voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅31…『賑やかな空間』

 
漸く見つけた休息所は、今まで立ち寄った場所よりも一回り小さいが、聖なる泉は隅に設置されているおかげでさほど狭さは気にならなかった。──が、エディの車がど真ん中に置かれている。彼は車の下に潜り込んで作業中だった。
 
「エディさん、車は修理出来そうですか?」
 ルイは車の横にしゃがみ込むと、そう声を掛けた。
「おっ、その声は“ルイちゃん”か。まぁなんとかなるだろう! 今までにも何度も調子が悪くなったがその度に俺が直してやったからな! ハッハッハ!」
「…………」
 ルイは黙って立ち上がると、泉の右側にテントを張った。
 
また“ちゃん付け”されたことにショックを受けていたが、顔には出さない為、誰も彼の心中に気づいていない。
 
「ルイ、シドがまだ戻って来ないけど……」
 アールはシドの様子を見に行こうかと言った。
「彼は心配いりませんよ。それより、ジャックさん達に晩御飯は済ませたのか訊いていただけますか? まだでしたら今日は僕がご馳走するとお伝えくたさい」
「うん、わかった。エディもだよね?」
「はい、勿論です」
 ルイはそう答えると、手際よくテーブルをテントの右側に取り出し、調理の準備を始めた。
 
アールはそんなルイを横目で見遣り、毎度のことながら、ルイの仕事ぶりには感心するなぁと思った。今日はあまり戦闘はしていなかった自分でさえ疲労は溜まっているのに、ルイは愚痴を零すことも休むこともなく当たり前のように調理を始める。その料理はどれも美味しい。
母もパートから帰って疲れてる中、作ってくれてたんだ……。そう思うと、手抜きだった母の料理も今ならありがたく頂けるような気がした。
 
暫くして、シドが不機嫌な面持ちで戻って来た。誰かに声を掛けることもなくテントの中へ入っていった。
カイはジャック達と、好きな女性のタイプについて花を咲かせている。
アールは彼等に晩御飯の確認とルイがご馳走することを伝え、テーブルの席について顔を伏せた。──眠い。
ルイの手伝いをしたいが、立ち上がるのもしんどい。
 
「アールさん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、大丈夫」
「彼等がいなければ直ぐにでも泉に浸かって疲れを取ってもらえたのですが……」
「仕方がないよ。それに賑やかなのって嫌いじゃないよ」
 
ジャック達はまたお酒を交わしながら煩いほど会話に夢中だ。
賑やかなのは嫌いじゃないと言ったアールだったが、以前までは静かな場所を好み、人が多く賑やかな場所は避けていた。だけど、この世界に来てからというもの、静かな時間は彼女にとって孤独感を弥増すだけだった。
 
「ルイ、手伝おうか……?」
 そう口に出したものの、テーブルに顔を伏せたままで、言葉と態度が一致していない。
「大丈夫ですよ、そう気を遣わないでくださいね」
「……うん」
 
手伝ってと言われたら立ち上がって手伝う気はあったけれど、大丈夫だと言われてホッとしている自分がいた。そんなだらし無い本心をルイにも見抜かれている気がして、恥ずかしくなった。
いつだってそう。何をするにも積極的じゃなかった。仕方なく、やっていることが多かった。
仕事だって、行かなきゃいけないから行く。学生時代も、課題はやらなきゃ怒られるからやっていた。やらなきゃ怒られると思ってもやらない日もあった。学ぼうという気なんて殆どなかったからだ。
なんとなくで生きてきて、特に困ることもなかったし、別にそれでいいって思ってた。
だけど、久々に懐かしい友達から電話が掛かってきたとき、友達が夢に向かって頑張っているのを知ったとき、何故かズキンと胸が痛んだ。頑張っている友達に、嫉妬している自分がいた。羨ましく思った。
恥ずかしげもなく堂々と言える“夢”もなければ、堂々と言い張れる“生き方”もしていなかった──
 
 
「……さん。アールさん」
 ルイの声が耳元で聞こえた。
 
ポンッと肩に手を置かれ、一瞬、アールは恋人の雪斗の手が肩に触れたような気がした。
 
「ん……あれ……? 寝てた……」
 顔を上げると、テーブルの上には沢山の料理が並べられていた。テーブルは2つ、1つはジャック達の物だ。
 
ルイは手に持っていた料理を、アールが伏せていた場所に置いた。ルイの手を間近で見たアールは、雪斗の手に似ていると思った。
 
「皆さーん、晩御飯出来ましたよー」
 ルイがジャック達に声を掛ける。
 
いつの間にかジャック達のテントも出され、エディが修理していた車も端に移動させられている。ジャック達は嬉しそうに席についた。
 
「カイさんは?」
 と、ルイが訊く。
「カイならテントで休むって入ってったぜ?」
 ジャックは箸を手に持って言った。
「私見てくる」
 アールは席を立つと、テントに向かった。テントに入ろうとして中から出てきたシドとぶつかった。
「わっ?!」
 体を鍛えている筋肉質なシドとぶつかると結構痛い。
「カイなら今起こした」
 そう言うとシドは欠伸をして席についた。
 
アールは念のためテント内を覗き込むと、カイは布団の上で正座をして目を閉じていた。
 
「カイ……? 何してんの、晩御飯出来たよ」
「…………」
 返事をせず、ウトウトしている。どうやらシドに叩き起こされたがまだ眠いようだ。
「もう……」
 アールはテントの中に入ると、座ったまま寝ているカイを揺さ振った。「カイ! 晩御飯出来たよ!」
「んー…」
「早く行かないとジャックさん達に全部食べられちゃうよ?」
「……ん」
「ねぇ! みんな待ってるんだから早く行こ?」
「…………」
 声を掛ければ掛けるほど、揺さ振れば揺さ振るほど、何故かカイは夢の世界へ落ちてゆく。
「ちょっと……寝ないでよ!」
 と、カイを起こすのに苦戦していると、シドが黙ってテントに戻ってきた。
「シド? あ、カイがなかなか起きなくて……」
 するとシドはカイの襟首を掴むと、テントから引きずり出した。シドの起こし方はいつも手荒だ。
 
アールもテントから出て席に着こうとすると、ジャック達はもう食べ始めていた。
 
「おー、先に頂いてまーす」
 エディが肉を掴んだ箸を持ち上げて言った。
 
シドはまだ目を閉じているカイを無理矢理座らせると、ニヤニヤしながらカイの鼻をつまんだ。
 
「あ……シドさん、それは危険です」
 ルイが注意するも、シドは聞く耳を持たない。
 
数秒後、息が出来なくなったカイはビクンと体を後ろに反らしてシドの手を振り払うと、思いっきり息を吸い込みながら椅子から落ちた。
 
「だははははははははッ!」
 シドは大笑いして、食事を始めた。
「カイさん大丈夫ですか?」
 椅子から落ちたカイにルイは手を貸した。
「ハァ……ハァ……え? なに、俺なんか知らない間に死にかけた気がする」
「晩御飯、出来てますよ」
「あ、マジぃ?」
 漸くカイも起き、全員揃っての食事がはじまった。
 
ルイが時間を掛けて作った料理は、あっという間に一粒残らず無くなっていった。
 
 

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