voice of mind - by ルイランノキ


 歓天喜地20…『飴ちゃん』

 
結局アールは一人でゲートボックスまで行き、ジャックが来るのを待っていた。
ルイはなにかあったらすぐに連絡してくださいと言っていたが、もしかしたら一緒に来てもらっていたほうが心配する必要もなく、ストレスにならなかったんじゃないかと後になって思う。ルイにとって一番のストレスの原因はなんだろう。ルイは誰よりも心配性だ。まずは心配事を減らすことが出来たら少しは咳も治まるかもしれない。
 
アールはゲートボックスを時折見ながら、ルイにメールを打った。頻繁に連絡をしていれば安心すると思ったからだ。
 
【そういえば陽月とその恋人の似顔絵、シドに見てもらおうと思ってたの忘れてた。属印があったからもしかしたら知ってるかもって思ったんだけど】
 
──送信。
そこに、ゲートボックスから出てきたジャックがやってきた。
 
「アール、元気そうだな」
「あ……ジャックさん……」
 ジャックを見遣り、眉をひそめた。顔に大きな痣が出来ている。
「どうしたんですか? それ……」
「色々あるんだ」
 と、ジャックは苦笑いをした。
「自分のこと、大切にしてください」
 アールはそう言って、ポケットに忍ばせておいた瓶を取り出してジャックに手渡した。中にはジャックが取り戻したかったドルフィたちのアーム玉が入っている。
「これ……なんで」
「シドが持っていたみたいなんです。シドがっていうか、ジョーカーが? 詳しく聞いておけばよかった……」
 早くジャックに渡したいとそればかり考えていた。
「てっきり……俺はてっきりもう……」
 ジャックは瓶を握りしめ、目頭を熱くした。
 
もう、シュバルツの一部になっていると思っていた。共に旅をして、沢山笑い合った仲間。もしもまだどこかにあるのなら、必ず取り戻したいと思っていた。命をかけてでも。
 
「わざわざありがとうな……」
「いえ……。あの、ジムさんのことなんですけど」
「…………」
「組織の連中が捜しているみたいです。ジムの捜索はこっちに任せてくれと言われました。本当にどこにいるのかご存知ないですか?」
「あぁ……悪いが」
「そうですか……」
「報告、してやりてぇんだけどな……」
 ジャックはアーム玉を眺めながらそう言った。
「あいつこれ見てどんな顔するだろうな……」
 
アールは切なげにアーム玉を見つめるジャックを、複雑な表情で眺めていた。本当に居場所を知らないようだ。そこに、ルイからメールが届いた。
 
【年齢も年齢ですし知らない可能性が高いですが、駄目元で訊いてみましょう。ジャックさんはまだ来ませんか?】
 
「シドの様子はどうだ?」
 と、メールを見ているアールにジャックは言った。
「あ、もうすっかり元気です。私が見る限りは、ですが」
「さすがだな……」
 と、笑う。
「筋肉が落ちて大分痩せてしまっているんですけど、外に出て中級くらいの魔物を一人で倒していましたから。それもあっという間に一撃で」
「まじか……化け物みたいだな」
「彼の生命力というか回復力というか、人並み外れてますから。お医者さんもびっくりしていました」
「だろうなぁ……。若さもあるんだろうが、元々持ってる気力、活力、精力が強いんだろうな」
「頼りになる仲間です。もうそっちには渡しませんから」
 と、笑う。
「ははっ、組織としても惜しい人材を手放したことになるな」
 ジャックは腕を組んだ。
「惜しいなんて思うでしょうか。シドに見切りをつけて制裁を下そうとしたのに」
「……組織の仲間を殺したからな。シドの居場所はこっちじゃない。あいつが生き生きと力を発揮出来るのはそっち側にいる時だろう。そんなシドを見て惜しいとは思うだろうな、こっち側について力を発揮してくれりゃ、使い物になるのにってな」
「ちょっとルイにメール返していいですか? 心配してるから」
「なにを心配することがあるんだ?」
「組織の人間と一対一で会うので心配してくれているんです」
 と、返事を打ち始めた。
「…………」
 
【今ジャックさんと話してます!】──送信。
 
「ジャックさんは、大丈夫なんですか?」
 携帯電話を閉じた。
「なにがだ?」
「会うたびに、やつれている気がして」
「……ダイエットしてんだ」
「似合わないですよ。昔はもっとガハハハハって豪快に笑ってたのに。最近お酒飲んでます?」
「ははっ……酒を飲む時間はないな」
「忙しいんですね」
「…………」
 ジャックは微笑した。
「ジャックさん、ムスタージュ組織は、あなたの居場所ですか?」
「…………」
「私は……救う人間を選ばないといけないようです」
「どういう意味だ?」
「アサヒさんに言われました。救いたいと思う人たち全員を救おうと思っていると全員を失うって」
「…………」
 ジャックは考え込むように虚空を見遣った。
「ジャックさんがどうして組織に入ったのか、私にはわからないし訊いても答えられないだろうから訊きもしないけど、生きてくださいね。自分の人生を、自分の為に」
「……あぁ、ありがとうな」
 
ジャックはアールに別れを告げ、かつて旅を共にした仲間のアーム玉を手に、ゲートに並んだ。──アールは自分を組織から救おうとしてくれている。でも、出来ないから自分の身は自分でどうにか守ってくれと言っているようだと、ジャックは思った。
 
アールはジャックを見送ったあと、ルイにメールを送った。
 
【ジャックさんと今別れました。戻ります】
 
帰り道を歩きながら、人の死について考えた。目の前で人が死んでいくのを何度目にしただろう。呼吸が止まる瞬間を、焦点を失う瞬間を、身体の動きが停止する瞬間を、“無”になる瞬間を、何度目にしてきただろう。
 
「…………」
 
──重い。
足取りが重くなる。
これから先も、旅を続ける度に誰かの死を見ることになるのだろう。死体を見ることになるのだろう。そしてこの手でまたその命を奪うことも、きっとあるのだろう。
 
いつか、それに慣れてしまう日も来るのだろう。
私は既に人殺しなのだから。  
 
「……?」
 ベンチで待っていたルイは、浮かない表情で戻ってくるアールに気づいて立ち上がった。
 
カイは隣でゲームをしていたが、ルイが立ち上がったのを見て彼もアールに気がついた。ルイはアールになにかあったのではないかと足早に迎えに行く。
 
「アールさん?」
「…………」
 アールは駆け寄ってきたルイを見遣り、足を止めた。
「なにかあったのですか?」
「なにもないけど……あ、ちゃんとアーム玉渡したよ? 喜んでた」
「そうですか、それならよかったです……」
 ならどうして沈んだ表情をしていたのだろう。「ジャックさんとは何か話されましたか?」
 カイが待っているベンチへ戻りながら訊く。
「なんか……顔が痣だらけで会うたびにやつれてるから大丈夫かなって。ジャックさんはシドの心配をしてたよ」
「そうでしたか……」
「あとはジムさんの話を少し」
 
カイはゲーム機をしまい、アールに「おかえりー」と言った。
 
「ただいま」
 アールに笑顔が戻る。カイの隣に座ると、その隣にルイが座った。
「ジャック元気だったー?」
「元気ではなかった」
「えー。飴ちゃんあげればよかったのに」
「なにそれ」
 と、笑う。
「気分が沈んでるときは甘いキャンディに限るよ」
 カイはそう言ってシキンチャク袋から桃味の飴を3つ取り出し、3人で分けた。
「ありがと。カイはいつも飴持ってるの?」
 と、口に入れる。
「うん。噛まなければ長い時間口の中で甘い味が広がってるんだよ? こんなすばらしいお菓子はないよー」
「そっか。そういえば前はよく飴くれてたね」
 
精神的におかしくなったときに、飴をくれたのを思い出す。気分がすぐれないのに口の中は甘い味が広がっていると脳が混乱するのか、落ち込んでいた心が少しだけ和らいだ気がした。
 
「シドから連絡は?」
「まだにゃい」
「ルイも?」
「えぇ、まだ。長引いているようですね。詳しい説明もあるでしょうし。もしかしたら診察を受けているのかも」
「そっか。義手になっても、使い慣れるまでが大変そうだね」
「えぇ。ただ、腕が片方ないと普通に歩くだけでも身体のバランスが崩れてしまうので、片方を失った状態に完全に慣れてしまうとますます義手に慣れるまで時間が掛かるでしょうから、慣れる前でよかったと思います」
「そうだね、確かに歩き方がぎこちなかった……」
 
シドの義手の話になると、たちまちカイは口を閉ざす。
 
「そういえばカイ、お手製のハリセンとエロ本はどうなったの?」
「俺っちが回収済み。手紙もね」
「そっか。今夜あたり時間があればシドとゆっくり話したら?」
「シドが嫌がるかも」
 と、空を見上げる。
「なんで嫌がるのよ。それにどっちにしろちゃんと話さなきゃ。曖昧なままにしていたらわだかまりが残ったままで落ち着かないし」
「うん……」
「飴ちゃん食べながらがんばって!」
「こんなときに飴なんか食べる気しないよ」
「…………。」
 

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