か?」
「なんだとッ?!」
「シドさん! 今は口喧嘩をしている場合ではありませんよ!」
 と、ルイが呆れて言った。
 
「ザハール」
 ハーヴェイが名前を呼ぶと、ジムは勢いよくアール達を囲む結界を斬りつけた。
 
咄嗟に身を構えたアールだったが、結界は張られたままだった。
 
「あれ……?」
「捕らえろ」
 と、アール達を防護結界で守ったヒゲの男が命令を下し、ゼフィル兵達は一斉にハーヴェイ達に襲い掛かった。
 
見張り役も加勢し、狭いスペースでの戦闘が始まった。武器同士がぶつかり合う音がところ狭しに響く。その隙にルイとカイは檻へ近づいた。
 
「アールさん、大丈夫ですか? お怪我は?」
「大丈夫。みんなも大丈夫。でもひとり殺されちゃった……」
 そう言って肩を落とすアールに、
「もう大丈夫!」
 と、空気の読めないカイが満面の笑みで言った。「あ、そういえばジャックは生きてたよ! 息があったんだ! ジャックだけだけど……」
「そう……ジャックだけでもよかった……」
 アールはそう言って複雑な表情を見せた。
「皆様もご無事でなによりです。戦闘が終わるまでもう暫く中で待機していてください」
 ルイが安全を期してそう判断したが、
「いえ、我々も加勢させてください」
 と、ひとりの男が言うと、他の捕われていたゼフィル兵達も続けて願い出た。
「お気持ちは分かりますが……」
「定員オーバーだよぉ」
 と、カイが戦闘中のゼフィル兵達を見て言った。「ここ狭いしー、8人対、今いるじゅう……十数人で十分だよぉ」
「確かにそのようで……」
 
それから10分もしない内にハーヴェイ達はゼフィル兵達の手により、あっさりと御用になった。
ルイは取り押さえられたハーヴェイ達を確認してから、アール達を檻から救出させた。
 
「弱っちぃのに盾突くんじゃねーよ」
 と、シドが膝をついているジムを見下ろし、言った。
「お前のが弱いと思ったんだろ」
 ターバンの男がすかさずそう言う。
「あ"? テメェさっきからうぜーな。そんなに俺に負けたことが悔しいのか? いつまで引きずってやがんだ」
「なんのことだ? ……あぁ、お前がズルして勝った決闘のことか」
「ズル……だと?」
 と、シドはターバン男の胸倉を掴んだ。「今のは聞き捨てなんねぇな」
「俺に負けそうになったお前を哀れんで決闘を中断してやったのに、お前は俺を背後から襲いやがった」
「中断してくれなんて頼んでねーだろーがよッ」
「中断してくださぁーい、お願いしますぅー…って言ってるような目に見えたもんでねぇ」
 と、ターバン男は自分の胸倉を掴んでいるシドの腕を強く握った。「離せよ、子犬ちゃん」
「……ッ?!」
 シドの怒りが頂点に達したとき、背後から彼の肩に誰かが手を置いた。
 
シドは睨みつけながら振り返ると肩に手を置いたのはアールだった。
 
「来てくれてありがとう。助かった」
「…………」
 シドとターバン男は沸々と沸騰する怒りの中、アールを黙って見据えた。
 
2人の間に立ったアールは随分と小さく見える。
 
「聞いてる? ありがとね……、捕まってたゼフィル兵達も助かって、シドにも礼を伝えてくれって言われて」
「…………」
「でもひとり死んじゃった……」
 
2人はアールの視線の先で倒れている男に目を向けた。額に銃弾を撃ち込まれて出来た穴から血を流し、見開いた目は何処か遠くを見ていた。勿論、彼の目にはもう何も映ってはいない。
 
「ひとりで済んだじゃねーか」
 と、シドはターバン男の胸倉を掴んでいた手を離し、遺体に近づいて腰を下ろした。軽く手を合わせ、亡くなった兵士の瞼を閉ざした。
「でも……私のせいだよね」
「…………」
 シドは黙り込み、じっと遺体を見つめている。
「お嬢のせいじゃありませんよ」
 と、ターバン男が口を開いた。
「え……お嬢……?」
「誰のせいだとか言ってりゃキリがないと思いませんか。俺達が駆け付けるのがもう少し早ければ助かっただろうし」
「でも……元は私のせいで……私が捕まったりしたから……」
「“元は”も、キリがない。機密情報が漏れてさえいなけりゃ、お嬢は襲われていません。お嬢をこの世界に呼んでいなければ機密情報すらありません。──“元”って、なんでしょうね」
「…………」
 アールは黙り込み、顔を伏せた。彼の言葉で気が晴れたわけではないが、少しだけ、罪が軽くなったような気がした。
「あ、申し遅れましたが、俺はデリックと申します。以後、おみしりおきを」
 と、ターバン男が改めて言った。
「あ……私はアールです……」
「存じております」
 と、デリックは笑いながら言う。
「デリック? お前の名前は“糞づまり”じゃなかったか?」
 と、シドが立ち上がって馬鹿にしながら言った。
「お嬢、こいつは貴女様のペットで? だとしたらご趣味が悪い」
「……違います」
「ペットだと?」
 シドの眉間にシワが寄る。
「ほら野良犬、あっちいけよお嬢が困ってんだろ」
 と、デリックはシドに向かって手を払った。
「そんなに気に食わねぇなら今ここで俺と勝負しやがれッ!」
「──ちょっと」
 と、アールが仲裁に入った。が、「野良犬を邪険に扱うのはおかしいと思う」
「は?」
 アールの的外れな発言に2人は声を揃えた。
「よくさ、この野良犬!とか、野良猫!って人を馬鹿にしたように言うのを聞くけど、野良犬が可哀相じゃない。野良犬だって立派に生きてるんだよ? 人の手を借りずに。人間の世話になっていつでも食事にありつけて寝床もあるような飼い犬より、よっぽど強く生きてるのに」
「……はい、すいやせん」
 と、デリックは思わず謝った。
「“糞づまり”はいいのか?」
 と、シドが笑いながら小馬鹿に言う。
「え、デリックさんは便秘なんですか?」
 と、真剣な眼差しで言ったアールの天然発言に、ピリピリしていたはずの2人は不覚にも笑ってしまうのだった。
 

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