voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風17…『それだけにしておく』

 
「ただいま」
 
宿に戻ったのは午後7時過ぎだった。
ルイは笑顔でお帰りなさいと言って、お風呂を入れる準備を始めた。キッチンには手をつけていない夕飯が置かれている。
 
「夕飯、誰の?」
 と、アールは風呂場を覗いた。
「僕と、カイさんのです。病院へ持って行く予定でしたが、戻ったら食べるとおっしゃられたので」
「ルイは先に食べなかったの?」
「えぇ、一緒に頂こうかと」
「そっか。風邪はもう大丈夫?」
「熱もないですし、大丈夫ですよ。一応明日、診てもらうことにしました。予約済みです」
「…………」
 アールは、パンツの裾を撒くって湯船にお湯を溜めているルイを眺めた。
「どうかしましたか?」
 と、ルイ。
「ううん……」
 ぎこちなく笑って、ベッドがあるリビングに戻った。
 
ヴァイスは窓際に立ち、外を眺めている。
 
「……話すべき?」
 と、アールが背後から声を掛けると、ヴァイスは外を眺めたまま答えた。
「無理に話す必要は無い」
「…………」
 
アールはローテーブルが出ていたので座って顔を伏せた。
そこにルイが風呂場から戻ってきて、何も知らずにこう訊いた。
 
「そういえばニッキさんの様子はどうでした? 具合が悪いようでしたが」
「…………」
 アールはテーブルに顔を伏せたまま、なにも言わなかった。
「……?」
 ルイはなにかあったのかとヴァイスを見遣る。
「廊下で話そう」
「え……はい」
 
ヴァイスはルイを連れて廊下に出た。
アールはヴァイスに任せてしまった自分に嫌気がさした。深いため息が出る。カイに会いたいと思った。くだらない話をして欲しい。気を紛らわせてほしい。
 
ルイはヴァイスからことの説明を聞き、「そんなことが……」と、肩をすくめた。
部屋のドアが開き、アールが顔を出した。
 
「カイを迎えに行ってくるね」
 と、一言言って、宿を出て行った。
 
「なんて声を掛けたらいいか……」
「いつも通りでいい」
 と、ヴァイス。
「それで……ニッキさんとアールさんのお父様は似ていたのでしょうか」
「目の色が青だと聞いて、なにか納得したようだった」
「やはり似ていなかったのかもしれませんね……。何故アールさんには自分の父親に見えてしまったのでしょうか。シオンさんとお友達は似ても似つかない、全くの別人だったようですし」
「…………」
「アールさんの心が心配です……。彼女にとってニッキさんが父親に見えていたのなら、父親の無残な死に顔を見たも同然ですから……」
 
アールは病院への道を走った。嫌なことを吹っ切るように、走り続けた。
病院にたどり着き、息を整えてからシドの病室へ向かう。途中、担当医師のフィリップと会った。
 
「随分お疲れのようですね」
「あ……えっと、走ってきたので」
「なにかあったのですか?」
「いえ、特には……。シドの様子はどうでしょうか。なにか変わったことはありませんか?」
「良くも悪くも、変化はないよ」
「そうですか……」
「カイ、だったかな。あの少年は彼に付きっ切りだ。熱心なのはいいが、女性看護師を口説くのはやめるよう、お伝えいただけますか」
「あ……はい、すいません、強く言っておきます」
 アールは頭を下げ、病室へ向かった。
 
アールが病室のドアを開けたとき、カイは逆立ちをしていた。
 
「なにしてるの……」
「アール! 帰ってたのー?」
 と、逆立ちをやめた。手についた埃を払う。
「うん」
 ちらりとシドを見遣る。やっぱり眠っている。
「でももう俺そろそろ宿に戻ろうかなって思ってたとこなんだ」
「うん、だから迎えに来たの」
「え、なにそれ嬉しい!」
 と、女の子のように喜んだ。
「でももう少しここにいていい?」
「もちのろんだよ」
 
アールはカイが座っていた椅子に座り、シドを眺めた。髪が、伸びたような気がする。
 
「ニッキっき元気だった?」
「…………」
「あ、ごめん。アールの父ちゃんに似てるんだったねぇ」
「カイ、ニッキさんの写真とか……さすがに撮ってないか」
「撮ってるけど」
 と、シキンチャク袋からカメラを取り出した。
「うそ?!」
「大概撮ってるから。だってさ! 俺たちの冒険を本にするときに写真の資料があったほうが絶対いいじゃん!」
「見せて」
「ん、ちょっと待って」
 カイは自分の写真ばかりの中からニッキの写真を探した。時折アールを盗み撮りした写真や町で見かけた美人なお姉さんの写真も入っている。
「あったあった。これ」
 と、液晶画面に写るニッキを見せた。
 アールはニッキの写真を見て、笑った。
「あははは!」
「ん? なにが面白い?」
 
父には似ていなかった。それも全く。このおじさん誰? という感じだ。
笑うしかない。
 
「なんでもない。ありがとう。父には似てなかった」
「まじ?!」
「うん。あと……ニッキさん死んじゃった」
「へ?」
 
アールはニッキとイズルのことを簡単に説明した。
 
「そっかー、残念……」
 と、カイはあっさりとした相槌を打って、カメラをシキンチャク袋にしまった。
「それだけ……?」
「それだけにしておく」
「……そっか」
 

人はいつか必ず死ぬ。
生きている限り、必ず訪れる死。
 
自分に訪れる死期は数十年後かもしれないし、明日かもしれない。
病気で死ぬのかもしれないし、事故に遭って死ぬのかもしれないし、
何者かに殺されるのかもしれない。
 
人は大抵、突然死ぬ。
自殺以外、自分の死期をコントロールすることはできない。

 
「もし今シドが起きたらさ、アールはなんて声掛ける?」
「え?」
「まず第一声」
「……シド! だよね」
「そりゃそうだけど。その後はー?」
「大丈夫? かなぁ」
「なにそのつまんない答え!」
「つまんないもなにも……」
「せめて『おはよう』でしょ。『おはよう、随分とよく眠ったね』とか!」
「あー…、でも興奮してそんな洒落たこと言えないと思う。ドラマじゃないんだから」
 

そして、生きている限り人の死にも直面する。
いつも見かける人が、いつも身近にいる人が、
明日も明後日も必ずいるとは限らない。

 
「旅を再開するまでに目を覚ましてくれないかなぁ。俺、真っ先に謝りたいんだ。腕のこと。多分、起きてすぐには気がつかないと思うんだ。腕がないこと」
「…………」
「頭もぼーっとしてるだろうしさ。気づいたときに、ごめんって言いたい」
「うん……」
「んで、怒鳴られたい。俺の鍛えた腕を斬り落としやがって! って」
「うん。そのときのためにハリセン用意しておこうか」
「いいね! スリッパでも良い」
「パコーン! って?」
「そう。気が済むまでパコパコ叩かれることにする」
 と、笑うカイ。
 

みんな、生きていることが当たり前に過ごしている。
命が続いていることは決して当たり前のことではないんだと頭ではわかっていても
常に意識して過ごすのは難しい。
 
気づいたときにはまた、今できることを後回しにしていたりするんだ。

 
「そろそろ宿戻ろうか」
 と、アールは立ち上がる。
「うん! ──シド、明日また来るからねー」
「明日は起きてよね」
 

この世界には沢山の魔法が存在するのに
肝心な魔法は存在しない。
 
シドを起こしてよ。
邪悪な魔力で壊された身体を魔法で簡単に修復するなんていう矛盾
あってもいいのにね。
 
そう思ってた。

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