voice of mind - by ルイランノキ


 歓天喜地14…『沈みそうな船』 ◆

 
「シドがはじめから私たちの仲間じゃなかったって言うならそれでもいい。ていうか、今の私たちにとってはそんなのもうどっちでもいい」
「…………」
「あなたを、仲間にしたいの」
 
ルイたちは、シドの前へ回ることはせずに、シドの後ろで二人の成り行きを見守った。
  
「シドが必要なの。──私の仲間になってください」
 

私の仲間になってほしいと
 
私からお願いしたのに
 
今はこうして
私から距離を取った。

 
シドは暫くアールと目を合わせていた。
アールはなにがなんでも、シドを取り戻したかった。たとえ片腕を失っていても、彼が必要だった。
 
「全力で断る。」
「……え? ちょっ!」
 
シドはアールを押しのけてスタスタと歩いてゆく。ルイたちは思わず慌てて後を追った。
 
「待ってください! そんな……アールさんが真剣にお願いしたのに」
「真剣にお願いすれば望みが通ると思うな」
「しかしっ……アールさんの思いは届いたでしょう?!」
「俺的にもあの流れはオッケーする流れだと思ったんだけど!」
 と、カイも大慌てだ。
 
「聞いた? 今……」
 呆然と立ち尽くしているのはアールだ。目の前にはスーを連れたヴァイスがいる。
「あぁ」
「全力で断られたんだけど」
「そのようだな」
「え、ちょっとまって、普通さ、ドラマとかの流れではここで仲間にならない?」
「ドラマではないからな」
「そうだけど!」
 と言っているアールの背後ではシドを追いかけるルイたちが遠ざかってゆく。
「追いかけなくていいのか?」
「…………」
 アールは振り返り、歩いていくシドたちを見遣った。
「なんで戻ってくれないんだと思う?」
「さぁな。ただのわがままとは思えんが」
「…………」
「…………」
「ただのわがままでしょ。」
 
アールは剣を構えて地面を蹴った。
シドに向かって一直線に走り出すと、「シド!」と叫んだ瞬間、ルイとカイはアールに気づいてすぐに身を屈めた。シドは振り向きざまに刀を構え、アールの剣とシドの刀の鍔音が響いた。
 
「…………」
 シドがなにか言いたそうにしたが、アールはシドの刀を払って更に攻撃をしかけた。
 
いきなりシドとアールの戦闘がはじまり、カイはおどおどとルイの腕を掴んだ。
 
「なに?! なにが起きたの?! どうなってんの?! 喧嘩? 殺し合い?!」
「わかりません……」
 動揺しているのはルイも同じだった。そこにヴァイスがやってくる。
「ムカついたらしい」
「え……?」
 
シドは急に襲ってきたアールにはじめは戸惑ったが、すぐに対応する。振り下ろされたアールの剣を巧みに交わし、一先ず距離を取った。
アールはゆっくりとシドに近づいていく。
 
「本当は仲間に戻りたいくせにっ」
「はぁ?」
「素直じゃないんだから!」
「誰が戻るか。沈みそうな船に」
「…………」
 アールは足を止めた。
「組織に戻る気はねぇが、お前らの仲間になるつもりもねぇよ」
「あーそう。じゃあひとりでシュバルツに世界を滅ぼされるのを指をくわえて怯えながら待ってればぁ?!」
「自らシュバルツを倒せないって発言してるようなもんじゃねぇか」
「倒せないよ。私には。」
「…………」
「ひとりじゃ倒せない」
 シドは呆れたようにため息をこぼした。
「脅しじゃねぇか」
「シドもひとりじゃ世界は救えないでしょ。大切な人の未来を守りたいなら仲間になってよ」
「お前を信じろってのか。散々振り回して覚醒もしない、よそ者のお前を。お前自身自分が何者かわかってねぇのに」
「私は私です。」
 と、ムッとする。
「なんだそれ……」
「シドが仲間にならないって言うなら、力ずくで仲間に引き入れる」
「随分舐められたもんだな」
 と、刀を構えた。
「なんならハンデつけてあげようか」
「ふざけんな。お前ごときに腕2本もいらねぇよ」
 
「下がりましょう」
 と、ルイはカイを連れてアール達から少し距離を取った。
「大丈夫なの……? 死んじゃわない?」
「アールさんがシドさんを殺すと思いますか? シドさんがアールさんを殺すと思いますか?」
「思いません」
「でしたら見守りましょう」
 
ヴァイスも腕を組み、黙って勝敗を見届けることにした。
 
「じゃあそっちが負けたら素直に負けを認めて私に服従しなさい」
「その言葉そのまま返すわ」
「…………」
 アールは一度愛用武器をネックレスに戻した。そして、別の武器を元の大きさに戻して鞘から引き抜いた。
「タケル……」
 シドが忘れるはずがなかった。
 
タケルが使っていた剣だ。タケルのアーム玉もはめ込まれている。
 
「仲間に引き入れたいと思っている人がもう一人いるから。──じゃあ、協力してね、タケル」
 
アールはシドに向かって先手攻撃をし掛けた。
何度も刃と刃がぶつかり合う。シドは片腕を失ってから魔物との戦闘に漸く慣れてきたところで、人との戦闘はまだ試してもいなかった。それでもアールが相手ならと甘く見ていた。けれど、防御することに気を取られ、なかなか攻撃が出来ない。油断すれば身体のバランスを崩す。こけそうになっても身体を支えられる腕は刀を握っている手だけ。足で踏ん張り、アールに食らいついた。
そして次第に苛立ち始めた。人との戦闘に慣れていないアールが、自分相手に手加減をしていると気づいたからだ。苛立ちからとっとと終わらせてしまおう。そう思ったシドはアールからの攻撃を交わしながら動きの特徴を読んだ。アールは頭で考えて動いている。頭で考えてから行動に移すまでの間がある。躊躇いがそうさせるのか、慣れていないからかはわからない。そしてアールはシドの刀の動きしか見ていなかった。
 
「…………」
 
シドはアールが剣を振りかぶった瞬間、身を屈めて腹部に峰打ちを食らわせた。怯んだ瞬間、もらった!と思ったが、アールは膝をつくことなく剣を横に払い、シドの防護服に傷をつけた。怯んだのはシドの方だった。気づいた時には剣の刃が目の前まで迫っていた。ぎりぎりのところで刀で防ぎ止め、力任せに払う。額に汗が滲んだ。
 
そして、シドはハッと息を飲んだ。アールとタケルが重なって見えたのである。しかと自分の目を見つめ、捕らえて離さない茶色い瞳。真っ直ぐで力強い目。
 

 
アールは微かに口元を緩ませ、再びシドに攻撃を開始した。
 
シドはアールと戦いながら、タケルとも腕試しをしている感覚に陥った。懐かしいと思った。自分の方が圧倒的に強かったが、タケルには勝てないと感じていた部分があった。タケルに心を開くのが早かったのは、ある意味服従の心理が加わっていたのかもしれない。
ずっとタケルの死から目を逸らしてきた。助けられなかった自分を責め、タケルを騙していた国王を恨み、真実を見失い、面倒になって自分の中から除外しようとしていた。そのせいでタケルは自分の中で邪悪なものになり、自分を苦しみ続けた。タケルは俺たちを責めるような奴じゃなかったのに。もっと純粋で、真っ直ぐで、正義感があって、こういう奴が世界を守れるんだろうなと思っていたのに。
 

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