voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風9…『マスク』


楕円形闘技場の広さは長径200m、短径150mあった。
ステージを囲む階段のような造りになっている観客席。席は魔物の登場口がある両サイドの席と決まっており、4段ある席の一番上の端にアールは腰を下ろした。
初めて訪れた闘技場の広さに興奮したが、その興奮はすぐに薄れて消えていった。ここは、公開処刑が行われる場所でもあることを思い出したからである。この観客席に多くの人が座って罪人が殺されるのを待ち望む。そんな光景が目に浮かぶ。
 
《魔物を連れていなければ参加出来ない》という条件のせいで、あれだけ街の中を人が埋め尽くしていたというのに観覧者は開催時刻間近になっても客席を埋め尽くすことなく、目で確認出来る程度しかいなかった。アールは客の数を数えた。たったの36人しかいない。条件からして多いのか少ないのか微妙なところだ。
とはいえ、参加者が少ないということはライバルもそれだけ少ないということになる。この36人の内、ニッキが選んだ魔物と同じ魔物を選んだ人は何人いるだろうか。
 
「なんか……盛り上がらないよね、これだけ少ないと」
 アールはライズ姿のヴァイスに言った。参加者は一箇所にまとまっているため、その他のだだっ広い観客席はガランとしている。
「もうすぐ増える」
 と、前の席に座っていた男が振り返って言った。
「そうなんですか?」
「賭け事に参加出来るのは魔物を連れた者だけだが、ただの見物客がこれから入って来る。賭博者が少ないと殺風景で盛り上がらないからな」
「そうなんだ、知らなかった。ありがとうございます」
「あんた若いのにでかい魔物連れてきたな」
 と、ライズを見遣る。
「旅仲間です」
「ほう? おもしろいな。何番の魔物にいくら賭けたんだ?」
「それは……秘密です。私はあくまで代理人なので」
「なんだそうか。勝てるといいな」
 
その男が言っていたとおり、ギャンブルに参加は出来ないものの見物だけでもと望んだ客達が次々に観客席を埋めていった。
 
開催時刻になると街中に響き渡る号砲が3発上がった。勇み立つ音楽と共に巨大モニターに魔物とその魔物を捕らえた勇者たちの名前が上がり、会場は一気に熱気に包まれた。
 
━━━━━━━━━━━
 
その頃、ルイとカイはシドの病室にいた。
カイはシドの枕側に椅子を置いて座り、ゲームをしている。遊び慣れたブロック崩しゲームだったが、アールが楽しそうに苦戦していたのを見てまた嵌りはじめていた。
ルイは窓の外を眺めていた。アールが不審者を見たと言っていたものの、病院からはそういった報告はない。アールの思い違いだろうか。それならそれでいいのだが。
 
「朝から熱心だね」
 と、男性担当医師が病室に顔を出した。
「フィリップさん。シドさん容態はどうですか?」
 医師の名前はフィリップ。30代半ばだ。
「残念だが、今投与している薬では身体の中を充満している魔力のほとんどに効果が見られない。時間をかけて効いてくることもあるから、もう少し様子を見て、それでも効果が出ないようなら別の薬の投与も考えているところだ」
「そうですか……」
 フィリップはベッド脇のモニターを確認し、カルテにメモを取った。
「魔力というものはその人の精神状態や意識に大きく左右する。彼の意識が少しでも戻れば、回復も早くなる……という可能性は大いにある」
 カイはゲームを中断して、フィリップを見上げた。
「夢の中で夢だって気づいたら覚めやすくなるのと同じー?」
「私には経験がないが、似たようなものだろう。夢の中でこれは夢だと脳が気づくということは、眠っている脳が目を覚まし始めたということになるからな」
「シドー、シドは今深い深い夢の中にいるんだぞー」
 と、カイは眠っているシドの耳に向かって言った。「起きろー」
 
ルイはそんなカイを見て、微笑んだ。
 
「そういえば俺、昔なにかで聞いたことがあるよ。意識不明の人に『しっかりしろー』『起きてー』って声を掛け続けるのって大事だって。意識がないように見えて、言葉は聞こえていることがあって、起きてって声をかけることで、自分は寝ているんだって自覚させて起きようという心の働き?を促すことができるんだってー。アニメだったかなぁ」
 
フィリップはルイに頭を下げ、病室を出て行った。
 
「フィリップさん、すみません」
 と、ルイが駆け寄った。
「なんでしょう」
 と、足を止める。
「不審者のことですが……」
「あぁ、不審人物は誰も見ていないよ。看護師にも注意を払ってもらっているけど、変わったことはなにもない。ただ一度、病室の前を通ったときに人の話し声が聞こえたような気がして確かめたことがあったが……結局誰もいなかった」
「話し声、ですか」
「まぁ他の病室の声だったのかもしれない。気のせいということもある」
「そうですか……気にしすぎですよね……」
 と、笑う。
「まぁ無理もない。個人情報だから詳しくは話せないが、数ヶ月前にも似たような患者がいてね。彼と同じように魔力が体内に留まって充満していた。薬漬けのような状態だ。その患者の場合は足が無かった。魔物ではない、誰かの手によってそういう状態になったのは一目瞭然だ。同じ犯人かはわからないが、君の仲間も誰かによってあんな目にあったのなら、警戒して当然だろう」
「あのっ、その話、詳しく教えていただけませんか」
 と、食い入るように言った。
 体の一部を失い、シドと同じように邪悪な魔力に犯された体……。組織の人間ではないだろうかと頭を過る。
「詳しくは話せないと言ったはずだが」
「その方は……今は?」
「この後も予定が詰まっていてね。失礼するよ」
 と、フィリップはルイに背を向けてその場を去っていった。
 
ルイは浮かない表情で病室に戻ると、カイはシドにずっと話しかけていた。昔話をしたり、将来の夢を語ったり。
ルイは気持ちを落ち着かせるように椅子に腰かけ、カイを眺めた。
 
カイはあの時、咄嗟にシドの腕を斬り落とすことを思いついた。それで助かるかどうかは本人も誰にもわからなかったが、突発的に思いついたことだ。他にも同じことを考えた人がいてもおかしくはない。フィリップが言っていた、その患者が組織の人間かどうかはわからない。属印が足にあったのだとしても、斬り落としたのであれば確かめることもできない。
 
「…………」
 
フィリップは似たような患者、と言っていた。その後どうなったのかは言わなかった。その患者の名前や住所を知ろうとしたわけではない。それなのに答えなかったのは、いい結果ではなかったからだろう。それでも、“前例”があったのなら、まだ希望は持てる。
 
「アールどうしてるかなぁ」
 と、カイはルイを見遣った。
「ちょうど開催された頃でしょうね」
 ルイは腕時計を見て言った。
「優勝するといいねぇ。んで、その賞金を少しわけてほしい」
「それは……ケホッ、ゲホッ」
 と、ルイは咳き込んだ。
「大丈夫? やっぱ風邪?」
「咳風邪のようですね」
 ルイはシキンチャク袋から白いマスクを取り出して装着した。
「地味なマスクだねぇ」
「普通のマスクですよ」
「俺の貸そうかー? 猫の口部分がプリントされてるやつ」
「お気持ちだけ、頂いておきます」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -