voice of mind - by ルイランノキ


 因果の闇18…『カモミール』 ◆

 
シェラは誰かに助けを求めようと力になりそうな人を捜していると、意外な人物と出くわした。ゼフィル兵である。しかもその人数は80名ほどはいると思われた。
 
「なんでゼフィル兵が……」
 
近くにいたゼフィル兵の一人が、拡声器を使って声を上げた。
 
「第一部隊はバケモンの背後に回れー! 第二部隊と第三部隊はそれぞれ左右につけ! ぜってぇ正面には回るなよー? 攻撃も指示を出すまで待て!! 第四部隊は住人の安全を優先しろー!」
「あのっ……」
 と、シェラが声を掛けた。
「ん? なんだお前。あぶねぇぞ、安全な場所にいろ」
 そう言ったのはいつものバンダナを頭に巻いている特別部隊のデリックだった。
 

 
「どうしてゼフィル兵が……?」
「どうしてって、バケモンが現れたってんで、出動しただけだ。ありゃ町の住人だけじゃ無理だろ」
 と、バケモノを見上げる。
「でも……早過ぎない? まるでここにあいつが現れるのを待ち構えてたみたい」
「んー、その辺はよくわかんねぇ。俺らは上から指示があったんで急いで来ただけだからな。救助は早いほうがいいだろ?」
「え、えぇ、そうね……」
「姉ちゃんも安全な場所にいな。死にてぇの? 守れねぇぞ」
「いえ……でも、あんなの倒せるの?」
「倒す方法も聞いてるから安心してくれ」
 と、親指を立てた。
「倒す方法……?」
「大人しくさせる方法かな。でも、肝心な犯人が見当たらねぇ。あんた怪しい人物見なかったか? あのバケモンを連れてきた犯人」
「連れてきた……? やっぱりそうなのね……捜してみるわ」
「おいおい、冗談だろ? 歩き回るのはおすすめしないね」
「32番地の空き地付近の崩れた家に……動けなくなってるおじいさんがいるの。誰か手が開いている人がいたらお願い。私はこれでも外を旅していたことがあるから度胸はあるの。バケモノには近づかないようにするから平気よ」
「じいさんはともかく、やめとけ。いくら外に出たことがあるっつったって──」
「アールちゃん」
「え?」
「ゼフィル城の者ならアールちゃんを知っているでしょう? 彼女と少しの間だけ旅を」
「そりゃ驚きだな」
 
バケモノが咆哮を上げて両手を上空へ掲げた。
 
「おっとあぶねぇな。魔力溜めてやがる……。とにかくあんた」
 と、シェラを見遣るも、もうそこにはいなかった。
「ったく、死んでもしらねーぞ」
 デリックは拡声器を構えた。
「攻撃魔法を阻止するぞ! 放たれる前に個壁結界を建てろ!!」
 
シェラはなるべくバケモノから離れようと走ったが、行く先行く先で住人の死体と出くわした。腕だけ落ちていたり、体が不自然にへし折れていたり、腹部をえぐられていたりととても無残な光景だった。シェラは顔をしかめ、見通しのいい場所を探した。この町のことはよく知っている。バケモノを解き放った犯人がまだいるのだとしたら、必ず見通しのいい場所から眺めているはずだ。
 
「…………」
 
はたと足を止めた。見通しのいい場所は周りからも見えやすい場所が多い。でもさっきの兵士は犯人が見当たらないと言っていた。見通しはいいけれど人からは見つかりづらい場所。
 
「もしかして」
 
捜しに来た方角を間違えた可能性がある。避難所に入れる人数は限られているから、避難所の屋上や、避難所のすぐ近くの星影丘にいるかもしれない。逃げてきた住人に紛れて。
 
シェラは来た道を引き返した。血の匂いが鼻をつく。
 
━━━━━━━━━━━
 
ミシェルは欠伸をしながら階段を下りて来た。1階のモニターの前に立っているモーメルを、階段から見遣った。
 
「ねぇモーメルさん」
「……なんだい」
 モーメルはモニターの電源を切った。
「アールちゃんはまだ来ないの?」
「すまないね、もう少し待っておくれ」
「そう……なんだか待っていたら眠くなってきちゃった」
「アールが来たら起こしてあげるよ」
「そうして?」
 ミシェルは再び2階へ上がると、部屋に戻ってベッドに横になった。
 
モーメルはため息をこぼした。固定電話を見遣り、連絡が来ないもどかしさを感じている。タイミングが重要だった。消したモニターの電源を再び点け、画面に表示されている暗号を解読する。そこには事細かな流れが書かれていた。
 
「町を飲み込むバケモノ……集められた兵士……魔物を閉じ込めるアーム玉……そして」
 
自分の出番が迫っている。順調に事が進むことを願った。
モーメルは一度家を出て、隣の倉庫へ向かった。倉庫の鍵は開いており、扉を開いた。
 
「すまないね、もう少し時間が掛かりそうさ……」
「驚かさないでおくれ。てっきりもう……」
 と、答えたのはウペポだった。倉庫の奥ではテトラが腰を下ろしている。その膝の上に、シャドウがいた。
「落ち着かなくてね……」
「大丈夫かい?」
 ウペポはモーメルの二の腕を擦った。
「あぁ、なんとかね」
「モーメル」
 テトラは座ったまま声を掛けた。
「なぜ彼女に頼んだのじゃ。一般の女性ではないのかね」
 彼女とは、ミシェルの事だった。
「せめてもの気遣いさ……」
「彼女が知ったら自分を責めるじゃろう」
「…………」
「モーメル」
「すべてはあたしが決めたことさ。あたしに責任がある。悪いがあたしは……ミシェルよりアールを優先するよ。たとえ二人の仲が壊れようともね」
 
大切な全ての人に気を配っていたら、欲しい結果は得られない。
世界を守るために沢山の命が犠牲になっている中で、誰も傷つけずに欲しいものを手に入れるなど誰が許すだろうか。戦っているものは目先にある小さなことに囚われている暇もないほど巨大な敵。誰かの恨みを買うことなど、大したことではない。
 

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©Kamikawa
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