voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅28…『眠い朝』

 
早朝、一同は食事時を迎えていた最中、砂利道で何かを引きずるような音がして箸を止めた。
 
「なんの音だ……?」
 真っ先に気づいたのはシドだった。
 
昨夜降り続けていた大雨は小雨になっていた為、彼等はテントの横に結界を張って食事をしていた。
 
「近づいて来ますね……」
 ルイとシドは席を立ち、結界を出ると音が聞こえてくる道の先を眺めた。
 
カイはまだ寝起きで頭がボーッとしているのか、ウトウトとしながらパンを口に運んでいる。アールも気になり、席を立った。
 
ガコン、ガコンと何かをぶつけているような音も聞こえてくる。遠くの方から、それは彼等がいる方へと走ってきた。
 
「車か……」
 シドがホッとしたようにそう呟いたが、まさかこんな場所で車を見るとは思っていなかったアールは目を見開いて驚いた。
「車?! こんなところで?! ……って、あの車なんか変じゃない?」
 
近づいてきた車は、全てのタイヤがパンクしており、無残にもフロントガラスは割られ、ボンネットや屋根はでこぼこ、フロントフェンダーやドアには魔物の爪痕が刻まれていた。
 
「おぉ! 旅人発見!!」
 と、運転席から顔を出したのは30代半ばくらいのスーツを着た男だった。といっても、ネクタイはしていない。
「君らはこれから何処行くんだ? 乗ってく?」
 男はおんぼろな車を一同の横に停車させた。
「乗ってくって……すげぇボロッボロな車だな。つか街の外を走るには特別な許可がいるだろ。貰ってんのか?」
 と、シドが言う。
「兄ちゃん、この車はなぁ、幾つもの試練を乗り越えてきた勇敢な車だぜ? ボロボロだなんて言うなよ」
「死にかけの車じゃねーか。つか許可貰ってねぇだろ。こんなおんぼろ見せられて許可が下りるわけねえ」
「シドさん言葉遣いには気をつけましょう。──はじめまして、僕はルイと申します。貴方はこんな所で何を? 見た限り普通の車のようですが」
「俺はエディだ。普通の車に見えるか? 勇敢な車だぜ?」
「いえ……そういう意味ではなく、魔力や防御力があるようには思えなかったので。国の許可を得ているなら有り得ないことです」
「許可許可ってしつけえなぁ。法ってのは破る為にある。それに魔力だとかそんなもんこの車には必要ねぇよ。長年の付き合いだしな、コイツのことはよく分かってんだ。──で、乗ってく?」
「いえ……」
「なんだよそんなに不安か?」
 そう言うとエディはアールに目を向けた。「お! 女か! 乗ってく?」
「え、あの……」
 
アールは正直、疲れが取れていないせいもあって乗せて欲しいと思った。
 
「エディさん、その車でこの辺を行くのは危険ですよ。もしこんなことがバレたら免停だけでは済まされませんし」
 と、ルイは注意を促した。
「だからさっきも言っただろう? コイツとは長年連れ添ってんだ。俺は茨を行くタクシー運転手だ」
「タクシー?!」
 と、3人は口を揃えて驚く。
「まぁそう驚きなさんなって。料金は安くしとくよ。許可とってねぇし。乗ってかねぇのか?」
「やっぱ許可取ってねんじゃねーかよ」
 と、シドが呆れて言った。
「タクシーって……こんな所でですか?」
「おうよ。旅人を乗せて何処までもってな! ははははは!」
「こんな車に乗る奴なんかいんのかよ……歩くより危険じゃねぇか……」
「兄ちゃん、乗ってもねぇのに悪口を言うもんじゃねえぞ」
「誰が乗るかよこんなポンコツ……」
「シドさん! 言い過ぎですよ!」
「まぁまぁ、言われ慣れてるさ。じゃ、乗る奴はいねんだな? ならもう行くぞ? あ、そういや俺がここに来るまでにモルモートの団体と会ったから気をつけな。じゃーな、ルイちゃんとお嬢さん!」
 
エディは軽く手を振り、ガコンガコンとポンコツ車を鳴らしながら一行が歩いてきた方角へと走って行った。どう見ても乗り心地は悪そうだ。
 
「なんだったんだありゃ……」
 と、シドは去ってゆく車を見送りながら言った。
「なんか凄いね、でもちょっと乗ってみたいと思っちゃった」
 と、アール。
「オメェは楽してぇだけだろーが。飯食うぞ飯っ」
 そう言うとシドは席に戻った。
「まさか車が通るとは思わなかった。街の外を走るには許可がいるんだね」
 と、アールはルイに言った。
「え……えぇ……」
「どうしたの?」
「いえ……なんでもありません……」
 ルイは、エディに“ちゃん付け”で呼ばれたことにショックを受けていた。
「街が塀で囲まれ隔離されるようになってから、車などで街の外へ出るには許可が必要になったんですよ」
「そうなんだ……じゃあ許可を貰ってるタクシーだったら乗れたの?」
「ええ……乗れることは乗れますが、僕たちは徒歩で旅を続けなければならない理由があります。ログ街についたらそれも詳しく話しますね」
「そう……」
 
まだ穏和なモンスターと人間が共存していた頃は、当たり前のようにこの道を沢山の車が走っていたのかもしれない。と、アールは思った。
 
一同は食事を終えると、出発の準備を始めた。ルイは食器を洗い流し、シドとアールはまだ出してあるテントの中でストレッチをしている。カイは、テーブルに顔を伏せて眠っていた。
 
「カイさん、起きてください。テーブル仕舞いますから」
「ん……え……朝食は……?」
「さっき食べましたよね。起きてください」
「ん、ふわぁああぁ……眠い……」
 
朝から天候が優れないといまいち気合いが入らないアールとカイだったが、シドとルイはいつもと変わらない様子だった。
 
「んじゃ、出発すんぞ」
 一行はぬかるんだ地面を歩き始めた。
 
空は雨雲で覆われ、ドンヨリとしていて空気は湿っている。
 
「アールぅ……眠くなぁーい?」
 と、虚ろな目でカイが言う。
「うん、眠かったけどさっきのタクシーに驚いて目が冴えちゃった」
「え?! タクシー?! なにそれーっなんで起こしてくれなかったんだよぉ!」
「え? カイ起きてたよ、ごはん食べてたじゃん」
「えーっ、覚えてないよぉ! 俺もタクシー見たかったなー…」
 
あんなに煩い音をたてながら走っていた車に気が付かなかったカイはある意味凄い……と、アールは思った。
 
歩き進めていくうちに、イトウやダムボーラが姿を現した。雨が降っているからかあまり攻撃的ではなく、イトウは近くの木々に身を寄せて一行を目で追っている。
地面に出来た水溜まりで水分補給をしているダムと遭遇したが、まだ幼体のダムは彼等に気づくと逃げるように森の中へと入って行った。
 
「つまんねぇなぁ……」
 と、出発してからまだ一度も刀を抜いていないシドがぼやく。
「でも、魔物と戦闘しない分、前には進めるのでいいではありませんか。昨日はあまり歩けませんでしたからね」
 と、ルイが言った。
「けどこう暇だと萎えんだよ……」
「そういえばエディさんがこの先でモルモートの集団がいたと言っていたではありませんか」
「集団ねぇ。集団で住家に帰ったんじゃねーのか」
 
アールは大きな欠伸をした。眠気が戻ってくる。──やっぱり車に乗せて貰えばよかったのに、なんて思う。
 
「おい。欠伸なんかしてんなよ」
 と、シドが振り返ってアールを睨んだ。
「ごめんなさい」
「どんなに退屈でもいつ何処で何があるか分かんねんだから警戒してろ」
「……はい」
 
別に警戒していないわけではなかったが、隣で何度も欠伸をするカイにつられてしまったのだ。再び欠伸が出そうになり、口を押さえた。
 
「モルモートの集団がいても弱っちいからつまんねぇな。つーかこの辺やけに魔物少なくねぇか?」
「そうですね、この辺りはバローラの樹のせいで特にイトウが寄ってきますし、草食系モンスターが好む草や木の実も少ないので必然的にそうなるのでしょう」
 
魔物も人間と同じように、好む場所はある。
イトウは姿を現してもアール達には目もくれずにバローラの樹に吸い寄せられる。一行に目を向けるイトウがいても、バローラに血を吸い取られ、生気は感じられない。そのせいでアールの眠気は増していった。カイが煩いほどはしゃいでいたなら眠気覚ましになるものの、歩きながら時折瞼を閉じる彼が一番眠たそうである。
 
「……あ」
 アールは空を見上げ、思い出す。
 
仕事へ行こうと家を出た日の朝。──同じような空だった。
 
 

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