voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街11…『闇夜の礫7』


──第三西鉄工所。
 
使われなくなってから数十年、建物全体が赤茶色に錆て、ところ狭しに鉄パイプやH形の鋼材など今では廃盤となった資材が放置されている。
 
武器を奪われ命令に従うしかないアールの襟首を掴み、ジムは鉄工所の2階へと上がってゆく。そこには見張り役の男達6人ほど待ち構えていた。
機材を退かして出来たスペースに、獣を捕らえておく大きな檻が二つ並べて置かれている。その中には既に23人もの男女が捕らえられており、アールもその檻の中へと押し込まれた。
 
「大人しくしていろ」
 ジムはそう言い捨てると、見張りの男に声を掛けた。「何人目だ?」
「24人目です」
「下調べをした上でこの人数か?」
「はい、そのようで……」
「まぁいい。見張っておけ」
 ジムは顔をしかめ、階段を下りて行った。
 
見張り役の男達は檻の前に立ち、定位置についた。
アールは鉄格子を握ってジム達の会話が何を意味しているのか、思考を巡らせた。背中に強い視線を感じて振り返ると、自分と共に捕われの身になっている23人のいくつもの目が自分へと向けられていた。背筋がゾッとした。中には女性もいるようだ。
 
捕われている男のひとりがアールの腕を掴むと、グイと引き寄せ、鉄格子から引き離した。
 
「痛っ!」
 
力の強さに思わず声を上げると、捕捉されている連中達はアールの前へと歩み出て、アールは檻の奥へと追いやられてしまった。そして彼女の腕を掴んでいた男が顔を近づけ、耳元で呟いた。
 
「手荒な真似をして申し訳ございません。ご安心ください、我々は皆、ゼフィル城の者です」
「え……えっと……ゼフィル城?」
「貴女様は《ゼフィル城》から御出立されました」
 
そういえばジムもそんなことを言っていたなと思い出す。自分がいた城は、ゼフィル城。アールは覚えようと頭の中で何度もその名前を反芻させた。
 
「ゼフィル城の者……?」
「簡略に説明致します。我々はゼフィル兵の一員であり、貴女様の影武者としての役目を請け負っております。我々や貴女様を捕えた輩はこの内の誰が“選ばれし者”であるか、まだ把握していないようです」
 
──影武者って……敵の目をくらます為に彼等も捕まったってこと?
アールはいたたまれず、視線を落とした。
 
「ご迷惑かけてすいません……」
 自分のせいでこんなにも人が動き、影響を与えてしまうことに重圧を感じる。
「どのような形であれ、下っ端である我々は貴女様のお役に立てることが出来、光栄でございます。少なからず、時間を稼ぐことは出来ます」
「時間を稼ぐ……?」
「何処からか機密情報が洩れているようで、今後も貴女様を捕らえようと目論む輩が数多く現れるかもしれません」
「あの……こんな時に言うことではないとは思うんですが、貴女様っていうのやめていただけますか? 出来れば敬語も使わないでください」
 
アールの突然の申し出に、彼女と話していた男と周りのゼフィル兵達は、気抜けしてしまった。
 
「しかし、ご無礼では……?」
「いえ、全く……。敬意を払ってくださるのは有り難いのですが……萎縮してしまうので。私に気を遣わないでください。フレンドリーに接してくださって大丈夫ですから」
「フ、フレンドリーですか。貴女様がそう望むのであれば我々は従いますが……」
「その従うって言い方もちょっと……」
 
言葉を選んだものの、はっきりと言えば重荷に感じていたことだった。
アール達は捕われの身であることも忘れ、互いに今後の振る舞いについて話をはじめた。その様子は端から見るといささか滑稽である。
 
「では、何とお呼びすれば……」
「アールでいいです」
 そう答えると、彼らは顔を見合わせた。
「さすがに敬称をつけずに呼ぶのは……」
「じゃあ……“様”以外なら」
「アール殿……?」
「いや、アール嬢……?」
「アール殿が最良ではないか?」
「あぁ、確かにしっくり来る」
 
彼らの会話を聞きながら、アールは開いた口が塞がらなかった。──様がダメなら殿って。嬢も可笑しいのに誰もつっこまないなんて。
 
「あの、せめて“さん”でお願いします」
 と、アール。
「さん……ですか? アールさん?」
「はい、それでお願いします。敬語も出来ればやめていただきたいのですが、無理ならあまり堅苦しくない感じで……」
 
こんな時に自分は何を必死にお願いしているのだろうかと、アールは苦笑した。でも彼女にとっては重要なことだったりする。あまり畏まったような話し方をされると、重荷に感じてしまう。そして何より、頭が痛くなるのだ。
 
「しかし……」
 と、彼らは戸惑っている。
「あ、ほら、敬語使ってると怪しまれるじゃないですか」
「確かに。堅苦しくない感じ……ですか。承知しました」
「わかりました、とか……」
「なるほど。わかりました」
 と、彼らは顔を見合わせて微笑んだ。「アール様……いや、アールさんはゼンダ様に似ておられる。かつてゼンダ様も敬語は使うなとおっしゃられ……」
「え、ゼンダさんは国王ですよね? 国王様にいくら命令されたからって、さすがにタメ口で話すのは辛いですよね」
「ためぐち……と申しますと?」
「あ……敬語を使わないのは辛いですよね……と」
 
そう言いながら、何をのほほんと話しているのだろうかと、アールは漸く我に返った。
 
「これからどうしましょう……」
 と、アールは呟いた。
「アールさんこそ我々に尊敬語を使われるのはおかしいですよ」
「いえ、その話はもう終わりで、この状況をどうしましょう……と」
「それは大変失礼致しました。何も案ずることはありません。直ぐにゼフィル兵が救助に来ますから。それにこれだけの人数です、見極めるにも時間がかかるでしょう」
 
──その時、ジムが1人の男に連れ添い、再び姿を現した。
捕捉されている1人が咳ばらいをして、会話を続けていたアール達に注意を促した。
 
「この中に選ばれし者がいるというのか」
 フード付きの黒いコートで身を隠した男が、檻に近づいてそう言った。「力を持つ者とは思えん顔揃いだな」
 
男の顔は不気味な能面で隠されている。その為、表情が読めない。
 
「ハーヴェイ様、こやつらの中からどのように見極めるおつもりですか」
 と、ジムは能面の男を“ハーヴェイ”と呼び、腰を低くした。
「 ひとりずつ殺せばいい 」
 ためらいもなくそう言ったハーヴェイの言葉に、檻に捕らえられた者達は一斉に息を呑んだ。
 
 私のせいでここにいる皆が殺されるかもしれない。
 
アールは咄嗟に武器に手を伸ばそうとして空振りをした。──そうだ武器は奪われたんだ。何もない。身を守るものがなにも……。
周囲を見遣ると、捕捉されている者たちも全員武器を奪われてしまっている。
 
「ご心配なく」
 と、男がアールの不安を察して宥めた。「直ちに仲間が助けに参ります」
 
ジムが檻の鍵を開けようとしている。捕捉されているゼフィル城の者達は自然に檻の奥へと後ずさりをした。
それでも男は、「心配いりません」とアールの目を真っ直ぐと見据えて言った。不安にさせないためにそう言ったのだろう。
 
 シド……ルイ……カイ……
 
心の中で仲間の名前を繰り返した。武器を奪われ、なすすべも無く迫る死の恐怖を体中で感じ始めた。小刻みに震える足。鼓動が早くなり、冷や汗が背中を伝う。
 
檻の鍵がカチャリと外れた音と共に、目の前に立っていた女性の背中がアールに触れ、心臓がドクリと鈍く反応した。──体温。生きている人間の体温をすぐそばで感じる。
 
ジムが腕を伸ばして1人の男の腕を掴み、檻から引きずり出した。
 
「まずはコイツからだ」
 
檻の戸は再び閉められ、見張りの男が立ちはだかる。ハーヴェイという能面の男は近くに置かれている作業台に腰を下ろし、眺めていた。
ジムは檻から出された男の前に立ち、鎖鎌を構えた。
 
アールはドクドクと脈打つ鼓動を感じながら不安に苛まれていた。──どうしよう。私が選ばれし者だと叫べばあの人も、ここに捕われている人達も助かるかもしれない。そうしなければ、私のせいで皆が殺される。でも信じるだろうか。下手したら結局全員殺されるかもしれない。どうすればいいの。どうすれば……。
 
 助けが来るのなら
 それまでどうにか時間を稼がなければ……。
 
アールは武器を持たない両手を強く握りしめた。
 

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