voice of mind - by ルイランノキ


 一日三秋13…『ホルドレストラン』

 
マシューから貰ったディナーチケットに載っていたレストランはホルドレストランといった。7階建てで各フロアがレストランになっている。外観はレトロで細かな彫刻が施された焦げ茶色の開き戸が客を出迎える。アーチ型で両開きになっており、扉の前には5段の石段。その左右にあるバラをあしらった黒い鉄の手すりもまたお洒落だった。赤レンガ造りのホルドレストランはアールたちがいた隣街にあり、左右にも沢山の店が並んでいる。
ホルドレストランの正面は広場になっていて、オブジェと化した凍った噴水が立っている。それを囲むようにベンチが置かれているがどれも雪が積もっていた。
 
ヴァイスはエントランスの階段を上がり、出入り口の左側に立っていた。携帯電話を取り出し、連絡が来ていないことを確認する。雪が強まっていた。
 
──その頃宿では。
 
「カイさん、起きていたのですか」
 と、買い物から帰ってきたルイがキッチンで鍋を覗いているカイに気がついた。
「おかえりーお腹すいたんだけど鍋の中なにもないんだけど辛いんだけどー」
「体調はどうですか?」
「すこぶるいい」
「それはよかったです。まだ下準備しかしていませんでしたので、今から用意しますね」
 と、ルイは袖を捲くった。
「あ、そういえばさっき見知らぬおばちゃんが部屋に来て俺の汚れた布団持ってったけどー? 急に来たからびっくりした」
「すみません……間に合うと思ったのですが。クリーニングの方です。買い物に出ていたのですがちょうどクリーニング屋を見つけて声を掛けたら取りに来てくれるというので。その時間までには戻るつもりでした」
「そっかそっかー」
 と、カイは布団に戻る。
「本当は買い換える予定だったのですが24時間やっているそうで、明日の朝には出来上がるというのでお願いしました。思ったより安く済みそうでしたし」
 と、切っていた材料を鍋に入れた。
「…………」
「カイさん?」
 と、キッチンから覗くとカイはまた布団に横になっていた。
「出来たら起こして。アールが開発してくれたんだ。俺を素早く起こすにはわき腹をこしょこしょすればいいって。──男にくすぐられたくはないけどさ」
「わかりました」
 
カイは目を閉じ、すぐに眠りの世界へと誘われる。
 
ルイはちらりと腕時計を見遣った。そろそろ二人は合流したところだろうか。二人が帰ってくるまでにはお風呂の準備も済ませておこうと思った。
 
━━━━━━━━━━━
 
シラコは母・ナタリーを病院へと連れて行った。アールも責任を感じて一緒に病院へ向かい、手術が行われている部屋の前でそわそわと落ち着かずにいた。
 
「アールさん、こんなところまで付き合わせてすみません」
 通路に置かれている椅子に座っているシラコはそう言って視線を落とした。
「いえ、そんな……あの、なにがあったんですか?」
 シラコの真っ白い毛皮のコートはナタリーの赤い血で汚れている。
「王族から身を引こうとしていた母をどうにか引きとめようと……してしまいました。あの慌しい生活に戻り、あの頃の母に戻って欲しいと願ったわけではありません。話し合い、無理なく生活が出来ればと思ったのです」
「…………」
 アールはシラコの隣に腰掛けた。
「母の心の傷は、思っていたよりも深かったようですね……」
「…………」
 アールは唇をぎゅっと結んだ。自分にも責任を感じている。煽るようなことをしてしまった。勝手な判断だった。その結果がこれだ。
「あの……」
 と、アールは思い口を開いた。
「私……わざとナタリーさんの前であんなことを言ったんです」
「……そうでしたか」
「ナタリーさんが演技をなさっていることに気づいて、シラコさんはまだ戻ってきそうにもなかったから、もう演技はしなくていいですよって伝えたんです。そしたら涙を流されて」
「やはり演技だったのですね……」
「気づいていたんですか?」
「薄々ですが……」
「私、余計なお世話と思いながらも、色々と口出ししてしまって……」
「いいんですよ」
 シラコは肩を落としているアールの背中をさすった。
「でも……こんなことになってしまって」
「アールさんの責任ではありません。ずっとあのまま、というわけにはいかなかったことですし、母の回復を待っていた兄や父の限界もそろそろだったでしょうし」
「…………」
 アールは複雑そうに視線を落とした。
「母が命を絶とうとしたのは、私が引き金を引いたからです。母を救いたいと思っていたのに、かける言葉を間違えてしまいました……」
 
弱弱しい声でそう言って萎縮してしまったシラコを見て、今度はアールがぎこちなく彼の背中を擦った。
 
「母に自由を与えようと思います」
「…………」
「私は母についていくべきでしょうね。今の母を一人には出来ませんから」
「王族の身分を離れるってこと? ……ですか?」
「父には兄がいますから」
「…………」
「アールさんは私がペオーニアの王子ではなくなったら、私への興味は失われてしまいますか?」
「え? ……私は別に、シラコさんが王子さまだろうとそうでなかろうと、気にしません。シラコさんはシラコさんですから」
「そう言っていただけるとほっとします」
「でも……シラコさんはいいんですか? 王族を離れても」
「……国家魔術師として働くことが出来れば十分です。私の夢に王族である肩書きも城も、必要ありませんから。父には申し訳ありませんが」
「……なんか、かっこいいですね。肩書きを捨ててでも叶えたい夢があるのって」
「アールさんの夢は?」
「私は……」
 
なんだろう。私の夢は。……なんだろう。
 
「世界平和」
 とりあえず、で言った回答。でも、心から思っているのは確かだ。けれどシラコが聞きたかったのはそういう答えではないこともわかっている。
「それは私もです」
 と、シラコは笑った。
 
手術室の扉の左上には手術中である赤いランプがついている。何度もそのランプを眺めては消えるのを待った。なにもせずに待つ時間はとても長く、不安ばかり募る。アールは時折シラコを見遣り、シラコがため息を零す度に背中を擦った。申し訳なさを感じながら擦る手に、違和感はぬぐえない。
 
そして、手術中を知らせるランプが消え、手術室から医師が出てきた。シラコは立ち上がって歩み寄り、母の様態を訊いた。
 
「手術は無事に成功しましたよ」
 医師の言葉に張り詰めていた緊張が一気に解けた。
 
まだ眠っているナタリーが運び出され、個室へと運ばれる。シラコはアールの存在を忘れてナタリーの手を取り、一緒に個室へ向かった。
アールはついていこうと思ったが、思いとどまった。邪魔かもしれないと思ったからだ。しばらく手術室の前の椅子に座っていると、看護師がやって来てナタリーが運ばれた病室を教えてくれた。階段を上がり、教えてもらった病室の前まで行き、ノックをしようとした手を止めた。母に語りかけるシラコの声が聞こえてきたからだ。
アールは通路の端に立って壁に寄りかかった。──雪は止んだだろうか。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -