voice of mind - by ルイランノキ


 声涙倶に下る17…『主張』

 
「あぁ……俺はアールになんてことを……アールのか細い首を絞めてしまうなんて……プレイじゃあるまいし……」
 カイは膝を抱えて落ち込んでいる。
「プレイ?」
 と、アール。「気にしなくていいよ」
「そういうプレイならまだしも……」
「プレイ? 防護服着てたから痣残ってないし操られてたんだからしょうがないよ」
「でも全力でアールの首を絞めるなんて……プレイならまだしも」
「だからプレイってなんなの」
「カイさん……本気で謝罪をするならふざけないでください」
「ふざけてないし……」
「ルイ」
 と、シドが歩み寄る。
「シドさん……」
「頼みがある」
「はい」
 シドはルイと暫く目を合わせ、考えた。
「……いや、やっぱいいわ。お前には無理だ」
 と、背を向けベンの遺体の元へ向かう。
「なんでしょうか。僕に出来ることならなんでも……」
 

シドの気持ちが知りたくてたまらなかった。
 
今、何を思っているの? って……

 
「……燃やして欲しいんだが」
 シドは足を止めた。
「…………」
「俺の前で」
 と、ベンの遺体に目を向けた。
「…………」
 ルイは困惑し、言葉を詰まらせた。
 
けれど、シドの気持ちはわかる。自分自身、怒りに身を任せて人を生きたまま焼き殺したことがあったからだ。けれど、即答できないのはアールのことを気にかけていたからだ。彼女はどう思うだろうか。そんなことばかり考えてしまう。シドの思いよりも、アールからどう思われるか、彼女の心が痛まないか、そればかり考えてしまう。
 
「な? 無理すんな」
 と、シドは笑ってベンの遺体が転がっている石段へと向かう。
「シドさん……」
 
アールの中にある自分に対するイメージが崩れてしまうことを恐れた。そんな自分に戸惑う。
 
「ルイ」
 と、アールが口を開く。
「はい……」
「あとで、コーヒー入れてもらえる?」
「……えぇ」
「あとで」
 と、強調するようにもう一度言った。
 
アールにもルイの気持ちはわかっていた。でも、「燃やしてあげなよ」などと口に出すことは自分自分が許せなかった。だから──
 
「わかりました」
 ルイはアールの気遣いを察し、シドの元へ駆けていった。
 
アールは二人に背を向けた。火葬だ。そう思えばいい。けれど、直視できなかった。
後ろを向いたアールの前には、ヴァイスが立っていた。ヴァイスの手がアールの左頬に伸びた。銃弾が当たった傷がある。
 
「すまない……」
 と、悲しげに言うヴァイスに、アールは微笑んだ。
「大丈夫。ジョーカーの力に抵抗してくれてありがとう」
「…………」
「スーちゃんもありがとう」
 いつの間にかヴァイスの肩に戻っていたスーに、礼を言った。
 
背後から、炎が燃える音がする。肉が焼かれる音がする。風に乗って熱が漂ってくる。胃をかき回すような不快なにおいも流れてくる。アールは険しい表情で視線を落とすと、視界の脇からカイの手の平に乗った“お尻”がぬっと出てきた。
 
「……なにこれ」
「お尻の形をした、消臭剤です」
 カイがお尻を握ると、穴からシュッと空気が出てきて甘いピーチの香りが広がった。
「…………」
「…………」
「バカじゃないの」
 と、思わず笑みがこぼれた。本当にカイは変なものを持っている。
「このかわいらしいフォルムから出てくるピーチの香りに惚れたんだ。250ミル」
「あ、意外と安い」
「でしょー? トイレ用なんだけどね。トイレ出るときにシュッてすんの」
「だからお尻なんだ……」
「そこも俺の心を掴んだよね。トイレの芳香剤だからお尻、お尻だからピーチの香り」
「いかにもカイが好きそう」
「俺のための消臭剤!」
 カイはニッと笑って、もう一度お尻を握った。──シュッ。
 

シド
 
ベンの嘘を暴いた私のことを
 
男の友情を大切にしたルイのことを
 
あなたを守りたかったカイのことを
 
無関心だったくせにあなたの生死に動揺したヴァイスとスーちゃんのことを
 
どう思ってる?

 
「……ありがとな」
 真っ黒に焦げたベンの遺体を見下ろしながら、シドはルイに向かって小さな声で、そう言った。
「これくらいしか、出来ませんから」
「……十分だ。」
 

本心ではどう思ってる?
 
今でもそれは気になっているの。
 
だって今でもカイはため息をつくから。

 
「ジョーカーどこ行ったんだろうね……」
 と、アールは言った。
 
これから三部隊は、シドは、どうなるのか。みんな一番気になっていたことなのに誰も口には出さなかった。知るのが怖かったからだ。
 
「邪魔者がいなくなったのはありがたいよ。ゆっくり大剣探せるじゃん?」
 と、カイ。
 
ルイはベンの死体を眺めているシドを見て、ひとりにしたほうがいいのかもしれないと気を利かせて仲間の元へ移動した。そんなルイの気遣いに気づいているシド。ふと、遺体から少し離れた場所になにかが落ちていることに気がついた。拾い上げると、紐が切れたシキンチャク袋だった。紐が焦げている。戦っている時に落としたベンのものかと思ったが、遺体を焼いたのは今だ。その火が少し離れたここまで届いたとは思えない。──ここから立ち去ったジョーカーのものだ。シドが放った炎の攻撃魔法がどうやら命中していたらしい。
 
アールはふいに、腰に熱を感じた。なんだろうと目を向けると、そこにはシキンチャク袋がぶら下がっている。触れてみるとカイロのように熱かった。
 
「…………?」
 熱を持つようなものは入っていないはずだと、少し不安になったが、シドとルイがこっちに歩いてくるのが見えてハッとした。
 
シキンチャク袋から大切そうにそれを取り出すと、主張していた熱は消え、アールの表情もほころんだ。そして、「わかってるよ」と、小さく言うと、シドに目を向けた。
 
「シド」
 アールは手に持っているものを見せてシドに向かって優しく投げると、シドはしかとそれを受け取った。携帯電話だ。
「それって……」
 と、カイが反応する。
「タケルさんのですね……」
 と、ルイ。
 
シドは受け取ったタケルの二つ折りの携帯電話を見遣り、アールに視線を向けた。
 
「暗証番号、知らないでしょ? 解除しておいた」
「…………」
 シドは再び携帯電話を見遣り、画面を開いた。その待ち受け画面に写っているものを見て、釘付けになった。
「カイもルイも、見て?」
 と、アールが促すと、二人はシドの横に移動して携帯の待ち受け画面を見遣った。
「これ……俺たちだ……」
 
タケルの携帯電話の待ち受け画面は、シド、ルイ、カイの後姿だった。
 
「なんで……」
 と、シドが呟く。
「憧れだったから。みんなは、タケルにとって憧れで、希望だったから」
「……けど俺らは」
「タケルから、私やみんなへのメッセージ動画が入ってた」
「動画?」
「あ、俺覚えてる!」
 と、カイは横から手を出して携帯電話のボタンを押した。「確かここから見れるはず」
 
タケルがいた頃、写真や動画が撮れると教えてもらったことがあった。操作の仕方も教わって、遊ばせてもらったことがあったのだ。
 
そしてようやく、タケルの思いが彼らへと届けられる。
この日を長い間待ち続けていた。自分を迎えに来てくれる真の選ばれし者をずっと待ち続けていた。いつか必ず見てくれると信じて残したメッセージを、やっと、大切な仲間の目に触れる──
 

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