voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅29…『もしもし』

 
聞き慣れた携帯電話の着信音が鳴った。個別設定していたから、その音だけで分かる。この着信音は、お母さんからだ。
 
「──もしもし?」
 と、アールはまだ視界がぼやけている眠い目を擦りながら電話に出た。
『もしもし? じゃないわよ! あんた今どこにいるの!?』
 母の怒鳴り声に、思わず耳からケータイを離した。一気に目が覚めた。
「え……どこって……」
『何回電話したと思ってるの?! 何日経っても帰って来ないから……事件か事故に巻き込まれたんじゃないかって……』
 母の声は、震えている。
「待ってよ……落ち着いて。私は元気だから」
『今どこにいるの?!』
「今……? ここは……」
 
アールは辺りを見渡して呆然とした。
ここは……どこ……?
 
どこか森の中だ。同じ木が幾つもそびえ立ち、自分の周囲をうめつくしている。
 
『もしもし……? もしもし……』
 
私は今どこにいるんだろう。たった一人で、出口も分からない森の中で、何をしているの?
 
『もしもし…… 良子?』
 
──良子? りょうこ……? どこかで聞いた名前……
 
『帰ってきなさい 良子』
 
どうやって? ここからどうやって帰ればいいの?
帰るってどこに? 私が帰る場所はどこなの? ねぇ
 
『………………』
「もしもし……?」
 
あれ……? わたし今、誰と話してた?
 
どこにも繋がらない電話で
誰と……。
 
  * * * * *
 
「飛来結界!」
 と、突然ルイの声がアールの耳をついた。
 
アールの体は結界に包まれた。自分の体の二倍ほどある魔物が結界の上に覆いかぶさり、鋭い牙を立てている。
 
「ひぃッ?!」
 アールは驚いた拍子に情けない声を出した。
「なにボーッとしてんだ! 死にてぇのか!」
 
魔物目掛けて刀を振るったシドが声を荒げる。
バクバクとアールの心臓は荒々しく脈打ち、放心状態だった。
 
「大丈夫ですか……?」
 心配そうに駆け寄ったルイが言う。
 
アールは夢を見ていた。母親から電話が掛かって来る夢だ。
 
「アールぅ、顔色悪いよぉ? 飴まずかったぁ?」
 と、カイがアールの顔を覗き込みながら言った。
「飴……?」
 そう訊き返したとき、口の中でリンゴの甘い香りと味が広がった。
 
左側の頬に硬い異物。──飴玉だ。いつの間に口に入れたんだろう。
 
「他の飴食べるぅ?」
 そう言ってカイはポケットから色とりどりの飴玉を取り出して見せた。
 
アールは、「カイが飴をくれたの?」と訊こうとした言葉を飲みこんだ。また、頭がおかしくなったと思われたくなかったからだ。
 
「ううん、美味しいよ。ありがとね」
 
──大丈夫。ちゃんと目を開けている。ちゃんと起きている。歩いている。会話をしている。それなのに“夢”を見た。
 
私が分離してく……。
 
「おい」
 シドは険しい表情でアールの目の前まで歩み寄ると、大きく息を吸い込んだ。
「………?」
 アールはキョトンとした表情でシドを見上げる。
「起きろチビがぁあぁぁああぁ!!」
 と、シドに鼓膜が敗れるほどの大声で怒鳴られ、唖然とした。
「……ご、ごめんなさい」
 
肩を竦めて小さくなったアールは、シドの迫力に圧倒され、チビと言われたことに怒る気にもなれなかった。
 
━━━━━━━━━━━
 
柔らかい風が吹き抜けた。空に日が昇り、時刻は午後1時。
 
シドに怒鳴られたおかげでアールは漸く“本当に”目が覚めていた。
時々自分が自分ではないような感覚に陥り、怖くなった。夢と現実の境目にいるような気がした。どうすればそこから抜け出せるのか、分からなかった。
 
一行は道の端に腰を下ろし、ルイ特製のおにぎりを食べていた。
 
「さっきのセイウチみたいな魔物、初めて見た」
 と、塩気の効いたおにぎりを口に含みながらアールは言った。「おにぎり美味しい」
「ありがとうございます。あの魔物はディスガルゴンと言って、沼地や池の近くに生息しています」
「この辺に池とかあるの?」
「地図には載っていませんでしたが、餌を求めて此処まで来たのかもしれませんね」
「ふわあぁああ……」
 と、カイがまた欠伸をしている。
「カイ、まだ眠いの? あれだけ寝てたのに」
「寝過ぎて眠いってこともあるんだよねぇ」
 と、目を擦りながら答えるカイに、
「じゃー寝過ぎんなよ」
 と、シドが手についたご飯粒を食べながら言った。
 
おにぎりを食べ終えて再び歩き出そうと立ち上がったとき、来た道からあの雑音が聞こえてきた。
 
「なんの音ー?」
 と、カイだけがその音に興味を示した。
「車だよ車ッ」
 シドは面倒臭さそうにそう言うと、
「行くぞ。相手にすんな」
 と、あからさまにエディを毛嫌いして言った。
 
しかし、エディの乗った車が再び彼等の方へ近づいて来ると、何やら騒がしい声がしてきた。
アールは少しだけ、仲間の誰かが『やっぱり乗せてくれ』と頼むのを期待した。
 
「よーう! まーだちょっとしか進んでなかったのか! あぁ、歩きだから仕方がないな!」
 と、おんぼろ車を一行の横につけてエディが嫌味を言ったが、一行はエディよりも後部座席に乗っている彼等に気を取られた。
「ジャックさんではありませんか!」
 ルイが思わず声を掛けた。
 
後部座席に、休息所で出会ったジャック達が乗っていた。3人がギッチリと狭そうに座っている。コモモだけ、助手席だ。
 
「おぉお前ら! もうこんなとこまで歩いたのか! 悪いが俺達が占領しちまって乗れねえぞ?」
「誰が乗るかよこんなポンコツ!」
 と、答えたシドに、アールはガッカリした。
「なんだ知り合いか!」
 エディは客を見つけたことが余程嬉しかったのか、終始笑顔だ。「お前らも乗せてやりたいところだが、見ての通り満席だ」
「自慢してんじゃねえよ……」
「よかったですね、お客さんが見つかって」
 と、ルイはエディの嫌味にも優しく答えた。「どこまで乗って行かれるのです?」
「ログ街だ」
 ジャックはそう答えると、「おっと……エディ、話してる場合じゃねぇよ。奴が来るぞ」
「お、忘れてた! お前達、暇そうだな。魔物が追って来てるから後よろしくな!」
 と、エディはシドの顔を見ながら、親指で車の遥か後ろを指差した。
「え?」
 一行は来た道にまた目を向けると、成体のダムボーラがドスドスと向かって来るのが見えた。
「んじゃ、宜しくなー!」
 エディは手を振ると、アクセルを思いっきり踏み込んだ。砂埃が舞う──
「ゲホッ! ……余計なもん連れてくんじゃねぇ!」
 
シドは去って行くタクシーにそう吐き捨て、刀を抜いてダムに向かって斬り掛かかっていった。
ルイ、カイ、アールは砂埃を手で扇いだ。
 
「うわぁ……目に砂が入った……」
 と、カイは目をしばしばさせている。
「シドさん、あんなこと言いながら本当は嬉しいのだと思います」
「え、エディさんにまた会えたことが?」
 と、アールが訊く。
「いえ、魔物を連れて来てくれたことが、です。シドさんを見てください、一発で仕留められるはずなのに、わざとああやって弄んでいます」
 
確かにシドは、自分から攻撃をするよりダムの攻撃を避けることを楽しんでいるようだ。
 
「……ほんとだ。よっぽど退屈だったんだね」
「えぇ。それよりエディさん達はあの車で無事にログ街まで辿り着けるのでしょうか……」
 ルイの心配事にアールが答えようとしたが、
「そんなことより俺の心配をしてくれるぅ?」
 と、目に砂が入って涙目になっているカイが言った。
「大丈夫? 水で目を洗ったほうがいいかも」
 アールがそう言うと、ルイが直ぐに水筒の水と目を洗う専用のカップを取り出した。
「ルイって何でも持ってるんだね」
 アールは感心しきっていた。
「えぇ、備えあれば憂いなしですからね」
 
 

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©Kamikawa
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