voice of mind - by ルイランノキ


 歓天喜地19…『ジャックとジム』

 
「こんなに厄介な患者ははじめてかもしれませんね」
 
頭を下げているシドたちを前に、フィリップ医師はそう言って微笑した。
 
「本当に申し訳ありませんでした」
 と、ルイ。
「無事でなによりだよ。それに、まさかひとりでここまで回復するとは驚きだ」
「義手を見に来たんだが」
 と、シド。謝った後の話の進め方が早い。
「あぁ、用意しているよ。案内する。本当はその前にいろいろと検査をさせてもらいたいんだがね」
 と、歩き出す。
「検査はいい」
「そういうと思ったよ」
「あ、私、病院の外で待ってるよ。中までついて回るの邪魔かもしれないし」
 アールはそう言って足を止めた。
「でしたら僕も。すぐ近くにいますので、終わったら連絡してください」
「連絡しろっつったって携帯電話ねぇしな」
「あ」
 アールは自分のポケットからシドの携帯電話を取り出して手渡した。
「ねぇ、カイになんて打とうとしたの?」
「あ?」
「メール。送信せずに下書きに入ってた。『俺は』って」
 シドは虚空を見遣り、言った。
「忘れた」
 
シドとヒラリーはフィリップ医師に連れられて場所を移動した。アール、ルイ、カイは病院を出てすぐ横にあったベンチに腰掛けた。
 
「カイ、まだ気にしてるでしょ」
「……だって。ちゃんと謝ってないし」
 と、カイはアールの左側に座っている。
「あとでゆっくり話すといいよ」
「…………」
「シドさんは、カイさんを責めていないと思いますよ」
 ルイはアールの右側に座っている。
「ハリセン持って行かなかったから?」
「ハリセン!」
 と、アールは笑った。「エロ本もね」
「俺たちの手紙も」
「手紙は……大事に持っておくタイプじゃないから読んだら終わりなんじゃない? わざわざ封筒に入ってて便箋数枚分の手紙なら一応持っていきそうだけど。めんどくせーから後で読もうって」
「あぁ……確かにぃ。俺、シドに訊きたいこといっぱいある」
 と、青空を見上げた。
「私も」
「僕もです」
 3人揃って空を見上げた。ゆっくりと風に乗って流れる雲が気持ちよさそうだ。
「ふふ」
 アールは笑って、視線を落とした。
「なんか、やっと実感湧いてきた。シドがやっと戻ってきてくれたーって」
「長かったもんねぇ……」
「死にかけたりもしたもんね……」
「やっと全員揃うことが出来ましたね」
「ほんとだね。やっと元通り」
 
はぁ……と、3人は安堵のため息をこぼした。
 
「アサヒさんに連絡入れたほうがいいと思う?」
 と、アールはルイを見遣る。
「悩ましいですね」
「組織にシドの情報を流したくはないけど、どうせバレることだし。それに、アサヒさんって悪い人には思えなくて」
「それアールの悪い癖ー」
 と、カイ。「悪い人じゃないかもー! で、騙される」
「組織の人間にしてはってことだよ」
 アールは少しふて腐れた。
「連絡して欲しいと頼まれたのですから、したほうがいいでしょうね」
「じゃあちょっと掛けてみる」
 
アールは携帯電話のメモリーからアサヒを選択し、電話を掛けた。呼び出し音が鳴り、相手はすぐに出たが、出たそうそう言った言葉に絶句した。
 
『おめでとう。シドと会えたみたいだな』
「…………」
『あれ? もしもし?』
「なんでもう知ってるんですか……」
「…………」
 カイとルイはアールを見遣った。
『俺は人づてに聞いたんだ。連絡はシドのことだろ?』
「そうですけど……」
『律儀にどうも。で、いつ頃ジムのところに行くんだ?』
「あ……」
 すっかり忘れていた。
『なんなら俺らが捜して連れてくるけど』
「それだけはやめてください。居場所は……なんとなくわかってますからすぐ見つかると思うのでもう少し待っていてくれませんか」
『いいよ。って言いたいところだけど、俺はともかくあいつらはそうもいかないだろう。どんだけ待たせるんだ』
「そこをなんとか……。アサヒさんは第一部隊の人ですよね? だったら……」
『俺から言えば待ってくれるだろうって? 俺にそんな権力は無いよ。戦闘部員じゃないし。それに勘違いしないでくれな、シドのことで調べてあげたけど君の味方になったわけじゃない』
「……そうですよね、すいません」
 と、肩を落とした。
『それに、君が言う“なんとなくわかってる居場所”に彼はいないかもしれないんだよ』
「え……?」
『テンプス街のこと言ってる?』
「あ……はい」
『いないってよ』
「捜しに行ったんですか……?」
『そうらしい。話が違うとか言わないでくれよ? こっちからしてもシドのことで時間取られてこれでも大分待ったんだ。知らないと思うけど一週間以上もね』
 と、嫌味を含めて言う。
「はい……」
『テンプス以外に心当たりは?』
「ないです……。ログ街くらいしか。元々そこにいた人だから」
『戻るとは思えないけどなぁ……。まぁいいや。ジム捜しはこっちに託してくれよ。抵抗さえしなければこっちも手出ししないだろうし』
「そうでしょうか……。組織のことを知ってる人ですよ? 口封じに命を奪ったりしませんか?」
『あーどうだろうなぁ。殺しても大したアーム玉(力)は手に入らないだろうし、制裁は済んでる。妙な動きさえしていないなら殺す価値もないだろう』
「嫌な言い方しますね」
『ジムの心配をするくらいならシドの心配をしたほうがいい。ジムより命狙われてる』
「……やっぱりそうですよね」
『君はさ、仲間の全員が同時に殺されそうになったとき、誰を真っ先に助けるんだ?』
「……なんですか、その質問」
 
私とあの子が溺れていたらどっちを助ける? みたいな。
 
『そこにジムがいたらジムなんて見向きもしないだろ? 全員助けたいなんて思ってたら全員死ぬよ。言ってる意味、わかる?』
「…………」
『悩んでいる時間も、人を殺すことになる』
「大丈夫です」
『ん?』
「みんなが同時に殺されるような立場になることはありませんから。強いんで」
『あはははっ、いいね。好きだなー。じゃあジム見つけたら連絡するよ。そう時間は掛からないだろうけど』
 と、電話が切れた。
 
アールは複雑そうな表情で携帯電話を閉じた。
 
「なんて?」
 と、心配そうにアールを見つめるカイ。
 
アールは電話の内容をカイとルイに話した。
 
「ジムさん、どこへ行ったのでしょうか」
「もしかしたら組織が捜しに来るの知って逃げたのかも。ジャックさんから先に聞いたりして」
 と、アール。
「有り得るかもしれませんね。ジャックさんに連絡してみましょうか」
「あ、じゃあ私が」
 
今度はジャックに電話を掛けた。ジャックもすぐに電話に出た。
 
『どうした』
「シドが見つかりました」
『……そうか。よかったじゃないか』
「あの、組織の人が言ってたんですけど、ジムさんテンプスにいないそうですね」
『…………』
「なにか知ってますか?」
『いや、なにも』
「私たちが捜しに行くことは伝えましたか?」
『いや』
「そうですか……あ、あの、近いうち会えませんか? すぐにでも」
『俺か?』
「はい。渡したいものがあるんです」
『…………』
「いつでもいいんですけど」
『今どこにいるんだ?』
「あ、ちょっと待ってください」
 
アールは携帯電話を下ろしてルイを見遣った。
 
「ジャックさんにここの場所教えても大丈夫かな? シドの居場所話すようなものだけど」
「ジャックさんがシドさんの居場所を知ってなにかするとは思えませんし、今知らなくてもいずれは誰かから聞かされることだと思います。組織の一部の人間はここにシドさんがいることを既に知っているようですから」
「じゃあ……この町に来てもらっても大丈夫? 他の町で待ち合わせもいいけど、今あまりお金使いたくないし」
「そうですね、いいと思いますよ」
 
アールは再び携帯電話を耳に当てた。
 
「もしもし? 今パウゼ町にいます。来れますか?」
『あぁ。わかった。すぐに行く。着いたら連絡する』
 
電話を切り、アールは立ち上がった。
 
「ゲートのところまで行ってくる」
「お一人でですか? 渡したいものというのは?」
「アーム玉。ジャックさんのと、ドルフィさんと、コモモさんの」
「あぁ、そうでしたね。一緒に行きましょう」
 と、ルイも立ち上がった。
「いいよ一人で。カイとここで待ってて?」
「俺こそ一人で大丈夫なんですけどー」
 と、カイ。
「僕は不要のようですね」
 と、少し寂しい。
「違う違う! ルイ具合悪いんだし、のんびりする時間なるべく取ってほしいの」
 ストレス性の咳が今も時折出るのだ。
「気を遣われると僕も気を遣ってしまうので、そんなに気を遣わないでください」
 

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