voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅27…『悪魔や天使や河童』◆

 
「そういえば悪魔っているんだね。あの時は無我夢中だったけど、思い返すと背筋がゾッとするよ……」
 
座卓には、レトルトシチューと白いご飯、そしてサラダが並んでいる。アール達はテーブルを囲んで食事をしていた。心なしかカイはまだ元気がないように思える。
 
「そうですね。実際に目にする機会は殆どありません。悪魔や天使には彼らの世界があって、通じる扉を開かない限りは姿を見せることはありませんし、その扉を開いて彼らと交渉出来るのは魔術師だけですからね」
「天使は見てみたいかも……あと妖精!」
 興味本位でそう言いながら、アールはサラダを口に運んだ。
「大天使などは、アールさんが想像している姿と異なるかもしれませんね。悪魔とさほど変わりはないので。勿論、可愛らしい天使もいますが」
「え……そうなの? じゃあ妖精は?」
「妖精も姿はそれぞれ異なりますが、人間の前に姿を現すときは人間の姿を真似ることが多いです。楽しいことが好きな妖精ばかりですから、真似をするのも好きなのだと思います。──おかわりありますからね」
「ルイは見たことあるの?」
「えぇ、何度か。魔術師の知り合いが多くいますから。一番位の低い悪魔や天使を呼び出す訓練をしているのを見ましたよ。位が高い悪魔を呼び出すのは禁止されていますが」
「へぇ……」
「ちょっといいか」
 と、シドが口を挟む。
「おかわりですか?」
「ちげーよ。お前いつも飯食ってるときにカイが喋ってっと注意するくせにコイツはいいのかよ」
 説明するまでもないが、コイツとはアールのことである。
「アールさんは知らないことが多いですし、答えられることは答えておきたいので」
「へぇー、贔屓してんのかと思ったけどな」
「贔屓だなんてそんな……」
 そう言ってカイに目を向けると、カイはご飯を一粒ずつ食べていた。
「カイってこんな静かだったっけ? それになんか……やつれた気がする」
 と、アールはカイを哀れんだ。
「どうしたのですか? 具合でも悪いのでしょうか……」
 ルイの言葉に、わざと言っているのだとしたら怖い! とアールは思った。
「オメーのせいだろ……」
 とシドが言う。
「え? 僕?!」
「お前がブチ切れるから落ち込んでんだろ」
「僕がいつブチ切れましたか? カイさん? 怒っていませんからね?」
「え……? うん……わかった」
 
普段穏和で笑顔の絶えない人を、少しでも怒らせてしまうと物凄く罪悪感に苛まれるのは何故だろう。カイは布団を濡らしてしまったことにいつまでも反省するのだった。
 
食事を終え、それぞれの時間を過ごしながら雨が止むのを待った。
 
「雨、止みそうにありませんね」
 ルイは天井を見遣りながら困ったように呟いた。打ち付ける雨の音は続いている。
「カッパとかないの?」
 と、訊いたアールは、暇を持て余していた。
「河童? 河童は池などにいると思いますが……」
「いや……着る方のカッパ……雨合羽」
「あまがっぱ……?」
「えっと……レインコート?」
「あ、レインコートならログ街で購入予定です。──しかし、なぜレインコートを河童というのです……?」
「生き物の河童とは全く関係ないんだけどね」
「あ、そうですか、ホッとしました。アールさんの世界では河童の皮を剥いで着るのかと思いましたよ」
 と、ルイはニッコリと微笑んだ。
 
食事を終えたテントの中では、カイとシドは布団を敷いて早々と眠りについていた。
 
「今何時くらいかな」
 と、アールが訊く。
「今は……まだ22時ですね」
 腕時計を見ながらそう答えると、ルイは座卓テーブルを台拭きで拭いた。
「まだ22時かぁ……体は疲れてるのに眠れそうにないな……」
「大丈夫ですか? 疲労回復薬出しましょうか」
「えっ……いいよ。勿体ない」
 
アールは直ぐに寝るわけではないが、シキンチャク袋から布団を取り出し、床に敷いた。
普通のテントでは、石ころなどがあるとボコボコしてとても床には座れないが、彼等のテントの床は畳みのように厚い為、前もって石を退ける必要もなく、地べたに座っても痛くはない。
 
「でしたら、泉の水を……」
「あ、それもいいや」
 
例え汚れていない水でも一度は浸かって体の汚れを落とした水だと思うと、どうしてもためらう。
 
「そうですか? 無理はしないでくださいね」
「うん」
 
はじめは長い道程を歩くだけでも足が筋肉痛になったり、つっぱったり、横腹が痛くなったり、呼吸も直ぐに荒れたりと嫌になるほどだったが、今は違う。
まだ痛みや疲労、それにストレスなど解消はされていないが慣れてくるものがあった。毎日のように続くと疲労などから来る体の怠さや重さしか感じなくなってくる。──慣れというより、感覚が麻痺してきたようだ。
 
起きていても何もすることがないアールは、布団に潜り込んだ。布団は柔らかくて気持ちがいいが、眠気はまだない。
時折、鼓動が速くなるのを感じていた。特に何かを考えていたわけではないのに、突然襲ってくる不安や不快感。目を閉じると、怖くなるときもある。暗闇の中、孤独感に苛まれる。そんな時に求めるのは、シドのイビキやカイの寝言だった。孤独感を作り出す原因のひとつ、静寂から、彼等のイビキや寝言が救ってくれる。孤独ではあるが、ひとりではないのだと思える。
 
──だけど、今日はまだ聞こえてこない。
耳を澄ませていると、ペンを走らせる音が聞こえてきた。ルイが何かを書いているのだろう。そんな小さな音でも、少しは安らげる。
 
「……何書いてるの?」
 仕切りを開けたままにしていた為、ルイの方に体の向きを変えた。
「あ、眩しかったですか……? ログ街に着いたら余計な物を買わないように、必要なものを書き出しているところです」
 
天井にぶら下げているライトは消しているものの、座卓に手元を照らすランプが置かれている。ルイはノートを広げ、買い物リストを作っていた。
 
「ううん……やっぱりまだ眠くなくて」
 そう言うと体を起こして背伸びをした。「ちゃんと買う物をメモするなんて、ホントしっかりしてるんだね」
「そんなことはありませんよ。僕も必要のないものを買ってしまうときもありますから。──ただ、カイさんが無駄遣いをするのでなるべく余計な物は買わないようにと」
 
アールがいる反対側の一番端に、シドが眠り、その隣にカイが眠っている。
 
「そっか。でも必要のないものって例えば何を買ったの?」
「そうですね……まだ使えるというのに新しい鍋やフライパン、裁縫道具一式などですね」
 と、ルイは恥ずかしそうに笑った。
「なんか……主婦みたいだね」
「シドさんにも同じことを言われましたよ」
「ふふっ。でも使える物なだけいいと思うよ。カイのおもちゃは……」
「彼いわく、旅のお供だそうですからね。彼が頑張れる源はおもちゃにあるそうですよ」
 
ルイと話していると、温かい気持ちになってくる。彼の醸し出す和やかな雰囲気は、アールの心を落ち着かせた。
 
「眠れないのでしたら、本でも読みますか? いくつか持っているのですが」
 と、ルイはシキンチャク袋から本を探しはじめた。「あ、余計な買い物といえば、本もついつい買ってしまいますね」
「あ……私難しい本は読めないよ。医学書とか」
「小説などありますよ」
 ルイはテーブルに5冊の本を並べた。
「小説かぁ。文字ばかりだと眠くなりそう……って、調度いいか」
 アールはルイの横に移動し、本を手に取った。
「お気に召すものがあればいいのですが」
「んーっと……『隷属された一族』……『崇高な理念』……『失われた哲学』……『生物学』……『猫背の運転手』……」
 すべてのタイトルを見たアールは、複雑な気持ちになった。
「面白そうな本、ありましたか?」
「あ……なんか……どれも私には難しそうかなぁ」
 猫背の運転手は少し気になるけれど。
「そうですか、でしたら……」
 と、ルイはまたシキンチャク袋から本を探しはじめた。
「ごめんね、私頭悪いから」
「そんなことは……。あ、ではどのような本が好きですか?」
「んー……、カイでも読めそうな本」
 そう言ったアールは少しだけカイに対して罪悪感を抱いた。遠回しにカイも頭が悪いと決め付けているようなものだ。
 
ルイはシキンチャク袋から本を探す手を止めた。──カイでも読めそうな本と言われて頭を悩ませている。
 
「あ、無ければいいよ! ごめんね」
「いえ。えっと……」
「そ、そんなに困らないで。あっ、そういえば河童って存在するんだね! 私の世界にも河童っているけど架空生物とゆうか、実際に見た人はいないとゆうか……見た言う人もいるにはいるけど胡散臭いっていうか……」
「そうでしたか。河童は魔物ですからね。二足歩行で鋭い爪を持ち、一度標的に捕らえると見失うまで追い掛けてきて皮膚を剥ぎ取ろうとするのですよ。──よかったです、そんな恐ろしい魔物が架空生物で」
 そう優しい笑顔で言ったルイに、「私が知ってる河童はそんな極悪じゃないよ……?」と言えずにアールは目を伏せた。
 

 

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