voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅32…『あと3日』◆

 
アールがやっと泉に浸かれたのは、ジャック達が眠りについてからだった。エディは車で寝ようとしていたが、ルイが阻止し、ジャック達のテントで眠っている。
 
「ふぅ……」
 アールは安堵のため息をこぼした。体の疲れが抜けていくのがわかる。
 
シドとカイは先に泉で疲れを癒し、今はもう布団を敷いて眠っている。ルイも彼等と泉に浸かったが、念のためにジャック達のテントの前でアールに背を向け、座っている。アールが安心して泉に浸かれるように気を利かしてのことだった。
 
「ルイ、先に寝てていいよ?」
「いえ、大丈夫です。僕のことは気にしないでください」
 
気にするなと言われても、やっぱり気になる。気を遣ってくれるのは有り難いけれど、泉で疲れを取ったにしてもルイだって早く寝たいだろうに。
アールはタオルで体を擦りながら、自分の体に異変を感じた。──あれ? なんか胸が痛い……。
胸に触れてみると、弾力があり、張っているような気がした。痛いといっても、筋肉痛に近い痛みだ。日頃、剣を振り回したり、最近出来もしない腕立て伏せをしているからだろうか。場所が場所だけに、ルイには訊けない……。こういうときに思い出すのは、決まってシェラのことだった。
 
泉は浸かるだけで体の汚れまでも綺麗に落としてくれる。べたついた髪もシャンプー無しにサッパリとする。それでも洗った心地がしないので、体はタオルで擦り、髪は意味もなくワシャワシャと洗う。
 
「あ、ログ街だっけ? あと何日くらいで着くのかな」
 と、アールはルイに訊いた。
「そうですね……この調子だと3日後には着くと思います」
「そっか。ログってどんなとこ?」
「雰囲気は良くありませんね。ルヴィエールとは全く違います。闇取引など行われている場所ですので」
「えっ……なんか怖いなぁ」
「えぇ、ですから絶対に夜は独りで出歩かないようにしてくださいね」
「うん。でも警察とかいるんでしょ?」
 アールは顔を洗いながらそう訊いた。
「ケイサツ……」
「あ……えっと……シッター?」
「スィッタですね。残念ながらログ街にはいないのですよ。ログ街というのは元々、罪を犯して刑務所から出てきた人間がどの街からも非難されて住む場所が無く、なにもない場所に家を建てたのが始まりです。彼の元に似たような境遇の者達が自然と集まり、一つの街を作り上げていったのです。ですから《ログ》というのは一番初めに家を建てた人物の名前から付けられたのですよ。あの場所を街と言いはじめたのも彼等で、一部の地図にしか載っておらず、まだ正式には街だと認められてはいないので」
「なんか……大丈夫なの? その街」
 
アールは早く街について温かいお風呂に入りたいと思っていたが、一気にそんな思いは消え去った。
 
「好んであの街に行く人はいませんが、旅人からしてみれば色々な情報が手に入りますし、あまり出回っていない魔道具なども売られているので便利な街ですよ」
「でも罪人さんとかいるんだよね……」
「そうですね……。しかし罪人ばかりではありませんから。様々な事情を抱えた日陰者達が集まっているのは確かですけどね」
 
そんな会話をしながらアールは、泉の横に置いていたシキンチャク袋から歯ブラシを取り出し、歯を磨いた。
 
「……ログ街には何日くらい滞在するの?」
「まだ分かりません。色々と、やらなければならないこともありますから、長く滞在することになると思います」
「長くって2、3日くらい? それとも1週間とか?」
「もっと長くなるかもしれませんね……」
「え、そんな長く? でも時間ないんじゃ……」
「その“時間”についても調べる必要があります」
「……よくわからないけど、詳しくはログ街にてお楽しみってこと?」
「そうですね……すみません」
 
ルイはずっとジャック達のテントを見つめながら話していた。
 
「そっか……」
 アールは歯を磨き終えると口を濯いだ。泉から上がり、タオルで体を拭くと、用意しておいた服に着替えた。
「でもそんなに滞在してて体鈍ったりしないかな……今でさえ私全然力ついてないのに」
「ログ街には《VRC》という施設があります。そこで腕を上げることが出来ますよ」
「ブイアールシー?」
「えぇ。簡単に言うと、バーチャル空間での戦闘が可能ということです」
 そう答えたルイの肩に、ポンッとアールが手を置いた。
「お待たせ。よくわからないけど、体が鈍る心配はなさそうだね」
「はい……」
 振り返ったルイの目に、アリアン像とアールの笑顔が重なった。
 

 

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