voice of mind - by ルイランノキ


 歓天喜地21…『てへへ』

 
シドとヒラリーが病院から出てきたのは、病院に訪れてから1時間半後だった。
 
「遅くなってごめんなさいね、こんなに時間が経ってるとは思わなくて」
 と、ヒラリー。
「いえ、お気になさらず」
 と、ルイは立ち上がった。
 
アールとカイも立ち上がると、入れ代わりにシドがどっかりとベンチに座った。
 
「それで話は進みましたか?」
「えぇ、義手のデザインなどを決めて、シドのサイズも測ったから、これから製作に入るそうよ。何度か仮合わせをして適合チェックしなくちゃいけないみたいだから、少なくても2、3回は病院に足を運ばなきゃいけないみたい。あと、体の検査もしてもらったんだんだけどまだ万全ではないみたい。通院治療を勧められたんだけど……」
 と、シドを見遣るが、シドはそっぽ向いている。
 シドはめんどうで断ったんだろうなと大方検討はつく。
「そうでしたか。どのくらいで出来上がるのでしょうか」
「二週間前後だって言っていたけど、シド次第よね。納得いくものを作るならこだわる分、時間も掛かるだろうし」
「もっと一ヶ月とか掛かるのかと思ってた」
 と、アール。
「昔と違って今は機械でサイズ入力をすれば簡単に自動で必要なパーツを作ってくれるんですって! 私にもわかりやすく教えてくださったの。だから色々訊いちゃって、その分時間が掛かっちゃった」
 と、可愛らしく笑うヒラリー。
「そうでしたか、二週間は見ていたほうがいいようですね。義手が出来上がってからも、シドさんが慣れるまで少し時間が必要ですよね」
「訓練用の仮義手を使ってトレーニングが出来るようだから、本義手が出来上がるまではそれである程度の練習は出来るみたいなの」
「トレーニングもこちらの病院で出来るのでしょうか」
「病院内のリハビリセンターにちょうど空きがあるようだから、物を掴んだり離したり、腕を動かしたりとか基本操作の練習は出来るみたい。だからもうシドと話して今日の夕方から使わせてもらうことにしたの」
 
現在の時刻は午後3時前。
 
「ではヒラリーさんも夕方までこちらに?」
「そう思ったんだけど、シドに必要ないって言われちゃったから私はもう帰ろうかなって」
「そうですか……」
 と、ルイはベンチに座っているシドを見遣った。
「シドさんは夕方までこちらに? 本義手が出来上がるまでパウゼ町にいますか?」
「あぁ。けどここにはVRCがねぇからな」
「ここからだとVRCがある町はトマトゥ町が一番近いですよ。ゲート代も400ミルで行けます」
「じゃあここで宿とるわ」
 と、立ち上がる。
「僕等も一緒に、よろしいでしょうか……? ジムさんを捜す予定が、なくなってしまったので」
 と、詳しく説明した。
「別にかまわねぇけど」
「宿は僕たちがしばらく泊まっていたところへ行きましょう。一番安い宿です」
「じゃあ私は途中まで一緒に」
 と、ヒラリー。
 
一行は宿への道を歩き出した。アールは一番後ろを歩きながら、携帯電話を取り出してヴァイスにメールを打った。
 
【ご報告。シドの義手は二週間くらいで出来上がるそうです。それまでは仮義手でトレーニングをすることになったから、またパウゼ町のあの宿に泊まることになりました。ジムは組織の人たちが捜してるようで任せて欲しいって言われたから、組織からの連絡待ちです。宿の部屋が決まったらまたメールします】
 
「ヴァイスんに連絡?」
 と、斜め前を歩いていたカイが歩くスピードを落としてアールのケータイ画面を覗き込んだ。
「うん」
「ヴァイスんって返事くれるー?」
「返事あまり来ない。メールより電話派みたい」
「届いてんのか読んでんのか心配になるよねぇ」
「まぁね。──ていうか、シドと一緒に宿泊まるの久しぶりだね」
「なに意識してんのさぁー」
「してないから」
「嬉しそうじゃん」
「嬉しいでしょ。カイも嬉しいくせに」
「てへ!」
 と、笑う。
「テヘヘ!」
 とアールも笑い返した。仲の良い二人である。
 
ヒラリーとは途中で別れ、通いなれた宿へ再びチェックインをした。宿主にも顔を覚えられたようで、「また来てくれたのかい」とウエルカムモードだった。
部屋が決まるとアールはヴァイスに部屋の番号を知らせた。
 
「なにか飲まれますか?」
 ルイは部屋のカーテンを開けながら言った。
「俺ジュース」
 と、カイは床に寝転がる。
「私はいいや」
「シドさんは?」
「コーヒー」
「ブラックですか?」
「あぁ」
「かしこまりました」
 と、キッチンで準備を始めたルイはどこか嬉しそうだ。
 
床に腰を下ろしたアールの携帯電話が鳴った。ヴァイスから珍しく返事が来たようだ。
 
【了解】
 
「…………」
 それだけ? 返事がないよりはましだが。
「返事来たのん?」
 と、カイ。
「うん、了解って来た」
「短っ!」
 と、笑う。
 
アールはキッチンで飲み物を用意しているルイを見遣り、彼のストレス性の咳についてシドに話しておいた方がいいだろうかと考える。ルイが自ら話すとは思えないし。でもルイが側にいる手前、話しにくい。
しまおうと思っていた携帯電話を見遣り、目の前にいるにもかかわらずメールで伝えることにした。
 
【シドメールでごめん。ルイがいるからメールにした。ここ最近ずっとルイの空咳がとまらないの。病院でストレス性のものだって言われたらしくて。私とカイが一番面倒を掛けてるからあまり心配かけたりしないように気をつけてるんだけど、一応伝えておく】
 
送信し、少しタイムラグがあってからシドの携帯電話が鳴った。シドは片手で携帯電話を開き、メールを送ってきたのがアールだと気づくとなんで目の前にいるのにメールなんか送ってきたんだ? と怪訝そうにアールを一瞥してからメールを開いた。
 
「先にテーブル出しますね」
 と、ルイはちゃぶ台を出してから、キッチンから飲み物を運んだ。
 
シドはメールを読み終えると、何を言うわけでもなく返事を返すこともなく携帯電話を閉じてテーブルについた。その際に一度アールと目を合わせた。それを了承と判断したアール。
 
その日の夕方、シドは一人で病院へ向かった。シドが宿を出るとカイは緊張の糸が解けたようにベッドにダイブし、背伸びをした。
 
「なんか普通に話せないっ!」
「わかるわかる」
 と、アールはテーブルにノートを広げている。
 ルイはキッチンで夕飯の下準備をはじめていた。
「なんかドキドキしちゃう!」
 おねえのような言い方に、アールは笑った。
「まだ少しピリピリしてるもんね。義手のこともあるし、組織のこともあるし」
「ルイはさぁー、普通に話してるよねーえ」
 と、キッチンにいるルイに話しかける。
「僕も少し違和感は感じていますよ。普通にしていようと意識しているので」
「シドもかなぁ」
「シドは少し居心地悪いかもね。私たちが気を遣ってしまってる間は」
「…………」
 
カイは頭の後ろで手を組み、天井を見つめた。やっと仲間として戻ってきてくれたのに、まだ以前のようには話せない。
 
「トレーニングって何時まで?」
 と、アール。
「リハビリセンターは22時まで開いているそうですが、指導者がついてくれるのは1時間だけとヒラリーさんから聞きました。10時まで自由に使えるのであれば、帰りは遅くなりそうですね」
「カイ、迎えに行ったら? 様子見にとか」
 と、アールはカイとシドが2人になれる時間を作ろうと提案した。
「うーん……」
「気まずいのはわかるけど」
「僕も、賛成です」
 と、ルイ。
「うーん……」
 
いつまでも悩んでいるようだったが、結局午後7時なっても連絡ひとつよこさず帰って来ないシドの様子を見に、カイは重い腰を上げて出て行った。
 
「大丈夫かな」
 アールは窓のカーテンを閉めながら言った。
「一応、先ほどシドさんにメールしておきました」
 ルイは床に座ってノートパソコンを開いている。
「なんて?」
「カイさんが迎えに行きました。一度2人で話してください、と。失敗でしたでしょうか」
「ううん、いいと思う。あ、シェラから返事来てない?」
 と、うきうきしながらテーブルの向かい側に座った。
「まだ、来ていないようです」
「そう……残念」
 
シェラに返事を出してから、大分経っている。
実家に戻った彼女は、母を見殺しにして逃げたと思い込んでいた父親の真相を、知ったのかもしれない。受け入れることが出来ただろうか。自分を責めてしまわないだろうか。
不安になった。
 

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©Kamikawa
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