voice of mind - by ルイランノキ


 声涙倶に下る16…『逃走』

 
「おいジョーカーッ! なに勝手なことしてやがる! こんなことしたらお前だって組織から消されかねないだろ!!」
 ジャックは痛む体に顔を歪めながら崖の上にいるジョーカーを見上げた。
「私は第一部隊から昇格の話を貰っている。三部隊などに興味は無い」
「な……まじかよ……」
「消されるのはお前達だ」
「だ、だからってなんでアールを狙うんだ! 今殺しちまっても意味がないんじゃねーのか?!」
「だから覚醒を待っている」
「…………」
 ジャックはアールたちに目を向けた。
 
覚醒を待っている……だと? 仲間同士戦わせて……。
 
「ショック治療の効果が楽しみだな」
 そう呟いたジョーカーの顔を目掛けてスーが飛び掛った。
 
しかしジョーカーに触れることも出来ずに弾き飛ばされてしまった。ジョーカーの足元には魔法円が広がっており、彼を守っているようだ。これでは近づくことも出来ない。
 
「スライムごときに何が出来る」
 
スーは頭に来てもう一度飛び掛ったが、やはりまた同じように見えない結界によって弾き飛ばされてしまった。
 
「何度やっても無駄だ。学習能力くらいはあるだろう?」
 
その頃シドはカイとルイの攻撃からアールを守っていた。ジョーカーに操られているとはいえ、攻撃は本人の実力範囲内だ。カイのブーメランによる攻撃は軽々とかわせるが、ルイは厄介だった。シドはブーメランをかわしてカイに打撃を与えたあと、ルイのロッドを弾いた。
 
「おいルイ……聞こえてんだろ! 体は操られても中身は操れないからな!」
「…………」
 ルイは無表情でロッドを構えた。
「お前に頼みてぇことがあんだよ」
 
しかしルイはシドに向かって容赦なくロッドを振り下ろすと、かわしたシドの隙を見て炎の攻撃魔法を浴びせた。
シドは咄嗟に両腕で頭を守った。体は防護服で守れるが、頭を燃やされては敵わない。シドは刀を構えて地面を蹴った。刀の背で打撃を試みるも、操られているジョーカーによってルイは軽々とかわし、すぐにアールを標的に捉えてしまう。
 
ヴァイスに銃口を向けられていたアールは身動きが取れなくなっていたが、なかなか引き金を引かないヴァイスの手が微かに震えていることに気づいた。身を屈めてヴァイスの背中に回ると、首にかけていた武器を元に戻して剣は放り投げ、鞘だけを握って構えた。
銃を向けていた腕をゆっくりと下ろしたヴァイスは額から汗を流しながら振り返る。もう一度アールに銃を向けようとした右手を、左手が押さえ込んだ。
 
「ヴァイス……」
 
ヴァイスは半分魔物だ。“人”を操る魔法は効きにくい。
 
「ごめんヴァイス……本気で武器、奪いに掛かってもいい? 飛び道具はかわせる自信が無いの」
 
表情のないヴァイスの目が一瞬、アールを見て何かを訴えた。アールはそれを“了承”と捉え、鞘を武器にヴァイスの銃を奪いに掛かった。しかしシドが少し目を離した隙に、カイがアールを目掛けてブーメランを飛ばした。アールは咄嗟に気づいてかわしたが、ヴァイスの銃から放たれた銃弾が彼女の左頬をかすめた。
 
「っ……」
 
アールは一瞬怯んだが、低姿勢のままヴァイスの腹部に向かって鞘を突き上げた。うめき声を上げるヴァイスの手から銃が落下したのを確認し、素早く拾い上げて真後ろに迫っていたカイに体ごと体当たりをした。そして急いで2人から逃げるように距離をとった。
 
シドはルイを押さえ込みながら言った。
 
「お前がしっかりしねぇで誰が女を守るんだよ」
「…………」
「このままじゃ仲間に殺されるぞ」
「…………」
 微かに、ルイの眉間にシワがよった。
「それともお前が女を殺すのか?」
「…………」
 シドは賭けに出た。ルイから手を離し、武器を捨てて両手を上げたのだ。
「もう邪魔しねーよ。殺したいなら殺せ」
「…………」
 ルイはロッドを握り、アールに目を向けた。そして──
 
カイとヴァイスが一斉にアールに飛び掛ったが、アールは結界で守られた。カイとヴァイスの動きが止まる。
 
「隙を見つけたか」
 と、ジョーカーは呟いた。
 
ひとりを操るのは容易だが、複数となるとどうしても隙が出来てしまう。例えばカイとヴァイスを動かすことに集中しすぎると、ルイのほうが疎かになるということだ。ルイはその一瞬をついてアールに結界を放ったのである。
 
「まぁいいそれならば」
 ジョーカーは再び彼らを操り始めた。
 
ヴァイスとカイを向かい合わせに立たせ、武器を構えさせた。
 
「?! ダメ!! やめて!!」
 と、結界の中からアールが叫ぶ。
「まぁそうなるわな」
 と、シドはため息をついき、刀を拾い上げた。
 
グロリアの力さえ手に入れば“おまけ”は必要ない。殺してアーム玉を手に入れる。それが目的なのだから仲間同士殺させることくらい検討がついた。
 
「……おいっ、スライム」
 と、ジャックが小さな声でスーを呼ぶ。
 
スーはジャックに気づき、ジョーカーの目を盗んでジャックの元へ行こうとしたが、もしものときを考えて自然にジャックの元に降りることにした。それはバカなふりをしてもう一度ジョーカーに飛び掛り、弾き飛ばされた勢いでジャックの元に降りるというやり方だった。
 
「能無しか」
 そう言われたスーだったが、見事ジャックの元へ。
 
「無茶しやがって……」
 と、ジャック。「お前、どこまでやれる?」
 
スーはぱちくりと瞬きをした。
 
「いい考えがある。奴に近づく必要はねぇんだ」
 小声で自分の考えをスーに話しはじめた。
 
その考えというのはとても単純で、ジョーカーの視界を塞ぐというものだった。スーが大きく体を引き伸ばし、ジョーカーからアール達が見えないように壁をつくるというもの。しかしスーの体は半透明だ。スーはA4ノートくらいの大きさに体を引き伸ばし、自分の体を指差してジョーカーに訴えた。──透けるので無理です、と言っている。
 
「見えにくくはなるが塞ぐことにはなんねぇか」
 と、頭を悩ませる。「体に砂くっつかねぇか?」
 
スーはベタベタしておりませんと、両手でバツを作った。
 
「あ、じゃあ俺のシーツを使えばいい。少しにおうが……奴の前で広げれば視界を塞げるだろう?」
 
スーはそれならいけるかも!と、小さく拍手をし、ジャックから薄汚れたシーツを受け取った。そして、崖の下から上へと体を伸ばし、両手をつくってジョーカーの前で大きくシーツを広げた。ジョーカーは実に子供じみた邪魔をするスーにため息をつき、カイ達に向けていた手を下ろした。
操られていたカイ、ルイ、ヴァイスの目に光が戻り、正気を取り戻した。
 
「アールさん! 大丈夫ですか?!」
 と、ルイは結界を外してアールに駆け寄った。
「大丈夫、大丈夫」
 アールは心配かけまいと笑顔を向ける。
 
シドはジョーカーに向かって駆けて行く。スーはルイ達が正気に戻ったのを確認し、伸ばしていた体を縮めるとジョーカーの目に刀を振りかざしたシドの姿が見えた。シドはスーの背後から高らかに飛び上がってジョーカーの姿を確認すると同時に攻撃をしかけたが、ジョーカーは即座にかわすと崖の下へ。下にいたジャックは驚いて体勢を整えたが、ジャックには目もくれずに飛び跳ねるようにして石段の方へと移動した。
シドはジョーカーがベンの遺体からアーム玉を取り出すつもりだと思い後を追い、間に合わないと察して攻撃魔法を放ったが、ジョーカーはベンの遺体には目もくれずに石段から転送魔法を使ってどこかへと逃げてしまった。
 
「……あ?」
 シドはあっけにとられ、足を止めた。──わざわざ石段に移動する必要があったか?
 
攻撃魔法は当たったように見えたが……定かではない。
 

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