voice of mind - by ルイランノキ


 因果の闇19…『4階と5階・懐かしい声』

 
3階で手に入れた鍵は、4階の部屋に入るための鍵だった。
ルイが鍵を差してドアを開けると、これまでにはなかった生活感が残っている部屋が広がっていた。
出入り口のドアから見て右手前にはベッドがあり、本棚で仕切られている。左手前には個室への扉が2つ、奥には書籍にあった机より一回り大きな机と、その右隣には小物などが飾られている棚があった。壁面にも棚が付けられており、2階の書籍のように本が並んでいる。
 
「わわわ、なんか……女性の部屋って感じ!」
 カイのテンションが上がった。
 
ベッドに掛けられているシーツや掛け布団の皺、机の上に出しっぱなしにされているページが開いた本、本棚から少し飛び出している書物。アリアンがここで生活をしていたと思われる痕跡が残っていた。
 
「ゲートがあります」
 
ルイは、机が置かれているスペースの右側、本棚の前にゲートの魔法円が描かれたマットが置かれていることに気がついた。魔法円の中に書かれている文字を見遣り、5という数字と近距離を移動するスペルを見つけ、5階へ上がるゲートだということがわかった。
 
「一先ず、すべての階を一通り見てから調べる階を絞っていきましょう」
 と、上に上がることを提案。
 
全員がゲートから上の階へと移動した。
 

ドクンと 心臓が飛び跳ねた
 
私はこの部屋を知っている どこかで見たことがある
咄嗟にそう思った。

 
「なんだこれ……」
 5階に移動したシドは、目を丸くした。
「子供部屋だぁ!!」
 と、カイがおもちゃに向かって走り出した。
 
ベビーベッドが部屋の中央に置かれており、左奥にやわらかいマットが敷かれた場所には小さな本棚が置かれ、子供向けの絵本などが収納されている。色とりどりのバスケットにはガラガラやクマのぬいぐるみなど赤ちゃん用のおもちゃが山積みに入っていて、壁面や壁にはゾウやキリンなど可愛らしい動物の絵が描かれている。
 
「なぜ子供部屋が……?」
 
ルイがそう呟いたときだった。どこからか微かに明るい音楽が聞こえてきた。
 
「なんの音です?」
「え?」
「なにか、小さな音が聞こえます」
 
一同は口を閉ざし、音に耳を傾けた。確かになにか、メロディが聴こえる。
 

その知っているはずのメロディを聴いても
すぐに思い出せなかったのは
身も心もすっかりこっちの人間になってしまっていたからかもしれない。

 
「お前の方からだ」
 と、ヴァイスはアールを見遣った。
「え。私?」
「シキンチャク袋では?」
 と、ルイ。それならこの微かにしか聴こえない小さな音も納得がいく。
「え……でも私音が鳴るようなものなんて……」
 

そんなもの持ってない。
 
そう思ったとき、
やっとそのメロディに聴き覚えがあることに気づいたの。

 
「アールさん……?」
 アールの顔色が変わってゆく。
 
アールは慌てた様子でシキンチャク袋からあるものを取り出した。微かに聴こえていたメロディーは一同の耳に大きく届いた。それを手に持っているアールの手は動揺で小刻みに震えている。
 
「それって……アールの……」
 
アールがシキンチャク袋から取り出したのは、携帯電話だった。それも、自身の世界から持ってきた携帯電話だ。
繋がらないはずの携帯電話が、鳴り続けている。
 
「お……お母さん……お母さんから電話……」
 アールの声も震えていた。
「出てみたら?! 出てみなよ!」
 と、カイが言った。
 
動揺して思考がうまく回らなかったアールは、カイの言葉にはっとして、慌てて通話ボタンを押した。そして、携帯電話をそっと耳に当てた。
一同は息を飲み、アールを見守った。
 
「も……もしもし」
 
『もしもし? もしもし? 良子?』
 

母の声を聞いたのは
どのくらいぶりだっただろうか
 
母の声を聞いた瞬間
涙が溢れて止まらなくなった

 
「お母さん?! お、お母さん! 聞こえる?!」
 
『もしもーし! ……おかしいわね』
 
「お母さん!」
 
『繋がってるのに……』
 
「聞こえないの?! ねぇ! お母さん!! 良子だよ! お母さん!!」
 

でも
 
私の声は届かなかった

 
母親を何度も呼び、“良子だよ”と言ったアールに、仲間たちは掛ける言葉を失った。
携帯電話はすぐに繋がらなくなり、アールは「切れちゃった……切れちゃった……」と、何度も言いながらも携帯電話を耳から離そうとはせずに、母親を呼び続けていた。
 
良子だよ、お母さん、聞こえないの? お母さん、返事をしてよ
会いたいよ……。
 
泣き崩れたアールに、誰も手を差し伸べることが出来なかった。
胸が詰つまる。重たい空気が一同を包み込んだ。
 

何度呼びかけても
返事は返ってこなかった
 
着信履歴にそれは残っていた
だからすぐにかけ直した
何度も 繰り返しかけ直した
 
繋がらなかった。
 
もしかしたらとメールを送ってみることにした。
手が震えてなかなか文章が打てなくて
それでも【おかあさん】と打ち込んで、
送信ボタンを押した。
 
エラーで返って来て、送信することさえも出来なかった

 
「アールさん……」
 
やっと、ルイが口を開いた。泣き崩れているアールの正面に膝をつき、彼女の肩に優しく触れた。カイも、シドも、ヴァイスもアールを囲むように側に寄り添い、涙が止まるのをただただ待ち続けた。
 

残酷
 
繋がらない方がよかった
 
繋がらなければ
こんなにも心をえぐられることはなかった
 
なんで今更……
 
なんで今更かき乱すの
 
なんのために
なんの仕打ちなの
 
そんなことばかり考えた。

 
カイは泣き止まないアールの手を取った。涙で濡れたその手に、赤色の飴玉をひとつ置いた。
 
「チェリー味と見せかけて、赤カブ味でございます」
「…………」
 アールは思わず泣き顔で、笑った。
「まずいでしょ……絶対」
 と、口に運んだ。涙でしょっぱかったが、次第に甘さが広がった。
「赤カブじゃない……」
 普通にチェリー味だった。
「嘘ついてごめんよ。アール……大丈夫?」
 ありきたりな言葉しか、出てこない。
「大丈夫に見える?」
 そう言いながら、笑顔を向けた。
「きっとまた繋がるよ」
「適当なこと言って……」
「繋がるかどうかわかんないなら、繋がるかもって思ったほうがいいじゃん」
「期待したって……」
 期待から外れたときのショックは大きい。
「じゃあさ、俺が代わりに期待しててあげる」
「なにそれ」
 と、調子を狂わせる。
「それにさ、携帯電話が繋がらなくったって、安心してよ」
 カイは立ち上がって、アールに手を差し伸べた。
「俺たちがちゃんと、アールを元の世界に帰してあげるからさ」
「カイ……」
 
ルイ、シド、ヴァイスも立ち上がり、カイの言葉に頷いた。スーも、拍手をして賛同する。
 
「大丈夫だよ」
「…………」
 アールはカイの手を取って、立ち上がった。
 
立ち往生している場合じゃない。
 
「じゃあ私からも」
「ん?」
 アールは全員を見遣った。
「私が、世界を守るから。安心して」
 一同に、笑顔が戻った。
「期待してるぅ!」
 と、カイはアールに抱きついた。
 

あの言葉は
  
決して嘘なんかじゃない
 
ただ、
少し時間が欲しいだけ
 
たぶんそう
 
私は時間が必要なだけ
 
自分と向き合う時間が
 
運命と向き合う時間が
 
みんなと向き合う時間が
 
欲しいだけ……
 
そうでしょ?

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©Kamikawa
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