voice of mind - by ルイランノキ


 身辺多忙10…『お腹の虫がなる』 ◆


「わかったよ、少し待っていてもらえるかい?」
 タケルの愛用武器と、アーム玉を受け取ったモーメルはそう言った。
「いつでも大丈夫です。ところでスーちゃんは?」
 と、アールは室内を見遣るが、どこにもいない。
「庭の草むしりを手伝ってもらっているよ」
「スーちゃんが草むしり?」
「そろそろ草むしりをしないとと呟いたら自分に任せろってさ」
「そう……。あ、私エイミーに電話してくるね」
 アールはヴァイスに言い、外に出た。
 
お腹がぐうと鳴る。とっくに正午を迎えており、お昼ご飯を食べていないためお腹が空いてきた。携帯電話を取り出し、ルイからのメールに気がついた。氷の彫刻という文字を見て、目が輝く。見てみたいと素直に思った。
 
【行きたいな】とメールを打ち、キラキラの絵文字を入れた。これからエイミーに電話を入れるから後でまた連絡するということも伝え、送信。
それからエイミーに電話を掛けてみた。エイミーは売れっ子歌手だ。女優としての仕事もしている。思ったとおり電話には出ず、留守番電話サービスに繋がった。
 
「──もしもし、アールです。ご連絡遅くなってすいません。時間が出来たので電話してみましたが、また掛けなおします」
 
留守電にメッセージを残し、電話を切った。家に戻ろうと思ったが、スーが気になって裏庭へ。草に埋もれたスーを見つけるのに少し時間がかかった。スーは起用に草をむしってはいるが、むしった草はその場に捨てているため畑が綺麗になっているようには見えない。
 

 
アールはスーがむしった草を集めながら、声をかけた。
 
「スーちゃん、ヴァイス戻ってきてるよ」
 
アールに気づき、スーは手を止めた。小さい体をぬっと縦に伸ばし、アールを見遣った。
 
「手伝うよ」
 
スーは土で汚れた手で拍手をした。体を元の大きさに戻し、草むしりを再開する。
 
「ヴァイス、スーちゃんがいなくて少し寂しそうだったよ。でも、スーちゃんもたまには気晴らしがしたいのかな」
 アールがそう訊くと、スーの拍手が聞こえた。
「そっか。そうだよね。──あ、スーちゃんって寒い国苦手だっけ?」
 たしかデリックがスライムは凍らせて割ると死んでしまう、というような話をしていた気がする。
「覚えてるかな、本の中にまでやってきたシラコさん。真っ白の。すっごく綺麗な男の人。その人から連絡があって、氷の彫刻の展覧会があるから来ないかって誘われたみたい。多分そのシラコさんの国に行くんだと思うの。とても寒い国」
 するとスーはまた体を伸ばして、しゃがんで草を集めているアールに見えるようにしてバツをつくった。──自分は寒いところは苦手なので行けませんと言っている。
「そっか、じゃあお留守番だね。モーメルさんも嬉しいかも。話し相手がいるのは。それにスーちゃんはおとなしいし。いい子だし」
 スーは嬉しそうに拍手をした。
 
草むしりを終えてスーを肩に乗せたアールがモーメル宅に戻ると、今度はヴァイスの姿がなかった。
 
「あれ?」
「ヴァイスならなかなか戻らないあんたの様子を見に行ったよ。声を掛けられなかったんならそのまま村にでも行ったんじゃないのかい」
 村とは彼が生まれ育った今は無きムゲット村のことだ。
「お腹空いたからみんなでなにか食べに行こうと思ったのに。モーメルさんお昼は? まだでしょ?」
「出前を取ったから早めに食べたよ」
「出前取れるの? こんなところにまで届けてくれるの?」
 モーメル宅は円状に開けた崖の上に建っている。崖の下は森が広がっており、ここに来るには専用の暗号キーが必要なのだ。
「専用の宅配業者がいるのさ」
「へぇ……。じゃあヴァイス誘って……」
 ふたりで、と思ったが、彼は普通の人間と違ってあまり食べないしあまり寝ない。
「やっぱ一人で食べてくる。ここから一番近い街ってどこ? スーちゃんも行く?」
 スーはバツを作った。
「……反抗期じゃないよね?」
「一人で大丈夫かい」
 と、モーメル。
「私もう大人なんだけど……」
「トラブルメーカーだろう? 年齢は関係ないさ」
「う……なにも言えない」
「お金はあるのかい」
「あ」
 アールは財布を取り出して、残高を確認。複雑な顔をする。
「仕方ないねぇ」
 と、モーメルは懐から赤い花柄の巾着袋を取り出し、中から5,000ミル札を取り出してアールに渡した。
「え、いいですよ」
「貸すだけさ」
「それでもこれは多すぎ……」
「これまで色んな街に寄ってきたんだろう? また行きたい街にでも行って美味しいものを食べておいで」
 と、背を向けて巾着袋を仕舞った。
「ありがとう……ありがとうモーメルさん」
 と、涙を浮かべて感激する。
「さっさと行っといで」
「はーい!」
「貸すだけだからね」
 と、念を押す。
「はーい!」
 
アールはモーメル宅を出ると、どこでご飯を食べようか迷った。シキンチャク袋を開き、青いノートを取り出してページをめくる。記憶力が悪い彼女は出会った人の名前やその特徴などをメモしていたが、その中に街の名前のメモもいくつかあった。ただ、いつもぱっと開いて空いていたページにメモをとっていたため、まとまっていない。メモを取った街の名前を探すのも一苦労だ。
 
「もう無難にルヴィエールにしようかな。でもなぁ……せっかくだし……」
 
ミシェルが住んでいる町はどうだろうかと考える。ミシェルに会えるかもしれない。確かレストランで働いていると言っていたし。でも、シドのことを訊かれたら? 話さないわけにはいかないだろう。別に隠す必要はないことだけれど。
シドの故郷、ツィーゲル町は? シドのお姉さんたちはまだ病院にいるだろうか。ルイの故郷のヘーメルは? 自分だけ勝手に行くのは気が引ける。
 
「カモミール……」
 
行きたいと思った。シェラに会いたいと思った。けれど、もしシェラが故郷に帰ったばかりだったら、家族団欒の邪魔にならないだろうか。
アールは散々悩んだあげく、ルヴィエールに行くことにした。結局は誰にも迷惑が掛からず、行き慣れた場所がいい。
 
アールがゲートを使ってルヴィエールへ飛んだ数分後、そのゲートからヴァイスが戻ってきた。裏庭を覗こうかと思ったが、さすがにもう草むしりは終えているだろうと家に入る。モーメルがヴァイスを一瞥し、言った。
 
「アールなら食事しに出かけたよ」
「…………」
 ヴァイスはテーブルの上で伸びているスーを見遣った。
「お前は行かなかったのか……」
「悪いが場所はわからんよ。散々悩んでいたようだからね」
「…………」
 
モーメルは自宅のゲートが開くとその微かな魔力の振動を感じる。アールが家を出てからゲートが開くまで時間があったことからそう考えた。
 
「…………」
 ヴァイスは椅子に座った。
 
正直心配だが、場所がわからないとどうしようもない。
 
「他人に無関心だったのに、いつから心配性になったんだい」
「…………」
「ルイの影響か、彼女を守る一員としての自覚が出てきたのか」
「…………」
「それとも、他に理由があるのかね」
 モーメルはモニターの電源を切り、台所へ移動した。
 
モーメルは二人分のお茶を注ぎ、ダイニングテーブルに運んだ。
 
「あたしはルヴィエール辺りだと思うがね。旅に出て最初に立ち寄った街さ。その後も何度か行っているようだし、人が多いから組織が現れることもないだろう。そういえばミシェルもアールと行ったことがあると話していたね」
 モーメルはヴァイスの前に熱いお茶を置くと、続けてこう言った。
「会いたい人やなにか他に用があれば他の街に行っているかもしれないがね」
「…………」
 ヴァイスは熱いお茶を啜った。
 
モーメルも椅子に座り、お茶を啜った。ヴァイスのお茶を飲むペースが早いことに気づき、言った。
 
「安い葉っぱだから、残しても構わんよ」
「……すまない」
 と、ヴァイスは立ち上がり、すぐに外へ出て行った。
 

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