voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風23…『揃う』

 
ヴァイスはワオンが働いているVRCに顔を出すと、スタッフルームの扉が開いた途端にスーがまるで子犬のようにぴょんぴょんと飛び跳ねながらヴァイスを目掛けて走ってきて、その肩に飛び乗った。
 
「久しぶりだな」
 ヴァイスが声を掛けると、スーは嬉しそうに拍手をした。──パチパチ。
「悪かったな、届けてやれなくて」
 と、ワオン。
「いや、かまわん」
「シドの様子はどうだ? 詳しくは聞いてないんだが、意識不明とか何とか……」
「相変わらず眠っている」
「らしくねぇなぁ……。大丈夫なのか?」
「心配はしていない」
「そうか」
 と、ワオンは笑った。そして、スーを見遣った。
「また鍛えたくなったら俺んとこ来い」
 スーは両手でマルを作った。
「失礼する」
「おう。シドにもたまには会いに来いと伝えておいてくれ」
「あぁ。」
 
その頃ルイは、スーパーで野菜専用のシキンチャク袋に入るだけの材料を、なるべく安く選んでカートに入れてゆく。もやしは絶対に買う。あまり使い回しができない野菜は買わないようにしているが、同じ野菜ばかりだと飽きが来るため、調味料もチェックし、足りないものと新しいものは買い足しておくことにした。
もちろん野菜だけでなく肉も多めに必要だ。この町のスーパーは平均価格よりも少し高いが、シドが戻ってきたときのためにも少しは奮発したい。お菓子コーナーにも足を運ぶ。カイは自分で買うため、旅のちょっとした休み時間にアールたちに出すコーヒーと一緒に食べられるものをと選ぶ。
そしてどの街のスーパーにも大概ある旅人向けの便利グッズコーナーへ。日用品として使える魔道具が置かれている。魔道具と言うだけあって値段は張るが、5時間保温してくれる保温ラップもスーパーで買ったものだった。熱を起こす布巾を見遣り、買い換えようかと検討する。今後のことも考えて必要になったときに買おうと手に取るのはやめにした。一応買うものリストにメモを取っておいた。そのかわりに洗濯しなくても消臭と除菌が出来るスプレーを買い足した。
 
必要なものはこれで全部かなと、レジへ向かおうとしたところで携帯電話が鳴った。アールからのメールだ。
 
【ごめん、もう買い物終わった? 歯磨き粉がなくなりそうなの】
【今ちょうど買い物中です。買っておきますね】
 と、ルイはメールを返した。
 
アールが使っている歯磨き粉はいつも見ているため記憶していた。買い物かごへ入れ、レジへ向かう。
 
アールはルイからのメールを確認してから、モーメル宅のキッチンでティーカップを洗った。ついでにシンクに置かれていた薬草を洗ってくれと頼まれ、薬草についている土を洗い流した。笊に入れて水を切り、手を拭いて居間に戻ると玄関のドアが開いてスーを連れたヴァイスが帰ってきた。

「スーちゃん!!」
 と、アールは駆け寄った。「おかえり!」
 スーは嬉しそうに拍手をした。
「あれ? なんか逞しくなった?」
 見た目はほとんど変わっていないが、VRCに通い続けていたスーを知っている。
 
スーは自慢するように体を伸ばして見せた。──えっへん!と言っている。
 
これでシドも戻れば元通りなのに、と思う。シドの意識が戻らないのなら、明日なんて来なければいいのに、とさえ思った。ずっと今日だったらいいのに。シドの意識が戻るまで。
 
「このあとなにか用事あるの? ヴァイスとスーちゃん」
「特には無いが」
「じゃあもう病院行く?」
 そう訊いた後、モーメルを見遣った。
「モーメルさん他になにか用事あった?」
「いや、タケルの武器とアーム玉を渡したかっただけさ。用は済んだよ。それとあんたたちのアーム玉だけどね、また連結しておいたから。しばらくはあたしが責任を持って預かっておくよ」
「え、本人がいなくても連結できるんですか? とても助かるけど……」
「一度連結させたことがある魔術師ならデータが残っているから可能さ。元々繋がっていたアーム玉(宿)に帰るよう促すだけだからね。本当はそういう個人データはすぐに破棄すべきなんだが、許しとくれ」
「モーメルさんのことは信用してます。ありがとう」
 と、アールは笑顔を向けた。
 
またアーム玉を狙われては困るが、モーメルさんが持っているなら安心だ。
 
アールと、スーを連れたヴァイスはパウゼ町に戻り、そのまま病院へ向かった。
スーがいるからかアールは終始笑顔だった。ヴァイスはアールが自分とふたりきりでいるときとそこにスーがいるときとの違いを感じていた。スーがいないと緊張すると言っていたが、こうも違うとは。
 
時刻は午後2時過ぎ。
 
「あれ? 誰も居ない……」
 病室にはカイもルイもいなかった。
「1階の売店にいた?」
「いや」
「だよね。どこ行ったんだろ……外では会わなかったし。宿に戻ったのかな」
 と思ったが、椅子が二つ出されたままだ。宿に戻ったのならルイがパイプ椅子を畳んでいるはず。
「すぐ戻ってくるかな?」
 アールは新たに椅子を二つ出して、片方に座った。ヴァイスも椅子に座ると、肩に乗っていたスーが床に下りてシドの元へ移動する。ベッドに上がり、シドの顔を眺めた。
「ずーっと寝ているの」
 と、アールが言うと、スーはぱちくりと瞬きをした。
 
廊下からカイの声が聞こえてきた。独り言かと思ったが、病室のドアが開くとカイの後ろにルイも立っていた。
 
「あれ! 来てたんだ!」
「うん、どこ行ってたの?」
「食堂でパフェ食べた!」
 と、椅子に座る。
「先ほど病室にマルックさんが挨拶に来たのですよ。彼らは今日これから旅に出るとのことでお別れの挨拶をしに。お仲間の方も一緒でしたし、せっかくだからと食堂でコーヒーを飲んで少しお話を」
「そうだったんだ……もうちょっと早く戻ればよかった」
「今さっき別れたから見えるんじゃなーい?」
 と、カイが窓を見遣った。
 
アールは立ち上がって窓を開けて外を覗き込んだ。マルックが大男を連れて歩いている姿が見えた。
 
「マルックさーん!」
 と、ダメ元で声を掛けてみた。ここは病院だ。あまり大声は出せなかった。けれど声が聞こえたのか気配を感じたのか、マルックは振り返って周囲を見た。
「こっちでーす!」
 と、抑え気味に声を上げる。
 マルックはアールに気づき、手を振った。
「元気でなー! またどこかでな!」と。
「はーい! お気をつけて!」
 目一杯手を振って、別れを告げた。
 
「大男の名前を聞いたんだ」
 と、カイ。
「なんて名前?」
 アールは窓を閉めてから、椅子に座りなおした。
「なすび」
「茄子?!」
「ナシビさんですよ」
 と、ルイ。
「茄子さん?」
「ナシビさんです」
「な……なしび? し? ナシビさん?」
「はい、ナシビさんです」
「俺どうしてもなすびって聞こえるんだ。そしたらマルックが俺はナスって呼んでるって」
「ニックネームがナスって可愛い」
 と、笑った。
「あれ?! スーちんいるじゃん!」
 と、今頃ベッドにいるスーに気づいたカイ。
「スーさんおかえりなさい」
 と、ルイ。
 
スーは、自分と、アール、ルイ、カイ、ヴァイス、そしてシドが揃っているこの空間を喜ぶように拍手をした。
 
「やっぱりスーちゃんがいると和むね」
「俺も癒し系で和ませキャラだと思うけど?」
 と、カイは相変わらず自信家である。
「スーちゃんには勝てないよ」
 
シドの姉、ヒラリーたちは両手に紙袋を抱えて午後5時前にやってきた。
紙袋の中にはヒラリーお手製の料理がタッパや弁当箱に入れて入っており、もちろんアールたちの分も用意されていた。
全員がその温かい気遣いに礼を伝え、6時頃に頂くことにした。
 
「アールちゃん、ちょっといい?」
 と、ヒラリーはアールに声を掛け、廊下へ。
「あ、はい……」
 アールも慌てて廊下へ出て行った。
 
その様子をルイとヴァイスは気にかける。
 

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