voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅30…『不機嫌』

 
「──で? モルモートの集団は何処にいんだよ……」
「まだ先かもしれませんよ」
 
今日はいつもよりも距離を稼いだ。戦闘が殆どなかったからか、疲れは足に集中している。
時刻は夕暮時、曇り空のせいもあって暗くなるのが早い。
 
「モルモート見つけたらお前やれよな」
 と、シドはアール向かって言った。
「え……うん」
「『え……』ってなんだよ」
「別に……」
「お前確か今日戦ってねぇよなぁ?」
「わかったってば……」
 
アールはじゃあ全然戦っていないカイはどうなのよ。と、思ったが口には出さずに飲み込んだ。
 
「もう少し歩いた先に、泉がありますよ」
 
地図を見ながら言ったルイの言葉にアールは、漸く疲れを癒せる、漸く体の汚れを落とせると、喜んだ。出来れば温かいお風呂にゆっくりと浸かりたいが、泉でも十分だ。もう濡れタオルで体を拭くのはウンザリだった。
 
出来ればモルモートの集団と遭遇することなく泉へと辿り着きたかったが、泉の場所を示す岩の手前でその願いは打ち砕かれた。
 
「おっ。なんだたったの4匹かよ」
 シドは鼻で笑ったが、アールからしてみれば十分な数である。
 アールはため息をついて剣を抜いた。
「まさかアールさんに全て任せるわけではありませんよね」
 心配してそう言ったルイの背後には、ちゃっかりカイが身を隠している。
「心配ならお前が結界で3匹囲めよ。で、1匹ずつ放してやれ」
「シドさんは手を貸さないのですね」
 ルイはロッドを構えると、結界を張って3匹だけ閉じ込めた。
「向かってこないけど……?」
 と、剣を構えて待っているアールが言った。
「お前から向かって行けよ」
「でもなんか……そうゆうのって気が引ける」
「いいからさっさとやれよ」
 と、シドは有無を言わせぬ態度で言い付けた。
「……はい」
 
アールはモルモートに向かって走り出すと、結界の中に閉じ込められている3匹のモルモートが殺気に反応して暴れだした。
 
「えっ?!」
 急に暴れだしたモルモートに、結界が壊れてしまうのではないかと思わず足を止めてしまう。
「アールさん! 前ッ!」
 ルイの声にハッとして視線を戻すと、モルモートが目の前まで迫っていた。そして──
「うわッ!」
 アールはモルモートに突き飛ばされると、お尻から地面へと叩き付けられた。
「いったぁー! もぉ……」
 
お尻を摩る余裕もなく、モルモートはまた突進してきた。──短足のくせに速いんだから!!
アールは剣を握り直し、立ち上がった勢いで突っ走ると、力任せにモルモートの左首筋をザックリと斬り裂いた。
 
「はぁ……いたたたた……」
 左手でお尻を摩っていると、シドが「何休んでだ。次だ次!」と急かしてくる。
 アールは膨れっ面で結界へと剣先を向けて構えた。しかし、
「アールさん、もういいですよ」
 と、ルイが気遣かって声を掛けた。「無理はいけません」
「なに勝手に止めてんだよ」
 とシドが眉をひそめる。
「シドさんこそ、勝手にアールさんに押し付けるようなことはやめてください」
「だーからテメェが経験積ませろって言ったんだろーがよ」
「そうですが……無理しては意味がありません」
「無理かどうかはお前が決めることじゃねーだろ!」
「シドさん、ドクターストップです」
「……は?」
「これは医師としての判断です。アールさん、無理はしないでください」
 そう言うとルイはアールに歩み寄って行った。
 
「あんのやろぉ……」
 と、何も言い返せずに怒り肩のシドを、
「大丈夫ぅ? ルイはアールが好きだからねぇ」
 と、カイが宥めるようにシドの肩にポンッと手を置いて言った。
「好きだぁ?」
「あ、そうゆう好きじゃなくってー、人として? 仲間として? 俺もアール好きだしぃ。シドも好きでしょー?」
「誰がッ!」
 
シドはカイの手を振り払うと、乱暴な歩き方で休息所へと入って行った。
 
「なんだよシドのやつぅ……素直じゃないなぁ。少しは俺を見習ってよね!」
「カイさん、独り言はその辺にしてアールさんに手を貸してあげてください」
「あ、うん。お尻摩ればいいの?」
「摩らなくて結構です!」
 と、アールとルイは声を揃えた。
「そ、そんな口を揃えて言わなくてもぉ……冗談だってぇ」
 冗談にしては顔が随分とニヤついていた。
「モルモート達どうするの?」
 結界の中で狭そうにしているモルモートを見ながら、アールは一応武器を構えた。
「僕がやりますから、お二人は先に休息所で休んでいてください」
 
ルイがそう言うと、先に休息所へ行ったシドが不機嫌そうにズカズカと戻ってきた。
 
「シドさん? どうかしましたか?」
「……もう少し歩かねぇか?」
「えぇ?!」
 と、激しく嫌な顔をしたのはカイだった。「何言い出すんだよぉ目の前休息所なのに休まないなんてぇ。俺絶対嫌だからね! 絶対一歩も歩かないからね!」
 
──私ももう歩きたくない。と、アールも心底思った。
 
「るせぇなぁ。じゃあここでテント張れよ」
「シドさん? 休息所で何かあった──」
 と、その時、休息所の奥から人影が現れた。
「よーお前ら。なんだ、入んねぇのか?」
 
人影は、ジャックだった。どうりでシドが嫌がってたわけだ……と、3人は納得した。
 
「ジャックさん、なぜここに?」
「なぜってエディの車が動かなくなったもんで立ち往生してたわけだ」
「やっぱポンコツ車じゃねーか」
 と、シドは嫌みをこぼした。
「そうでしたか。車はどちらに?」
 と、ルイが尋ねる。
「中だよ。エディが転送魔法で休息所に移動させたんだ」
「転送魔法ですか。市販の魔道具か何かを使ったのですか? 一般人向けの」
「いや、その辺に落ちてる枝を拾って魔法円を描いてたぞ。聞いたところによると、魔法試験一級らしいからな」
「そうだったのですか」
 
ルイがジャックと話し込んでいる間、むしゃくしゃしていたシドはモルモートを閉じ込めている結界をゲシゲシと蹴りながら脅していた。
 
「ルイ……、シドが超イライラしてる」
 と、アールは話を割って入った。
 
ルイはシドに目を向けると、声を掛けることなくロッドを翳して結界を解いた。
 
「あ」
 ルイの隣にいたカイとアールは思わずそう声を漏らす。
「うぉわ!?」
 突然結界が外れて襲い掛かってきたモルモートにシドは慌てふためいた。
「ルイ……怒ってる?」
 アールはルイが冷淡な行動をしたように思えて、つい機嫌を窺った。
「いえ、怒ってなどいませんが……なぜです?」
「いや……だってシドが……」
 
シドは、刀を抜いてモルモート達と一暴れ中である。
 
「退屈そうでしたので、モルモートを放ってあげたまでですよ」
 笑顔でそう答えたルイだったが、カイとアールはその笑顔がなぜか怖く思えた。
「では、中に入りましょうか」
「シドは……?」
「シドさーん、先に休息所に行っておきますね!」
 ルイはそうシドに声を掛け、「これで大丈夫です」と、微笑んだ。
 
 

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