voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街13…『闇夜の礫9』

 
ジム達は特殊なロープで縛られ、床に座らせられていた。ゼフィル兵の1人が彼等の素性を調べようと質問を投げ掛けるが、一切口を開かない。アールは彼等を見ながら、ついさっきまで不気味に思えた能面の男、ハーヴェイが、少し滑稽に見えた。
質問を投げ掛けていたゼフィル兵が痺れを切らして腰から警棒のような武器を取り出すと、見張り役をしていた男に振りかざした。
 
「ちょっとまって!」
 アールはそう叫んで駆け寄った。
「アール様……?」
 と、ゼフィル兵は驚いて武器を下ろした。
「殴るのよくないよ。散々戦闘した後に言うのもなんだけど……」
「しかし……こいつらは何も吐かないので……」
「あんたが“本物”か」
 と、ハーヴェイは顔を伏せたまま呟いた。
 アール“様”と呼んでしまったゼフィル兵はハッとして顔をしかめた。
「本物じゃないです」
 と、アールは適当な嘘をついた。「私は国王様のちょっとした知り合いで、みんな私を慕ってくれているだけです」
 
本人は至って真面目に嘘をついている。だがそれは、自分の不祥事に顔をしかめたゼフィル兵を思ってのことだった。
 
「で、あなたは何者ですか? ハーヴェイさん」
「…………」
「都合の悪いことにはだんまりですか」
「…………」
「アール様、彼等に何を訊いても無駄です。ここは力ずくで……」
 と、武器を握るゼフィル兵の手が強まった。
「ダメですって」
「しかし……」
「その女と2人きりにさせてくれたら話してやるよ」
 と、ジムがゼフィル兵を見上げながら言った。
「なに……?」
「その女と2人で話をさせろ。素性は女に話す」
「信用出来るわけないだろ!」
「じゃ、何も話さねぇよ。死んでもな」
 と、ジムは強情を張った。
「お前……捕われの身の分際で……」
「2人きりにさせてください」
 と、アールはゼフィル兵に頭を下げた。
「しかし危険です!」
「ロープで縛ってるし、武器も奪ってあるなら大丈夫ですよ」
「しかし……」
「お願いします」
「…………」
 ゼフィル兵は困り果て、考え込んだ。
「あ、そういえば私達を防護結界で守ってくださった方ですよね?」
「え、えぇ……」
「ありがとうございました。ゼフィル兵の皆様にも、お礼を伝えておいてください」
「はあ……」
「お名前は……」
「え、あ……私は第一戦闘部隊隊長、ギブソンと申します」
「隊長?! 隊長って……彼等を仕切ってる人ですよね? 知らなかった……そういえば命令下してましたね、すいません」
 
他のゼフィル兵達は戦闘で負った怪我の応急処置を終えて、鉄工所の外で待機している。
 
「いえ……謝ることでは……」
「早くしてくれないか。話す気が失せる」
 と、ジムが2人を急かした。
「お願いしますギブソンさん……何かあったら大声で呼びますから」
「……わかりました。では、他の7名は下へと連れていきますので」
 そう言うとギブソンは見張り役とハーヴェイ達を立ち上がらせた。
「手を貸してやるよ」
 と、シドが声をかけた。
「僕も手伝います」
 ルイも駆け付けて言った。「アールさん、話は聞いていました。気をつけてくださいね、何を企んでいるのかわかりませんから」
「あ……うん、ありがとう」
 カイもルイに続いて階段を下りて行った。
「お嬢、俺も不要で?」
「デリックさん……ありがとうございます。でも大丈夫ですから」
「下にいますんで、何かありましたらお呼びください」
「うん、ありがとう。──あ、シドと喧嘩しないでくださいね?」
「それは了承しかねます」
 と、デリックは笑顔で言い残し、階段を下りて行った。
 
残されたのはアールとジムの2人だけとなった。多少警戒し、少し距離を置いてアールは床に腰を下ろした。
 
「ジムさん……なぜ2人きりに?」
「俺の名はジムではない。ザハールだ」
「ザハール……」
「本名だ」
「あぁ、それであの時ハーヴェイさんが……。あの……どうして……」
 と、アールは訊きたいことを訊こうとして口をつぐんだ。
「どうしてジャック達を殺したのか……と訊きたいのか?」
「……はい」
「邪魔物を始末したまでだ」
「邪魔物? 仲間なのに?」
 と、アールはつい感情的なり、強く訊いた。
「仲間? 俺は仲間のフリをしていただけだ」
「だからって殺すことないじゃない!!」
 
ジャックにはまだ息があったことは、カイから聞かされていたが口には出さなかった。
 
「訊きたいことはそれだけか?」
「あなたは何者なの? なんで……選ばれし者を捜しているんですか」
「何者か……という質問だが、お前は知っておくべきことかもしれんな」
 
アールは軽く首を傾げた。
 
「ムスタージュという組織がある」
「組織? なんの組織ですか?」
「さあなぁ……それは嫌でも知ってゆくんじゃないのか?」
「答えになってません」
「フンッ……何を企む組織なのかは言うつもりはない。だが、俺達はムスタージュ組織の第十七部隊……一番下っ端さ」
「…………」
 アールは黙って話を聞いた。
「俺は十七部隊の副隊長を勤めている。そしてハーヴェイ様が隊長だ。残り17名は部下」
「え……17人もいるの?」
「見張り役以外は皆、出払っている」
「そんな……」
 と、アールは不安げに立ち上がった。
「心配はいらん。何も知らず時期に帰ってくる。入口にはまだゼフィル兵がいるんだろう?」
「そうだけど……」
「奴らに大した力はない」
「信じろっていうの?」
 
ザハールは下を向いたまま、微かに笑った。
 
「俺達が何故、選ばれし者の情報を得て捜していたのか。それは手っ取り早く上へ上がる為だ」
「上へ……?」
 と、アールは再び腰を下ろした。
「十七部隊は組織の中でも位は一番下になる。わかるだろう? ハーヴェイ様が望まれていることが」
「……何部隊まであるの?」
「十七部隊が一番下っ端だと言ったばかりだが。上に上がれば上がるほど位は高い」
「じゃあ第一部隊を目指してるの?」
「……いいや、総隊長の位置につくことをハーヴェイ様は望んでいる」
「総隊長?」
 アールの頭は混乱していた。
「難しい話は何一つしていないが」
「……なんかそうゆう組織とかいまいち分からなくて」
 と、頭を掻いた。
「全ての部隊を仕切るのが総隊長だ」
「あぁ! って……」
 
アールは正直、一番下なら総隊長の地位につくには程遠いのではないかと思った。
 
「それで……?」
 と、アールは続けて話を訊く。
「膨大な情報を手に入れ、上に報告する予定だったが、その情報というのが選ばれし者の存在。ただ機密情報を報告するだけならば誰にでも出来る。よって、選ばれし者を捕らえ、連れていくことにしたわけだ」
「そうすれば大手柄ってことで位が上がると考えたわけか……」
「お前のことは一番に疑っていた。あの刀剣の力を見ればお前がただ者ではないことはわかっていたからな。確信はなかったが」
「いや、だから私は選ばれし者じゃないってば」
「ひとつ警告しておいてやろう。ハーヴェイ様を侮るのはよしたほうがいい」
「……でももう捕まえたし、あとは連行されるだけでしょ?」
「あの方の力は後に発揮される」
 
それを聞いたアールは慌てて再び立ち上がり、階段を下りようとした。何が起きるのかはわからないが、誰かに報告したほうがいいと思ったのだ。しかしすぐにザハールに呼び止められた。
 
「せわしい奴だな。なんの為に2人で話をしていると思っているんだ」
「だって……」
 と、アールは早足でザハールの前まで戻った。「だってハーヴェイさんの力が発揮されるとかなんとかって!」
「それは今ではない」
「じゃあいつ?!」
「言ったところでどうにも出来ん」
「なにそれ! 意味がわからない!」
「それよりも……この組織を止められるのはお前しかいない。このことを肝に銘じておけ」
「それはどうゆう……」
「話は終わりだ」
「終わってない!」
「もう話すことはない」
「質問に答えてよ!」
「……しつこいな」
「ジャックさんたちはあなたのことを本当に仲間だと思って慕っていたんですよ?!」
  
アールの言葉にザハールはため息をついた。
 
「何故急に奴らの話になるんだ……」
「あんなに仲良くしてたのに! 声が出ないとか嘘までついて……」
「声が出ない、そう設定していれば余計なことを言ってしまう心配もないからな」
「……最低」
「どうとでも言え。お前には関係のないことだ」
「関係なくない。ジャックさん達は私のせいで……」
 そう言いかけて、デリックの言葉を思い出した。だけど、やはり責任感は消えない。
「お前の責任ではない。俺が……自分の判断であいつらを殺したんだ」
 
アールは一瞬、ザハールの表情が曇ったような気がした。どこか後悔を含んでいるような言い方だった。
 
「殺す必要はあったの? みんなきっとあなたのことが好きだったはずだよ」
「綺麗事を言うな」
「でも楽しそうだったじゃない! みんな……一緒にお酒飲んでたとき、凄く楽しそうだった」
「…………」
「あなたも……とても楽しそうに笑ってたでしょ?」
 アールはザハールの目を見据えて言った。
 
本当はジャック達と一緒にいたザハールは無表情だったが、アールが思い返すたびに浮かぶのは楽しそうに笑っていた彼の顔だった。決して塗り替えた記憶じゃない。無表情でも、楽しさは滲み出る。
 
「笑ってなどいない……必死に堪えていたからな……」
「…………」
「あいつらが、好きで慕っていたのは俺ではない。俺が作り上げた“ジム”という無口で無表情な男だ」
 
アールはじわじわと込み上げてきた涙を頬を伝う前に拭った。
 
「あなたは……“ザハールさん”はジャックさん達のこと、どう思っていたの?」
「どう思おうが、あいつらはもう戻ってはこない」
「そうやって本心を押し殺して生きていくの?」
「…………」
「お願い答えてください。ジャックさん達のこと、どう思っていたの? あなたの本心を伝えたい人がいるんです」
「……伝えたい人? 誰だ」
「答えたら教える」
 と、アールはザハールを見据えた。
 
そして、彼はアールから目を逸らして俯いたあと、再びアールと目を合わせて言った。
 
「殺したくなどなかった」
  
ザハールの目から涙が流れ落ちた。
 
「俺は……あいつらを慕っていたんだ。はじめはなんとも思っちゃいなかった。だが……あいつら良い奴で……俺は……本当はずっと“ジム”のままでいたかったんだ……」
 

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©Kamikawa
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