voice of mind - by ルイランノキ


 一日三秋14…『浮揚車』

 
シラコはアールに深々と頭を下げた。アールは頭を下げられる度に複雑な心境に陥った。自分が関わらなければナタリーさんは命に関わる事態に陥らなかったはずだと思うからだ。私の賭けは、失敗だった。結果オーライと言えるほど単純なことでもない。命の危機にさらしてしまったのだから。
 
「どうか、自分を責めないで下さいね」
 と、シラコは言った。
 
けれどアールはシラコの優しさにかすかに笑って返すだけで、頷くことは出来なかった。
 
「母の目が覚めたとき、側にいたいと思っています。だから今日は病院に泊まることにしました」
 ここの病院は面会時間が決まっているが、許可を得れば泊まることも可能らしい。
「わかりました。ナタリーさんが目覚めたら、連絡いただけますか?」
「えぇ、もちろんです。それで、ここまで使いの者を呼びますので、宿までお送り致します。……なにか御用があったでしょうに、遅くまで申し訳ありません」
「いえ。お気遣いありがとうございます」
 
シラコは使いが来るまでアールを病室に入れた。二人はソファに座り、ナタリーを眺めながら言葉を交わした。
 
「アールさんのお母様は、どのような方ですか?」
「んー…、料理下手」
 と、アール。
 
身内のことを訊かれるのは、好きではなかった。けれど、今は家族のことを訊かれるのも話すのも抵抗を感じなかった。
 
「得意料理は?」
「んー、得意料理かぁ……」
 と、なかなか出てこない。
「料理が好きではないのでしょうか」
「好きでも嫌いでもないんだと思う。でも毎日作ってくれてました。毎日手抜き料理だったけど」
 と、笑う。
「お母様が作るお料理で、好きなものはありましたか?」
「んー…」
 と、虚空を見遣る。それほど母は料理が下手だった。
「アールさんはお料理されるのですか?」
「私は……時々。……忘れた頃に」
 時々、というほどはやっていない。
「あまり好きではありませんか?」
「母と同じで作るのは嫌いじゃない。ただ、準備が面倒で」
 と、苦笑する。「美味しい料理が出来たときはまた作ろうって思うんですけど」
「今はルイさんが?」
「はい、ルイが毎日。尊敬します。それで私も作ろうと思ってレシピ本も買って持っているのに、作ろう作ろうと思いながら日々が過ぎていきます……」
「外で旅をしていると、疲労もあるでしょうからなかなか難しいでしょうね」
「ルイはそれでも毎日作ってくれていますよ?」
「彼は……彼にとって料理は趣味でもありますから。疲れていても趣味は別ではありませんか?」
「カイが疲れていてもゲームはするみたいに?」
「そうです」
 と、微笑む。「アールさんのご趣味は?」
「私の趣味?」
 
私の趣味?? 改めて訊かれると、なんだろうと思う。この世界へ来るまではお洒落をしたりカラオケに行ったり音楽を聴いたりするのが趣味だったけれど、こっちの世界ではどれも趣味としてやってはいなかった。
 
「ない……」
 と、シラコを見遣る。
「ないのですか?」
「シラコさんは?」
「私は色々と。遠出をして魔道具を探すのも趣味のひとつですし、芸術に触れるのも趣味のひとつです」
「私もなにか趣味見つけようかな……でも趣味に費やしてる時間なんてないし……」
 と、視線を落とす。
「手芸はどうですか?」
「私不器用だから」
「誰でもはじめは不器用だと思いますよ?」
「なるほど……確かにそうですね」
「ですがやはり日ごろの疲れがありますから、疲れない趣味がいいかもしれません」
「疲れない趣味なんてあります?」
「音楽を聴いたり、アロマを焚いたり」
「アロマ! 女子力上がるっ」
 と、笑う。
「じょしりょく?」
「女子としての力。女子度」
「なるほど。では男子力が上がる趣味はなんでしょうか」
「んー、VRCに通う! 筋トレ! スポーツ!」
「なるほど、確かにそうですね」
「旅も男子力上がる。私全然女子力上がることしてないなぁ……女子力上げたって無意味だけど」
「そうですか?」
「旅にはなんの役にも立たないし。……あ、でもリアさんがお洒落とかって女性にとっては気分とか左右するパラメーターになるから大事、みたいなこと言ってくれた気がする」
「ゼフィール国の王女ですか?」
「うん! あ、はい、そうです。会った事ありますか?」
「パーティなどで何度かお目にかかったことが」
「シラコさんはリアさんみたいな女性、好きですか?」
「美しいと思いますよ」
「でしょ? リアさんを見て美しいと思わない男性なんているんでしょうか」
「どうでしょうね」
「いないと思う。いたら眼科に行くべき」
 と、言い張るアールに、シラコは笑った。
「ですが、きっと貴女を愛する男性は彼女を見ても美しいとは思わないかもしれません」
「それはないよ。綺麗なものは綺麗だもん。シラコさんが言っているのは心の問題でしょ? 他の綺麗な女性を見て美しいとは思うけど、けど、心は靡かない。ってこと言いたいんでしょ?」
「…………」
 なにも言えずにただ笑顔で頷いた。
「でも、好きな人が出来たら周りの異性はみんな……不美人に見えたらいいのに」
 シラコは何も言わず、ただ笑顔だった。
「呆れてる? 性格悪いかな……悪いよね」
「いえ。皆、口には出さないだけでそう思っていると思いますよ」
「思わないでしょ、シラコさんやリアさんは。二人以上に綺麗な人なんて滅多にいないはず」
「そんなことはありませんよ」
「だって仮に、仮にだよ? シラコさんが私みたいなのを好きになったとして、お付き合いを始めたとして、なんの心配もないでしょ? 他の男性と話していたって嫉妬とかしないでしょ? あ、でもリアさんみたいに綺麗な人とお付き合いしてたら心配か。言い寄ってくる男性多そうだし」
「アールさんは随分と自分を見下げているのですね」
 
アールはハッとして手で口を塞いだ。
 
「どうしました?」
「私の悪い癖……。自虐ネタなんて、聞かされた人は気を遣うしかないのに。だから『どうせ私は』みたいなことは言わないでおこうって決めてたのに……ごめんなさい」
「…………」
 シラコはくすりと笑った。
 
30分ほど話していると、ノックの音がしてシラコが読んだ使用人がアールを迎えにやってきた。
 
「アールさん、今回は本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。帰りはお気をつけて。また、お会いしましょう」
「はい、是非」
 
アールはナタリーのことが気がかりだったが、シラコと別れを告げて使用人に連れられて病院の外へ出て行った。
病院は3重扉になっており、外へ繋がる扉が開いた瞬間雪が勢い欲く舞い込んで来た。
 
「うわっ!」
 外は吹雪になっており、強い風に流されながら雪が落ちてくる。
「大丈夫ですか?」
 シラコから連絡を受けてやってきたのは40代の男性だった。
「だ、大丈夫です……」
「車はすぐそこに停めてあります」
 
使用人が乗ってきた車は普通の軽自動車と変わりなく見えたが、フロントガラスにぶつかった雪はすぐに解けて流れていった。タイヤもよく見れば雪に埋もれるどころか雪の上に浮かんでいる。
 
「さ、助手席に乗ってください」
「ありがとうございます」
 
正直、タクシーでも助手席に乗るというのは気まずいため後部座席に乗りたかったが、助手席に乗り込んでわかった。後部座席は物で溢れていてとても乗れるスペースはなかった。
 
「すみません、他の車は出払っており、この車しかなく……」
「いえ、全然大丈夫です。ありがとうございます」
 
アールを乗せた浮揚車は宿へと走り出した。
時刻は午後10時過ぎ。辺りはすっかり闇に覆われている。
 

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