voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風21…『壁』


VRCで魔物のレベルを上げて戦えば戦うほど、必ずと言っていいほど見えない壁にぶち当たる瞬間がある。
見えない壁が突然現れて、ゆく手を塞がれる。
 
私はもっと先へ行ける。
気持ちは先を目指しているのに、身体が、私の中にある力が、急について来なくなる、そんな気持ち悪さがある。
 
例えばボールを持っていて、
もっと遠くまで飛ばせるはずなのに、
どこまで飛ばせるのか見たいのに、
壁が邪魔をして飛ばしたボールは途中で壁に当たって落とされてしまう、そんな感じだった。
 
この壁を壊すにはどうしたらいいのだろう。
コツかなにか、あるのかな。
無理して突破しようと試みるとズキリと頭が痛んだ。
どんなに試行錯誤しても、壁はそこにあり続けた。
 
ルイが言っていた。
 
身体がついていけていないのです、と。
 
 
モーメルさん
 
あなたは知っていた。
 
私がこれ以上成長できない理由を。
 
 
あなたなら 知っていた。
壁を破壊する方法を。
 
私を
 
覚醒させる方法を……

━━━━━━━━━━━
 
午後6時過ぎ。
VRCを出たアールは、出入り口のところでヴァイスが立っていることに気がついた。
 
「ヴァイスも来てたの?」
「あぁ」
 アールはヴァイスの肩に目をやった。
「スーちゃんはまだ戻ってこないの?」
「明日、迎えに行く予定だ」
「そっか。どうする? 成長して超でっかくなってたら」
「…………」
 肩には乗せられないな、と思う。
「待っててくれたの? ありがとう」
 と、帰り道を行く。
「あ、ここに来る前にね、クレオファスっていう絵師の人とたまたま会って、なにか知らないかなと思ってあの似顔絵のこと訊いてみたの。サインを見てもわからないって言われたんだけど、知り合いの絵師の人にも訊いてみてくれるって」
「そうか」
「あ、あれエイミーさんじゃない?」
 アパレルショップの窓ガラスに貼られているポスターに目を止めた。いつもと雰囲気の違うメイクだが、エイミーだ。
「…………」
「やっぱり綺麗な人。それに少しだけ陽月の面影がある」
「…………」
「ヴァイスはエイミーの曲聴いたことある?」
「いや」
「結構店内で流れてたりするよ? あ、ミシェルの結婚式のときにも流してたよ」
「…………」
 虚空を見遣る。どんな歌を歌っているのかもわからないため、覚えが無い。
 
途中から三輪タクシーに乗り込み、ゲートへ向かう。
 
「あっ、今日はシャワー浴びてから出ようと思ったのに忘れてた……」
 VRCにはシャワー室がある。
「…………」
「あ、メール……」
 と、アールは携帯電話を取り出した。
 
ルイからメールが来ていた。
 
【遅くなってすみません。カツカレーは美味しかったですか? 僕の方はただの風邪でした。風邪薬を処方してもらいました。夕飯はどうされますか?】
 
【うん、美味しかったよ。今から帰るので、食べます!】
 と、返そうとして一旦手を止めた。
 
「あ、ヴァイスも今日夕飯一緒に食べる?」
「……そうだな」
 少し考えて答えた。
 
【うん、美味しかったよ。今から帰るので、食べます! ヴァイスも食べるそうです】
 
送信し、欠伸をした。
 
「明日までかぁ……」
 と、アールは呟く。
「…………」
「今夜シド起きないかな」
「…………」
「明日でもいいけど……」
 
アールの願いも虚しく、今日もシドは起きなかった。
その日は全員、なかなか眠りにつけずにいた。誰もが祈っていた。明日、シドの意識が戻りますようにと。奇跡が起きますようにと。何度も祈り、願った。
 

──シド
 
あの日 どれだけあなたの戻りを願ったことか。
あなたの目が覚めたらどんなに心強かったことか。
 
正直もう、見飽きていたんだよ
シドの寝顔。
 
 
朝になったら起きていたらいいと思った。
病院へ向かうまでの道のりでは、ずっと、病室のベッドで体を起こして面倒くさそうに待っているシドの姿を思い浮かべていたの。
現実になりますようにって。

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