voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風16…『メロンソーダ』◆

 
午後6時頃。
ルイは宿に戻っていた。夕飯の準備をしながら、時折携帯電話を見てアールから連絡が入っていないか確認をした。昼食は食べたのだろうか。その後どうしただろうか。ニッキさんとは会えたのだろうか。彼の具合も気になるところだ。夕飯は食べて帰るのだろうか、それとも。
 
「…………」
 
気になることは沢山あるが、一先ず【その後どうですか? 夕飯はどうされますか?】とだけメールを送った。
大根をいちょう切りにしながら、旅の再出発日を考える。一週間待つ、と言った日から7日目の朝にするべきか、きっちり7日待って8日目の朝にするべきか。こんな大事なことはもっとはっきりと決めておくべきだった。
鍋に切った大根や人参を入れ、水を入れてから火に掛ける。その間に別の鍋に油を熱してマゴイ肉を炒めた。
 
カイは相変わらずシドの病室で時間を過ごしている。売店で買ったビスケットを食べながらゲームをして、飽きたら雑誌を読み、それも飽きたら昔話をして、ネタが尽きたら窓の外を眺め、それにも飽きたら軽く筋トレをし、全てがめんどうになったら椅子を並べて眠った。
 
病室で見る夢の中では、とっくにシドが目を覚ましていた。自分の方が長く寝ていたのに、「いつまで寝てんだよ」と言いながらシドに起こされたり、寝ているシドに話しかけ続けていたら寝返りをうって「さっきからうるせぇな」っと言われたり。いつの間にかもうみんなで旅を再開していたり。
 
「シドさぁ、いつまで寝てんだよぉ」
 カイはベッドに頬杖を付いた。
「早く起きてさぁ、……俺を責めるなりなんなりしてよ。ぶん殴ってよ。俺の腕斬り落としやがってって」
 
いくら話しかけても、独り言で終わってしまう。きっと声だけは聞こえているかもしれないと信じて声を掛け続ける。そのうち返事が返ってくると信じて。
 
「寂しいよ……シド」
 
シドを組織に奪われてしまった。酷いことを言われたりもした。刀の刃を向けられたりもした。でもやっと戻ってきた。そう思ったのに。
 
「いつまで待たせるんだよ……焦(じ)らし上手だなぁ」
 
━━━━━━━━━━━
 

 
アールはメロンソーダの水滴がテーブルに広がっているのを眺めていた。
なんでここにメロンソーダがあるんだろう。アイスは乗っていない。氷が解けたのか上のほうは透明で、きっともう味も薄くなってしまっているんだろう。
何気なしに視線を上げると、窓の外を眺めているヴァイスの姿があった。ヴァイスの前に置かれているコーヒーカップの中は既に空っぽだった。
そして漸くハッとする。外はすっかり夕暮れ時だった。
 
「ヴァイス……」
 
おどおどしながら声を掛けると、ヴァイスはアールを見遣り、言った。
 
「なにか頼むか?」
 と、メニューを差し出す。
「ごめん……ボーっとしてた……し過ぎてた……」
「気にするな」
「あ……ありがとう……」
 お腹の虫が鳴り、メニューを開いた。
 
ヴァイスはずっと、待ってくれていた。ずっと黙ったまま、付き添ってくれていた。
その優しさに、目頭が熱くなる。
 
「ヴァイスはなにか食べる?」
「同じものでいい」
「じゃあ……えびピラフ……」
 
ヴァイスはチャイムを押して店員にえびピラフをふたつ注文した。
 
「イズルさんは……?」
 と、メロンソーダに手を伸ばした。水滴でびちょびちょだ。
「賞金とグレフィティソードは渡した。頼み直すか?」
 と、メロンソーダを見遣る。
 アールは首を振った。ナプキンを取り、濡れたテーブルとコップを拭いて、溶けた氷とメロンソーダを混ぜるようにストローでかき混ぜた。
「それで……ニッキさんのことは……?」
 一口飲んだ。薄くて美味しくはない。
「母親が知らせに来た」
「そう……」
「…………」
 
エノックスに体を蝕まれているニッキの姿を思い出し、気分が悪くなった。食欲があるのかないのか、お腹の虫は元気に鳴く。
アールはお腹をさすった。
 
「あ、ルイに連絡……」
 と、携帯電話を開いてルイからのメールに気がついた。返事を打つ。
 
【遅くなってごめんなさい。これから夕飯食べて帰ります】
 
送信し、ポケットにしまった。
またのんびりと窓の外を眺めているヴァイスの横顔を何度か見遣り、意を決して気になることを訊いた。
 
「ニッキさん……どんな顔?」
「…………」
 ヴァイスは黙ったままアールを見遣った。
「どんな顔だった? 髪……黒だった?」
「あぁ」
「何歳くらいの人だった?」
「40代くらいだ」
「眉毛はどんなだった? 目は? 目の色は……?」
「眉毛は濃く……青だ。目の色は青だった」
「…………」
 
 違う。 父じゃない。 
 同じ顔じゃない。 私が見ていた顔じゃない。
 
「そっか……」
 

私はおかしい。
  
きっと、ずっとおかしいんだ。
 
この世界に来たときからずっと。

 
えびピラフが運ばれてきた。お腹は鳴るのに口へ運ぶことに嫌悪感を抱いた。けれど、口に運んでみるとその美味しさに二口、三口と進んだ。
 
「美味しいね」
 アールがそう言ったとき、店内が急に騒がしくなった。
 
血相を変えたイズルが、ヴァイスに向かって一直線にやってくると、アールのメロンソーダを手に取った。アールは咄嗟にテーブルの上に身を乗り出してヴァイスを庇った。イズルが引っ掛けたメロンソーダはアールに全て掛かった。
 
「なんで殺したんだよ……助けられたかもしれないだろッ!!」
 イズルは喉が擦り切れるほどの声で怒鳴り、涙を流した。
 近くにいた女性店員が慌ててタオルを取りに厨房へ向かう。
「アール……大丈夫か?」
「助けられなかった……仕方なかったの」
 と、アールは立ち上がり、イズルを見遣った。髪からメロンソーダの滴がポタポタと落ちて床を汚した。
「あんたに話してるんじゃない……」
「ニッキさんを殺したのは私だから。首を刎ねた。ヴァイスが銃を撃つ前に」
「ッ?!」
 カッとなったイズルはアールの胸倉を掴んで押し倒した。ヴァイスが後ろから手を伸ばし、止めようとする。男性店員等もイズルをアールから引き離そうと手を貸した。
「ニッキさんは殺してくれって言ったの! 私にッ!」
「うそだッ!!」
「嘘じゃない……あのままだったらどうせ死んでた。狂死してた。もしかしたら自分をコントロールできなくなって街に戻って被害が出ていたかもしれないの! ニッキさんを蝕んでたエノックスは人に噛み付いたらあっという間に人を死へ追いやってしまうの! 疑うなら自分で調べて……。いつか外へ出るんなら、それくらい自分で調べて」
 と、鋭い視線でイズルを見遣った。
 イズルはぼろぼろと涙を流した。
「ニッキさんは……俺の父親代わりだったんだ……俺の……」
「お客様、とりあえず外へ出てもらえますか。他のお客様のご迷惑になります」
 と、店員はイズルの腕を掴んで言った。
 けれどイズルは店員を振り払ってアールに訊いた。
「ニッキさんは誰のせいで死んだの……?」
「…………」
「いつ……寄生されたの……?」
「……誰のせいでもない」
「あの時、怪我してた……もしかしてあの時に? トーナメントに出す魔物を捕まえるために協力してもらったんだ……あの時……ニッキさん……」
「違うよ。イズルさん」
 アールはイズルに近づき、目を合わせた。「違うから」
「俺のせいなの……?」
「違う。──ニッキさんは、確かにあなたと魔物を捕まえに行ったとき、怪我をしたと言ってた。あなたには大丈夫だって言ったけど、念のために病院へ行ったんだって。そしたら、そのときは思ったより大したことなかったの。傷口も浅かった。問題は、その後また、一人で外に出てしまったこと」
「なんで……聞いてないよ……なにしにまた外に出るんだよ……」
「落し物をしたから」
「落し物って……?」
「そこまでは聞いてない。そのときに、エノックスが寄生している魔物に襲われて」
「本当に……?」
「本人から聞いたから、本当。説明してくれた。苦しそうに咳き込みながら、一生懸命説明してくれた。きっとあなたが自分のせいじゃないかって誤解しないようにだと思う。そうじゃなきゃあんな状況で事細かに説明なんてしない……」
「…………」
 
ニッキは涙を流しながら、店員に連れられて店の外へと出て行った。
 

──勿論、うそだった。
 
またひとつ、嘘が上達した。

 
「大丈夫ですか?」
 と、女性店員がタオルを持って来てくれた。
「すいません、お騒がせしました……」
「作り直しましょうか……」
 と、テーブルの上のえびピラフを見遣る。アールが咄嗟にテーブルに飛び乗ったため、半分ほど零れてしまっていた。
「あ、いえ、大丈夫です。お皿に乗ってる分だけ頂きます」
 幸い、ヴァイスのピラフは無事だった。
 
店員はこぼれたピラフを綺麗に掃除し、メロンソーダで濡れたテーブルと椅子、床を掃除して戻っていった。
 
アールが残ったピラフを食べようとすると、ヴァイスが無言で自分のピラフと入れ替えた。
 
「いいよ……自分でこぼしたんだし」
 と、アールは自分のピラフを引き寄せて、ヴァイスのピラフを差し出した。
「優しすぎ」
 と、笑ってピラフを頬張った。
「それはお前だ。それから、勘違いしているようだが」
「…………」
「ニッキを殺したのは私だ」
「……嘘ばっか。私の方が速かった」
「銃弾の速さには敵うまい。ハイマトス族の動体視力にもな」
「…………」
 

私が先に手を出した。
 
今でもそう思ってる。
 
でもあの時言い返さなかったのは、
ヴァイスの優しさをそのまま受け取りたかったからだよ。

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©Kamikawa
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