voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風22…『7日目』

 
「おっはよーーーーう!!」
 

カイが元気よく病室のドアを開けたとき、みんな顔を作っていた。
シドが起きていることを想像して、そんなシドを迎える顔。
 
でもその顔はすぐに沈んで、見飽きたシドの寝顔を見て、
ぎこちなく笑った。
 
そうだよね
シドはサプライズをするタイプじゃないよね。

 
「なぁんだ……まだ眠ってんのかぁ」
 
カイはそう言って、少し強めにシドのお腹を叩いた。複雑な感情がその力に込められていた。お腹を叩いたくらいじゃ起きないこともわかってはいるけれど、もしかしたらという希望も込められていた。
 
ルイは4人分のパイプ椅子を広げた。全員座り、シドのベッドを囲んだ。
 
「シドさん、そろそろ起きてください。明日出発ですよ」
「起きないんだったら、シドの筋トレグッズ売っておもちゃ買っちゃうけどいい?」
 と、カイ。
「いいんじゃない?」
 と、アール。
「じゃあそうしよっと!」
 と、笑う。
 
返って来ないシドの反応を待って、また話しかける。その繰り返し。
 
「あ、私、お昼からモーメルさんのところに行ってくるね。呼ばれてるから」
「私も行こう」
 と、ヴァイス。
「最近ヴァイスんとアールが一緒に行動してること多くて焼きますぅー餅を焼きます焼き餅ぃー」
 と、カイは頬を膨らませた。
「ヴァイスはスーちゃんを迎えに行くの」
「アールが迎えに行けばいいじゃん。どうせばあちゃん家行くのに」
「スーちゃんはヴァイスが迎えに来てくれるの待ってるかもしれないじゃない」
「どんだけスーちんに好かれとんねん!」
「モーメルさんによろしくお伝えください」
 と、ルイ。
「僕は旅の再開に備えて食材を買いに一度出かけますね。食材の他になにか必要なものがあれば買い揃えておきますので、なにかありましたら言ってください。それから、ヒラリーさんから連絡があって、夕方頃お見舞いに来るそうです」
「じゃあ夕方までに戻れたら戻るね」
 と、アール。
 

何があっても何をしていても時間は刻々と一秒ごとに進んでいく。
人の死も、一秒ごとに過去のものへと追いやられてゆく。
ふいに思い出し、心をえぐって、また遠くへと追いやられる。
 
時間は進めど、自分は数秒前と変わらず、
数日前と変わらず、
数ヶ月前となんら変わらず成長できずにいて
いつまで経っても過去や後悔に縛られている。

 
お昼ごはんは、ルイがおにぎりを用意してくれていた。病室で食べてから、アールとヴァイスはモーメル宅へ向かう。
ルイもヒラリーたちが来るまでに必要な準備は済ませておこうと買い物へ出かけた。病室に残されたカイは、ルイが出て行く前に入れてくれた甘いミルク入りコーヒーを飲みながら、シドとの時間を過ごした。
 
アールとヴァイスはモーメル宅に着くと、モーメルはいつものタバコを吹かしながら、ヴァイスを見るなり言った。
 
「スーを迎えに行ってやってくれないかい。ワオンが朝には送り届けると言っていたんだが、仕事場でトラブルがあったらしくてね。ミシェルも仕事を抜け出せないそうさ」
 ヴァイスは仕方なくモーメル宅を出て、ワオンたちの新居がある街へ向かった。
 
アールはモーメルが出してくれた紅茶を飲みながら、席に座った。
モーメルは物置に保管していたタケルの武器を取り出し、テーブルに運んだ。
 
「タケルの思いが宿っておる」
「…………」
 アールはティーカップを置き、剣に触れた。タケルのアーム玉がはめ込まれている。
「改めてよろしくね、タケル」
「強化も出来るだけしておいたからね。あんたが今使っているものよりは使えるはずさ」
「ほんと? ありがとう!」
「手に馴染むまで時間が掛かるかもしれないがね。──それから」
 と、アーム玉が3つ入っている瓶をアールに手渡した。
「これは?」
「名前が刻まれていたよ。ジャック、コモモ、ドルフィ」
「うそ……」
 
3人のアーム玉は、シュバルツの手に渡ることなく保管されていた。
 
「どこに名前刻まれてるの?」
 と、瓶を持ち上げて中のアーム玉を眺めてみるも、細かな模様が刻まれているが名前らしきものはない。
「特殊な光を当てると見えるんだよ。わざわざ名前を刻むなんてことをするのはどの魔術師に作ってもらったのか一発でわかるよ」
 と、モーメルは呆れている。
「モーメルさんのお知り合い?」
「大抵の魔術師は知り合いさ」
「そっか。──きっと喜ぶよ、ジャックさん。ふたりのこと守れなかったって悔やんでた。でもなんで使われなかったんだろ……」
「言っちゃ悪いが、そのアーム玉は大した力にはならないよ。微々たる力にしかならないものをシュバルツに捧げるよりは、なにかの交渉に使った方がいいと別途保管していたんじゃないかい」
「……シドが別々に保管してたってことはない? 彼らのアーム玉を奪ったのはシドだよ。やっぱり後悔して心を痛めてシュバルツに捧げるアーム玉とは別に保管してたってことはない?」
「シドをいい奴に仕立て上げたいならそう思うのも自由さ」
 と、モーメルも椅子に座り、タバコを消してからポットの紅茶をカップに注いだ。
 
アールはタバコの吸殻を見て、テトラを思い出した。
 
「テトラさんとはどうなりました?」
 モーメルは酷く動揺して咳き込んだ。みるみるうちに顔が赤くなり、咳き込んだことで顔が赤くなったというには違和感がある。
「連絡来ました? 会いました?」
「なんのことだいっ」
 と、とぼけると、新しいタバコを取り出して吸い始めた。
 そんなモーメルを見て、二人の間になにかあったんだと察した。
「年齢が邪魔をすることってありますよね」
「…………」
「モーメルさんからしたら私はまだ21だけど、私はもう21だからって考えてしまって。わーって騒ぎたくなってももう学生気分はおしまい!って思っちゃって」
「…………」
「でも、年齢気にして楽しいことややれること制限するのはもったいないですよね」
 
モーメルはタバコを吹かしながら、物思いに耽った。
“今更”と思うことは年を重ねるごとに増えていった。今更新しいことを始める気にはなれないし、いい年をして今更異性とどうこうなどと考えるのはバカバカしい。
 
「タバコ一本もらっていいですか?」
「?! 吸い始めたのかい」
「ううん、冗談」
 と、笑う。
「まったく。つまらない冗談だね」
 アールは笑いながら紅茶を飲んだ。
「シドはタバコを止めたのかね」
「へ? シドってタバコ吸うの?」
「あたしが最後に見たのはあんたと初めて会う前だったよ」
「未成年なのに。あ、こっちでは煙草は17とか18からとか?」
「煙草は成人してからだよ」
「ダメじゃん! でも止めたんならいっか……シドがタバコ吸ってるの見たことない」
 
会話が途切れて、静かな時間が流れた。なにか話題はないかなとアールは考える。
 
「ギップスさんは元気?」
「……あぁ」
「また面白い魔道具持ってこないかなぁ」
「忙しいから難しいだろうね」
「そうなんだ……残念」
「…………」
「あ、モーメルさんってギルトさんと会ったことある?」
「一度だけ会ったね」
「どんな人だった? 何歳くらい?」
「ヴァイスにも同じような質問をされたよ」
「…………」
 紅茶を飲み、ヴァイスのことを考えた。
「なかなかの男前だったよ」
 と、モーメル。
「え、そうなの? 見たかった」
 と、笑う。
「無精ひげが似合う渋い男でね」
「ギルトさんみたいな人がタイプなんですか?」
「あたしがもっと若かったらねぇ」
 と、冗談交じりに言う。
「へぇ! ますます見たくなった! 写真とかないのかなぁ」
「どうだろうね」
「ギルトさんのフルネームって?」
「確か……ギルト・デル・リオだったかね」
「デルリオ……」
 一応忘れないようにとオレンジ色のノートにメモを取った。
 
なにやらぎっしり書かれているノートを一瞥したモーメル。タバコを消して、少し冷えた紅茶を飲んだ。
 
「なんでもメモをとっているのかい」
「私忘れっぽいので……。酷いときはメモをとったことも忘れるし、メモしておこうと思ってたことも忘れる」
「…………」
「忘れずにとどめておく魔法の薬は無い?」
「なんでも魔法に頼っていたらろくな人間にならんよ」
「ちぇっ」
 
アールはノートに書き足した。
 
《なんでも魔法に頼っていたらろくな人間にならない。 Byモーメルさん》
 

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