voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風8…『お願いお願いお願い』

 
アールはキャバリ街でヴァイスと待ち合わせをした。先に着いたのはアールで、人の多さに目を回した。ゲートを出た瞬間から目に入ってくるのは人、人、人。この街の住人は勿論のこと、モンスターバトルを観に他の町からやって来た観光客でごった返している。キャバリ街の気温は高く、人が増えたせいでますます熱気が立ち込めていた。
 
ゲートの近くにいれば会えると思っていたが、「邪魔だどけ」と言われてしまい、どこか待ち合わせ場所に最適なところはないかと周囲を見回すも、視界は人で埋め尽くされる。
 
「あー…もう……」
 
人ごみは嫌いだ。足を踏まれ、更に気分が下がってゆく。
人にぶつかり、ぶつかられ、なんとか道の端まで移動したが、そこにも人が沢山いた。逸れたのか誰かの名前を呼ぶ人の声があちらこちらから聞こえてくる。
アールはいい場所を見つけ、なんとかそこまで移動して一息ついた。建物と建物の間だ。路地裏とも言えない、換気扇が置かれている隙間だ。
 
携帯電話を取り出してヴァイスにメールを打った。電話を掛けたほうが早いだろうかと思ったが、人が多くて騒がしい。聞き取りづらそうだったのでメールにした。
 
【人が多くてつらい(泣) 建物の隙間に避難しています。ゲートから見て10時辺りのところ。捜してください】
 
送信。すぐ隣の建物がなんの建物なのか確かめるのも一苦労。確かめる前から諦めている。ヴァイスなら捜し当ててくれるだろうと勝手な期待。
5分ほどして、アールの前にヴァイスが現れた。
 
「大丈夫か?」
「…………」
 アールは首を振った。
「帰るか?」
「え、でもニッキさんに頼まれたし……」
「私が行こう」
「ヴァイスも人ごみ嫌いなくせに」
「…………」
 否定できずに虚空を見遣った。
「気合入れていく! 確か観覧制限? があるんだよね? 制限内容によっては人が一気に減るよね?」
「そうだな」
 
ヴァイスはアールの手首を掴んで、人ごみの中へ。闘技場まで徒歩では遠いが、歩行者天国状態になっているせいで歩いて行くほかなかった。
闘技場に近づくに連れてぶつくさと文句を言いながらゲートの方へ向かう人たちが増えてきた。流れに逆らって闘技場の受け付けへ向かうと、アールは思わず悲鳴を上げた。突然人ごみの中にモルモートが現れたからだ。しかしその首には首輪が嵌められており、首輪に繋がったリードを筋肉質な男が手首に撒いていた。
周囲を見遣ると、小型の魔物を連れている男たちが点々としている。
 
「なにこれ……トーナメントに出す魔物??」
 と、呟くと、モルモートを連れていた男が笑いながらアールに言った。
「いやいや、残念だが魔物を連れてないと入れないぜ。それが今回の観覧参加条件だ」
「えッ?!」
 アールとヴァイスは顔を見合わせた。
 
受け付けを見遣ると、頭の上にスライムを乗せてる男性がいる。
 
「スーちゃんでもいいんだ……でもよりにもよっていないときに……」
「諦めるしかなさそうだな」
「ここまで来たのに……」
「魔物をレンタルしてくれるところがあるらしいぜ」
 と、モルモートを連れた男がいう。
「なんですかそれ……」
「既に噂を聞きつけた奴等が金になりそうだからって今日限りの商売を考えついたってところだろう。けど人に懐いていない魔物を連れてくるときは専用の首輪かマスクが必要だ。魔道具でそれさえ付ければ大人しくなる。あまり大きすぎると会場に入れないから大きさ制限もあるようだがな」
「レンタルしてまで……と思うけど、ニッキさんイズルさんに──」
 と、言いかけたアールの目に、4本足の獣が見えた。一瞬、その魔物がライズに見えた。
「…………」
 ヴァイスはアールの視線を辿り、ハッとした。アールを見遣るとこちらを見上げていたため、目を逸らした。
「ヴァイス」
「断る。」
「まだなにも言ってませんけど!」
「言おうとしていることはわかる」
「お願い」
「断る。」
「なんでよ! ニッキさん、息子同様のイズルさんになんとかっていう剣をプレゼントしたいんだって! イズルさんのお父さんが愛用していた武器だって!」
「…………」
「ねぇーお願い。ヴァイス! ……じゃなくてライズ。」
「…………」
 ヴァイスは腕を組んだまま、そっぽ向いている。
「お願いお願いお願いお願い!」
「…………」
「ねぇーお願い!」
「…………」
「……もういい!」
 と、アールがヴァイスから離れようとしたため、ヴァイスはため息交じりに少し待っていろと言ってどこかへ消えてしまった。
 
アールは確信していた。ライズ姿になって戻ってきてくれると。
なぜ頑なに断ったのかわからないが、思ったとおり、ヴァイスはライズの姿で戻ってきた。
 
「ライズ!!」
 と、アールは駆け寄って目の前にしゃがみこむと、大きな狼のようなライズにハグをして頭を撫でた。
「ありがとありがとありがと!!」
「……やめてくれ。」
「これで行けるはず!」
 
アールはライズを連れて受け付けに並んだ。アールたちの番が来ると、受け付けの髭面の男は怪訝な表情でライズとアールを交互に見遣った。
 
「これ、君の?」
「ライズっていいます」
「…………」
「なにか問題でも?」
「はじめてみる魔物だな……」
「そうですか……?」
 と、少し不安になる。
「でかいのに首輪もなにもつけていないじゃないか……」
「噛んだりしませんので!」
「そう言われてもねぇ。問題が起きてからじゃあ困るんだよ」
「問題なんて起きませんよ。おとなしいので!」
「…………」
 受け付けの男は疑いのまなざしをライズに向け続ける。
「よし、じゃあ危険な子じゃないってこと、今から見せます」
 
周囲の客たちも、リードもなにもつけていないライズを見て不安そうに距離を取っている。
 
「ライズ、お手」
 と、アールは右手を出した。
「?!」
「ライズ、ほら、わかるでしょ? お手」
 
ライズは、正気か?! と、眉間に皺を寄せる。
 
「ラーイズ。緊張しなくていーの。わかるでしょ? わーかーるーよーね?」
「っ……」
「おーーーー手。」
 
ライズと化したヴァイスは仕方なく、前足をアールの手に乗せた。
 
「いい子いい子! おかわり」
「…………」
 仕方なく、言う通りにした。
「じゃあ三回まわって、ワン」
「?!」
 
それは勘弁してくれ、と目で訴えた。人前で喋るわけにはいかないからだ。
 
「なにしてるの? 三回まわって、わん。」
 
急にS気を出してきたアール。
 
「お嬢さん、もうわかったよ」
 と、受け付けの男は言いながら、後ろにあった首輪付きのリードをアールに差し出した。
「付けるの?」
「危険じゃないとしても、周りはそうは思わない。一応付けといてくれ。で、この受け付け用紙に必要事項を書いて。書いたらまた声掛けて。──次の方どうぞー」
 
アールは首輪を持ってライズに近づくと、ライズは一歩後ろに下がった。受け付けを見たときから受け付けの後ろに何本もリードがぶら下がっていることに気づいてこうなると予想していたから嫌だったのである。
 
「ライズ。早く」
「…………」
 仕方なく、首輪を嵌めさせた。
「屈辱だ」
 と、小さな声で呟いた。
「なに言ってんの。しょうがないでしょ? 一応リード持つけど引っ張ったりはしないから我慢して」
「…………」
 
受け付け用紙にはトーナメントに出場する魔物の写真が並んである。ルイから聞かされていた魔物の名前にチェックを入れ、掛け金を記入。参加名はニッキの名前になる。
 
「あ、すみません。私代理なんですけど……」
「代理?」
 受け付けの男はアールが記入した用紙を見遣った。
「あぁ、なんだニッキさんとこのか」
「お知り合いですか?」
「まぁな。代理が行くと連絡は来てるが、男だと聞いたんだがな」
「ルイは風邪で……」
「まぁいい。後で確認の電話を入れてみる」
「お願いします」
  
無事に受け付けを済ませたアールとヴァイス(ライズ)は、闘技場への入場許可が下りた。
 

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