voice of mind - by ルイランノキ


 身辺多忙7…『思い出に浸る』

 
ゼフィル城に着くと、コテツがゲートの前で待っていた。ヴァイスとコテツは初顔合わせで、軽く一例を交わした。
 
「お会いできて光栄です」
 と、コテツはヴァイスを見上げる。ヴァイスの身長は186cm、コテツはアールとあまり変わらず152pのため、随分と身長差があった。
「…………」
 ヴァイスは黙ったまま小さく会釈をした。
「ヴァイスは無口なの」
 と、アールがフォローする。「無視してるわけじゃないの」
「そうですか、初対面で嫌われたのかと思いました」
 と、コテツは笑う。「ゼンダさんには話を通しています。さっそくタケルさんのところへ行きましょう」
 
コテツはアールとヴァイスを連れて城内にある宮殿へ向かった。アールは廊下を歩きながら、これまでの経緯を簡単に説明した。
 
「そうでしたか……それは大変でしたね……。ですが、命は助かったのですよね? 一先ずは安心ですね」
「うん。──ねぇ、なんか兵士の数少ないね」
 城に戻ってくる度に廊下で何度もゼフィル兵とすれ違っていたが、今回はすれ違う兵士の数が極端に少なく感じる。
「組織の進入によって、沢山の兵士が亡くなりました」
「そう……」
「まだ治療中の兵士も多くいます。心に傷を負った者も。僕はその心の手当ての方を。リアさんは救護所で怪我の治療の手助けをしています」
「忙しいときにごめんなさい……」
「いえ。実は少し息抜きがしたかったのです。病んでしまった兵士たちには申し訳ないのですが……こちらまで気が滅入ってしまうときもありまして」
 
こういうときになにか気の利いた言葉のひとつやふたつ言えたらいいのだが、アールは「大変だね、お疲れさま」とだけ言葉を返した。
 
タケルが眠っている部屋の前に来ると、門衛が立っていたが一人足を負傷しており、ギブスを嵌めていた。
 
「……大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます。お恥ずかしい限りです」
 と、門の鍵を開ける。
 
辺り一面クリスタルで出来ているこの部屋は、何度来ても息を飲むほど美しい。
奥に進んでタケルが眠る白い棺の前に移動した。コテツは抽斗の鍵を開け、引き出しを開いた。そこにシキンチャク袋に仕舞っておいたタケルの私物を取り出し、丁寧に仕舞った。
 
「棺の鍵も預かってる?」
「はい」
 と、コテツは鍵をアールに渡した。

アールは以前ここに来たとき、タケルの遺骨を見ることが出来なかった。遺骨と言っても、小さな頭の欠片だが。
鍵を差込み、棺の蓋を開けようとしたが重い。ヴァイスとコテツがすぐに手を貸し、3人で棺を開けた。そこには、親指の先くらいの白い骨と、大きな剣が眠っていた。
 
「タケル。武器、借りるね」
 アールはタケルが使っていた武器を手に持ち、遺骨に目を向けた。
「シドがそっちに行きそうになったら、こっちに蹴り返してね」
 
棺の蓋を閉め、タケルの武器はギップスから貰った、物を小さくしてくれる予備のネックレスにつけて自分の愛用武器と共に首に掛けた。
 
「コテツくん、シドのこと、ゼンダさんに伝えといてもらえる?」
「お会いにならないのですか?」
「忙しそうだし、それに──」
 と、タイミング悪く携帯電話が鳴る。「ちょっとごめんね」
 
電話の相手を確認すると、デリックからだった。
 
「? もしもし」
『お嬢、元気そうじゃないっすか。来てるんなら言って下さいよ』
「……コテツくん、デリックさんに私が来てること伝えた?」
「いいえ?」
『お嬢が来てるって話してる雑兵がいたもんで』
「あ……うん。来てるけどもう帰るから」
『なんで』
「なんでって、用は済んだから」
『まだ俺に会ってないじゃないっスか』
「…………」
 この人も本当に面倒だなと思う。
『聞いてます? デートしましょーよ』
「聞いてる。デートって……それどころじゃないんじゃないですか? そちらも」
 
デート、と聞いてヴァイスはアールに目を向けた。
 
『お嬢のためならお仕事サボりますよ』
「仕事してください。……デリックさんにも一応伝えておきますが」
 少し迷ったが、言うことにした。「シドが入院しました」
『知らねぇよ聞いたこともねぇなそんなアホみたいな名前の──』
「意識が戻らないんです」
『…………』
「だから今のん気にデートとか言ってる場合じゃなくて」
『中途半端っすねー』
「え?」
『 死にぞこないじゃないっすか 』
「…………」
 アールの表情が一瞬にして険しくなる。
『死ぬか生きるかどっちかにしろって感じっすね』
「なにも知らないくせに勝手なこと言わないでください」
 怒りを含めた言い方に、コテツがうろたえた。
「あの……どうかしましたか?」
「シドは組織に殺されそうになったんです。それをカイが助けたの」
 と、アールは怒りをおさえ、説明した。
『ふーん。なら組織に足を踏み入れたのが悪い。自業自得だ』
「……バカ!」
 と、一方的に電話を切った。──もっと気遣う言葉とか無いわけ?!
「アールさん……?」
 コテツは心配そうにアールを気にかける。
「私やっぱりデリックさん好きじゃない」
「なにか失礼なことでも?」
「超失礼なこと言った。──とにかく、タケルの武器をモーメルさんのところへ持って行きたいので、今日はもう帰ります」
「わかりました。あの……」
 と、コテツはアールに耳打ちをした。「薬は足りていますか?」
「あ……うん、多分まだ大丈夫」
「念のため持って行きますか?」
 アールは少し考えてから「そうだね」と答えた。
 
またいつ精神不安定に陥るかわからない。そのたびにコテツに連絡をして精神安定剤を送ってもらうよりは補充しておこうと思った。
コテツはアールに以前使っていた部屋で待っていてくださいと伝え、急いで薬を取りに向かった。アールはヴァイスを連れて“自分の部屋”へ向かったが、途中で道がわからなくなり、偶然通りかかったゼフィル兵に尋ねてなんとか部屋にたどり着いた。
 
「私がこっちの世界に来たばかりの頃、この部屋に通されたの」
 と、アールはヴァイスを部屋に招き入れた。
「ベッドに座っていいよ。って、私の部屋ってわけじゃないけど」
 ヴァイスはベッドに腰掛けた。アールはベッドの枕側の横にあるテーブルの椅子に腰掛けた。
「旅が始まる前日まで、ここで過ごしたの。暫く旅を続けて……追い返されたことがあってね」
 と、思い出しながら苦笑する。
「私が精神的に弱すぎて頭がおかしくなっちゃって、旅を続けられる状態じゃなかったから城に戻されたの。そのときも暫くこの部屋で過ごしたの。そのときにタケルが残してくれたメッセージを見つけたんだ。スーちゃんが見つけてくれたんだけどね。ベッドの脚の下に挟まってあった。タケルもこの部屋に通されたみたい」
「そうか」
「…………」
「…………」
 
会話が止まり、しんと静まり返った。アールは黙ってベッドに座っているヴァイスを見遣り、急に気まずさを感じはじめた。自分の部屋という感覚があるこの場所に、異性が座っている違和感。
 
「あ……ドア開けとく?」
 と、締め切った部屋にふたりきりでいることに耐えられなくなったアールは立ち上がって、ドアを開けた。廊下を見遣り、コテツを待つ。
「……シドとは一番距離があったの」
 アールは開けたドアの枠に寄りかかり、腕を組んで過去を振り返った。
「はじめから喧嘩腰で、すっごく怖くて、絶対仲良くなんかなれないって思ってた」
「…………」
「今ならわかるんだけどね。世界を救ってくれるかもしれない救世主が現れたと思ったら、剣を握ったことも無い、魔物すら見たことがない女がそこに立っていたわけだし……。絶望したんだと思う」
「…………」
「でも、ルイは優しかったよ。ルイだって戸惑ってたはずなのに。はじめてルイの手料理を食べたのもこの部屋だった。シチューだったんだけど、すっごく美味しかったの」
「…………」
「カイも……カイはどう思ってたんだろう。はじめから馴れ馴れしくて……あ、私の年齢を聞いて『うそだー!』って叫んでた! 失礼な人だと思った」
 と、少しむっとすると、ヴァイスは微かに笑う。
「でも、カイがいたからみんなと仲良くなれた。カイはいつもムードメーカだった。──コテツくん遅いね」
 と、廊下を覗き込む。
「…………」
「…………」
 
また、沈黙。
 
「……なんか、あれだね。スーちゃんいないと……緊張する」
「緊張?」
「今気づいた。ヴァイスはスーちゃん連れてないとちょっと……なんていうか……緊張する」
 と、笑う。
「…………」
 ヴァイスは考えるように視線を落とした。そして。
「……怖いか?」
 と、訊いた。
「あ、ううん。怖いとか、そういうんじゃなくて。なんだろう。なんか……自分でもよくわかんないけど。ほら、ヴァイスって声低いし。大人だからかなぁ……なんだろ?」
「…………」
 ヴァイスが突然立ち上がり、アールに近づいた。
「……?」
 アールは酷く緊張した。背が高いのも少し威圧感を感じる。
 ヴァイスはアールと同じように腕を組み、壁に寄りかかった。
「スーを連れてくるべきだったな……」
「…………」
 アールはスーのように目を丸くした後、くすりと笑った。
「緊張するけど、別に悪い意味じゃないから」
「……そうか。それならいいが」
「ふふっ」
 と、笑いがこぼれる。
「……?」
 

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