voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風10…『グレフィティソード』

 
ニッキが選んだエントリーナンバー4番の魔物はゾウザメと言って、他の魔物と比べて一回り大きかった。硬い岩でも噛み砕きそうな尖った歯、一発で体を引き裂きそうな鋭い鉤爪。アールも他の魔物と比べて一番強そうだと感じていた。
ただ、戦いっぷりを見ているとどうも体が大きい分、動きが鈍いようだった。ふた周りも小さな魔物に攻撃を食らわせるにも敵の動きがすばしっこく、なかなか決まらない。それどころか攻撃を食らってばかりだった。とはいえ、体は大きいだけでなく、丈夫な毛と皮膚で覆われているからか攻撃を食らってもさほどダメージは受けていないようだった。
魔物同士によっては30分以上もバトルが続き、なかなか勝敗が決まらなかった。中にはバトルが始まって間もなく頭を踏み潰されて殺された魔物もいる。
アールは複雑な表情で魔物たちのバトルの勝敗を見守った。
 
時刻は午後3時前。
 
「勝ったぞ」
 と、ライズが小声で言った。
「え?」
「ニッキが選んだ魔物が優勝した」
「!」
 
ぼーっとしていてほとんど見ていなかったアールは、闘技場の中央で傷だらけになってかろうじて立っている魔物を見遣り、なんとも言えない感情のまま、とりあえず観客が拍手をしていたので自分もそうした。
 
アナウンスが流れ、エントリーナンバー4番の魔物に賭け金を賭けていた参加者の中で、最も額が多かった参加者の名前を読み上げた。その額はニッキが出した額とは比べ物にならないほどで、結果、ニッキが狙っていたグレフィティソードはその男の手に渡ってしまい、賞金だけ得ることが出来た。
 
「賭け金が戻ってきたのはいいけど……ニッキさんがっかりするだろうな」
 アールはそう言って、喝采を浴びている男を見遣った。男はバニファを連れており、両手の拳を高く上げて喜んでいる。
「頼んでみようかな?」
「……やめておけ」
 と、ライズは小声で言った。
「お金だけ欲しくて剣はいらないかもしれないし!」
 と、立ち上がろうとするアールの袖をライズは噛んで引き止めた。
「訊くだけだから!」
 と、ライズに顔を近づけて言うと、ライズは警戒するように言った。
「よく見ろ。あの男の手の甲だ」
「手?」
 アールは背伸びをして拳を掲げている男の手の甲を見遣った。
「属印……」
 男の手には属印があった。組織の人間だ。
「なんで……? なんでこんなところに……」
 と、身を隠すように座った。
「単なる娯楽だろうが、関わらないにこしたことはない」
「向こうは私の顔知ってるのかな?」
「恐らく」
「最悪……」
 うなだれるアールに、前に座って喝采を上げていた男が振り返った。鳥の巣のようにもじゃもじゃした髪が特徴的だ。
「なんだ、お譲ちゃんは違う魔物に投票してたのか?」
「あ、いえ……優勝しましたけど、でも……」
「どうした」
「私が狙ってたのは、賞品の方で……」
「グレフィティソードか。訊いてみたらどうだ? 賭け事が趣味の奴は懸賞品には興味がない奴が多い」
「それが……あまりその……あの人と顔を合わせたくないといいますか……」
「知り合いか」
「うーん……そんなところです」
「だったら俺が交渉してきてやるよ」
「ほんとですか?」
「そのかわり、手に入れられたらお礼を頼むよ」
 と、不適な笑みを浮かべた男は組織の人間の元へ向かった。
 
「よかった! まだ貰えるかわかんないけど、いい人だね!」
 と、アールはライズを見遣る。
 ライズはため息をついた。
「要求される“お礼”を警戒しておけ」
「あそっか。お金だったらどうしよう。優勝賞金あるけどニッキさんのお金だし。電話してみよ」
 アールはルイから聞いていたニッキの電話番号に電話をかけてみた。
 
闘技会場からは続々と人が外へと移動し始めている。
 
「だめだ出ない。忙しいのかな」
「寝込んでいるんだろう」
「そっか、具合悪いって言ってたもんね……」
 と、電話を切った。
「私優勝した人には全員にもらえるんだと思ってた」
「有り難みがないな」
「グレフィティソード? って、この世に1本しかないの?」
「そこまで貴重なものではないが、グレフィティソードを造っていた刀工師が既に亡くなっている。新しく造れるものではない」
「詳しいね。とうこうしってそのグレフィティソードを作った人?」
「あぁ。刃に名前が刻まれている」
「へぇ」
 
10分ほど待たされ、男が戻ってきた。
 
「譲ってくれるそうだ。受け付けで賞金と貰えばいい」
「やったー!」
 アールはライズと目を合わせて喜んだ。ニッキも満足してくれることだろう。
「礼をしてもらいたいんだが」
「あ、はい。でもお金は私のじゃないから……代理なもので」
「じゃあなにしてくれるんだ?」
 と、男は腕を組んでアールを見下ろした。
「うーん……」
「奉仕をしてもらおうか。どこまでやれる?」
「ほうし? ……奉仕?」
 
男がアールの目の前でベルトを外そうとしたため、ライズは歯を見せて唸った。
 
「おっと。人間のやることがわかるようだなぁお利口だな」
 と、頭を撫でようとした男にライズは噛み付こうとした。
「あぶねっ!」
「変なことしようとしたらライズが噛み付きますよ……」
 アールは立ち上がり、警戒を向けた。
「じゃあなにをしてくれるんだよ。グレフィティソードは今は俺の物だ。いらないんだな?」
「欲しいけど……」
「じゃあそれなりのことをしてもらわねぇと」
「肩たたきします」
「バカなのかな、君は」
「散髪します」
 男の髪はもじゃもじゃだ。
「バカなんだろうな、君は」
「じゃあ力づくで奪います」
「お、面白いね。そういうの嫌いじゃあない」
「じゃあ勝負してください」
「体術なら喜んで」
 と、いやらしく笑う男にライズはまた唸る。
「剣術で。危ないので鞘に入れたままで」
「悪いが刀剣は使ったことが無いんだよ」
「じゃあいらないじゃないですかグレフィティソード!」
「売ればそれなりの値段になる」
「…………」
 じゃあ売ってくださいと言えるほどポケットマネーは持っていない。
「ちょっと舐めて綺麗にしてくれればやるって言ってんだよ」
「ライズ、噛み付いてよし」
 
ライズが男に飛び掛ると、男は「わかったわかった!!」と叫んだ。ライズが首に噛み付く寸前だった。
──と、との時、急に会場が騒がしくなった。勝ち抜いた魔物が暴れているのだ。エントリーした魔物は麻酔を打たれて退場させられるのだが、ゾウザメには全く効いていない。
 
「お、ちょうどいい。あんた一応女剣士だろう? あの魔物を殺すなりして大人しくさせたら譲ってやるよ」
「やった! ラッキー!」
 と、アールは首に掛けていた剣を元の大きさに戻して、迷わず観客席からステージへ降り立った。
「?!」
 ライズは慌ててステージに近づいた。
「まじか。冗談で言ったんだがな……。まぁいい、手出しするなよ、ワンちゃん」
 男はライズの隣に立った。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -