voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風11…『ゾウザメ』

 
自分の世界でゾウザメという名前の鮫がいることは知っているが、魔物を見たのは初めてだった。VRCでもまだ戦ったことがない。けれどモンスターバトルを見ていてある程度の生態はわかった。体力もだいぶ削られている筈だ。勝てる気がした。
 
ゾウザメはステージに下りてきた小さな人間、アールを目で捉えると、興奮したように鼻息を鳴らして突進。アールは剣を構えた。
殺すことはしたくなかった。人間の娯楽のために捉えられ、戦わせられ、傷を負い、中には死んだ魔物もいる。この魔物が街中に飛び出して人々を襲い始めたというならば殺してしまうのも仕方がないが、そうではない。
 
アールは攻撃を交わしながら、ゾウザメの周囲出動き回った。ゾウザメはそんなアールを鬱陶しく感じたのか苛立ちながら鉤爪を振り下ろした。アールはゾウザメの足の間を滑るように通り抜ける。
 
ライズと男はアールがなにをしようとしているのかわからなかった。攻撃をさけてばかりで攻撃を仕掛けようとしない。体力ばかり消耗しているように見える。
 
既に体力がほとんど残っていなかったゾウザメは足をもつれさせてひとりでに倒れこんだ。アールはこのときを待っていたようで、入場口で麻酔銃を持って成り行きを見守っていた男の元へ駆け寄った。
 
「麻酔銃の他に大人しくする方法は? ていうかどうやってここに連れてきたんですか?」
 と、早口で訊く。
「首輪だよ。大人しくする」
「あぁあれか……今持ってます?」
「これだが……」
 と、腰にぶら下げていた首輪を外して渡した。
「これ首に入らないですよね……」
「だから困っているんだよ。あいつの場合は足首もぶっといから手首にしか付けられない。けど手首に付けるなんて俺には無理だ……。あの魔物を連れてきた奴は賞金貰ったあと行方をくらましやがって」
「でももうきっと体力ほとんど残ってないし──」
「うわっ! こっち来る!!」
 
アールが気配で振り返るとゾウザメがドタドタと走ってくるのが見えた。首輪を左手に持って剣は右手に構え、振り下ろされた鉤爪を弾き返しながら背後に回り、一先ず距離を取った。
 
「気絶させられたら……」
 
そうは思っても打撃がメインのブーメランと違って剣で気絶を狙うのは難しい。攻撃魔法で気絶させられるだろうか。そんなうまい具合に調節できない。
一先ず、と、アールは向かってくるゾウザメに向かって走り出した。振り下ろされた拳の太い腕に飛び乗って肩に移動するも、大きな口を開けて噛み付こうとしたため高く飛び上がって剣の刃を下に向けて頭の上に着地しようと試みたが、ゾウザメは体を回転させながら腕を鞭のように振り払い、咄嗟に防御体勢で身構えたアールをそのまま弾き飛ばしてしまった。
 
ライズは思わずアールの名前を叫びそうになる。
飛ばされたアールは衝撃に耐えながら上空で着地体勢になり、観客席に降り立つとすぐにゾウザメに向かって行った。
 
「大人しくしなさい! 帰してあげるから!」
 
人間の言葉などわかるはずもなく、うろちょろと鬱陶しい人間を始末しようと暴れ続ける。その度にモンスターバトルで受けた傷口から血が滴り落ちた。
入場口で成り行きを見守っていた男が機転を利かせて使えそうな道具を持ってきて、アールに声をかけた。アールは隙を見て男の元へ駆け戻る。
 
「なんじゃこりゃ」
 武器が沢山あるが、アールは剣しか使えない。
「また向かって来てる!」
 と、男が言った。
 向かって来ていることは足音でわかる。なにか使えそうなものはないかと手に取ったのは、金棒だった。
「あんた見かけによらずエグイもの選ぶね」
「いやいや、大きさ的に……」
 と、説明する間もなくゾウザメが攻撃をしかけてきた。
 男は入場口の奥へ逃げ、アールはゾウザメの足の間から抜けてステージの中央へ。金棒が重いため、一先ずネックレスにして小さくした。
「うまくいくかなぁ」
 ゾウザメが咆哮を上げて向かってくる。
 
アールもゾウザメに向かって走り出すと、地面を蹴って飛び上がった。左側から振ってきた腕を足場として利用して更に高く飛び上がると、落下すると同時にゾウザメが丸呑みしようと大きな口を開けた。
 
ライズが息を呑んだ。助けに向かおうとしたがアールは上空で金棒を元の大きさに戻し、金棒の重さと落下する重力を使ってゾウザメの巨大な口にそれを縦向きで嵌め込んだ。ゾウザメは苦しそうな声を上げる。開いたままの口は金棒のせいで閉じることが出来ない。アールは急いで地面に降り立つと、ふらふらしているゾウザメの体がステージの端まで移動したところで片方の足が浮いた瞬間を狙って軽く攻撃。その衝撃でゾウザメは真後ろへ倒れ込み、客席との間にある塀に頭を打ち付けた。砂埃が舞う中でアールは急いで倒れたゾウザメに近づき、力なく垂れ下がっているその手首に首輪を嵌めた。
 
「これでいいのかな……」
 息も絶え絶えに入場口を見遣ると、男が両手で大きなマルを作って「よくやった!」と駆けて来た。
 
観客席で見守っていたライズも安堵し、ため息をこぼした。一部始終を見ていた例の男もアールの頑張りを認めたように頷き、たいしたもんだと笑った。
 
「金棒外すの手伝ってください」
 アールは倒れているゾウザメの胸に飛び乗り、顔へ。がっちりと嵌っている金棒を外すのは一苦労だ。
「正気か?」
 と、男。
「首輪してたら襲ってこないんでしょ?」
「そうだが……」
 と、男も手を貸す。
「あんた身なりからして外を旅してるんじゃないのか?」
「旅してます。せーので下を引っ張りましょう」
「魔物なんか殺し慣れてるだろう。なんで生かすんだ」
「…………」
 せーので金棒を引っ張るが、ビクともしない。そうこうしていると意識を失っていたゾウザメが目を覚まし、苦しそうに唸った。
「あ、私バカだ」
 アールは首に掛けていたネックレスを外してから、ゾウザメの口に嵌っている金棒にチェーンを触れさせた。すると小さくなってネックレストップに。
「それいいな。引っ越すときとか家ごといけるんじゃないか?」
「大きさに限度があります」
 と、笑った。
 
ゾウザメは男に連れられてステージから退場。アールはグレフィティソードをくれる約束をしていた男をどや顔で見遣ったが、その男から少し離れた場所に立っている別の男に目を奪われた。──組織の男だ。
 
ライズはアールの視線を辿り、組織の男がいることに気がついた。警戒したが、その男はなにも言わずにそのまま闘技場を出て行った。
 
アールとライズは外に出て、受け付けで賞金と、約束どおり男からグレフィティソードを譲ってもらった。
 
「やった! ありがとうございます」
 約束を守ってくれなかったらどうしようかと思ったが、そこまで悪い人間ではなかったようだ。
「見くびってたよ。小さいのになかなかやるじゃないか」
「いえいえ」
 と、照れ笑い。
「じゃあ俺は失礼するよ」
 男はアールの頭にポンと手を置いて、その場を後にした。
 アールは頭をぽりぽりと掻き、ムッとした。子ども扱いしないでほしい。
「あ、そうだ。首輪外さないとね」
 アールがライズの首輪を外そうとしたが、受け付けの男が声を掛けてきた。
「駄目だよ! 外すんなら外でな」
「外? あ、でもライズは仲間だから大丈夫です」
「だから周りがそうは思わないだろう。外に出て首輪を外してからまた返しに来てくれ」
「めんどくさ! この人ごみの中を通って外に出て首輪外してまた人ごみの中を通って返しに来いって言うの?!」
「そう書いてあるだろう」
 と、男は後ろの張り紙を指差した。確かに書いてある。
「最悪……」
 
ライズはため息をつき、リードを引っ張った。
 
「人が少ない場所を探そう」
 と、ライズ。
「それがいいね」
 アールはライズを連れて人が少ない場所を探した。
 

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