voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅26…『ルイのご機嫌』

 
──魔物を斬れば返り血を浴びて、嫌だなって思う。魔物や斬り方次第では内臓がどろりと出てくることもあって、気持ち悪くて生臭くて、嫌だなって思う。
 
雨の日は嫌いだった。メイクは落ちるし髪は広がるし、夏場は薄い服を着てると透けてしまうし、ジーンズ履いてると生乾きの臭いがしてくる。
でも今は、この世界に来てから聖なる泉にありつけない時は雨を望んでいる自分がいた。砂埃や返り血を洗い流してほしい。
 
いつの間に、生き物を殺す罪悪感が薄れてしまったのだろう。
 
雨、降らないかな。きっと、髪にべったりついていたりするんだよ。
雨、降らないかな。きっと、体に染み付いていたりするんだよ。
 
血生臭いにおいが。
 
 
━━━━━━━━━━━
 
突然の大雨が地面にいくつも水溜まりを作るほど降り続けている。
ぬかるんだ地面をビシャビシャと音を立てながらアール達は歩いていた。
 
「シドさん、やはり休みませんか……」
「…………」
 
あまりの大雨に、アールとカイは下を向いたまま黙ってトボトボと歩いている。
 
「うっせーなぁ。歩き進めるには今がいいんだよ。この辺はイトウばっかだろ。あいつは雨だと飛び回れねぇし、他にいても雨の日は身を隠すモルモートくらいだろ」
「ですが……あまりにも雨が……」
 
風がないだけマシだが、土砂降り状態だ。雨が染み込んだ服は体に張り付いて気持ちが悪かった。それに視界が悪い。目を開けるのも一苦労である。
 
「ダム・ボーラも出るかもしれない……」
 と、アールが呟いたが、
「あー? なんか言ったか?! 雨音で聞こえねんだよっ!」
 とシドが声を張る。
「俺……テントで休みたい……」
 と、カイが呟くと、
「休むにはまだはえーだろ! つーかもっと歩くスピード上げろ!!」
 シドは、カイの呟きは聞こえたようだ。
「シドさん……、風邪ひいてしまっては元も子もありませんよ」
「うっせぇなぁ日頃から体鍛えてりゃこんなことで風邪ひいたりしねぇよ」
 
そう偉そうに言ったシドだったが、1時間ほど歩き進めてルイのしつこさに負け、仕方がなくテントを出して休むこととなった。
 
「ぶえっくしょんッ!」
 派手なくしゃみを真っ先にしたのはシドだった。「……ん? なんか頭いてぇな」
「シドさん、それは完全に風邪だと思います。だから言ったではありませんか……早く休みましょうって」
 そう言ってルイはバスタオルをシドに渡した。
「風邪? んなわけねーだろ。雨に当たって体を冷やし過ぎたから頭がイテェんだよ」
「…………」
 ルイはアールとカイにもバスタオルを渡した。
「ふぅ……それにしても凄い雨だねー。ルイ予報機はぁ?」
 とカイが訊く。
「城を出るときに誰かさんが壊したではありませんか……」
「あ……ごめんねぇ、俺ボタン見ると押したくなっちゃうんだよねぇ」
「それでポチポチポチポチ連打して壊しやがったんだよな……ぶえっくしょん!」
「シドぉ、ウイルス飛ばさないでくれるぅ? 予報機のボタンの音ってカチカチ鳴って良い音なんだよぉ。てゆーか街で新しいの買わなかったのぉ?」
「買おうか迷いましたが、ログ街まではさほど大きな天気の変化はありませんから、ログ街で買うことに決めました。もう壊さないでくださいね……?」
 
そう言ってルイは温かいコーヒーでも注ごうかと立ち上がると、テントの隅でバスタオルを頭から被って膝を抱えて小さくなっているアールが目に入った。
 
「アールさん? 大丈夫ですか……?」
 ルイはアールに近づいて腰をかがめた。「具合でも悪いのですか?」
 
テント内の空気が一変する。また、アールの精神状態がおかしくなったのではないかと思ったからだ。
 
「え? あ、ううん。大丈夫!」
 と、アールは彼等の心配をよそに笑顔で言った。「このタオル良い香りがするなーと思って」
「そうでしたか」
 ルイはホッと安堵の表情を浮かべた。
「実はルヴィエールで新しい洗剤を買ったのですよ。今までのと値段は変わらず、汚れは良く落ちて香りも良いと評判の新商品だったんですよ?」
「そうなんだ、でも普段手洗いだよね? 手は痛まないの?」
 
そう2人が話している横で、気が付かなかったと言わんばかりにシドとカイはバスタオルの香りを嗅いでいる。
 
「大丈夫ですよ、手に優しい洗剤ですからね。アールさんも今度使ってみますか? ──あ、コーヒー飲みますか?」
「うん、ありがとう。ミルク多めにしてくれる?」
「ミルク入れて大丈夫なのですか?」
「うん、コーヒーと混ぜるには平気」
 わかりました、とルイはテント内に座卓を出してコーヒーを入れる準備を始めた。
「なぁ、そんな香り違うもんか?」
 と、シドが言う。
「うーん、違うと言えば違うけどぉ…そんなに変わらないよねぇ……」
 シドもカイも、洗剤の違いには疎いようだった。
「お二人もコーヒーでいいですか?」
「あぁ。俺は苦めで」
「俺はぁ、ホットミルクがいい!」
「承知いたしました」
 
バラバラとテントを打ち付ける雨の音。何故か眠気を誘う。
ホットミルクを飲み終えたカイは大きな欠伸をすると、迷わずシキンチャク袋から布団を取り出した。
 
「カイさん、寝るにはまだ早いですよ?」
「えっ! まさかまた歩くの?! この滝のように流れる雨の中!」
「……いえ、晩御飯がまだですので」
「あぁ、じゃー出来たら起こしてぇー」
 と、布団に潜り込む。
「外は雨ですので、テントの中で調理したいのですが……。出来れば布団を端に敷いてもらってもいいですか?」
 ルイがそう言うと、カイはガバッ! と起き上がった。
「なんだ、やけに素直じゃねーか」
 と、自分のシキンチャク袋から取り出したダンベルを持ちながらシドが言った。
「やばい……俺……服着替えないまま布団に入っちゃった……」
 と、掛け布団を退かすと、ぐっしょりと布団が濡れていた。
「か……カイさんッ?!」
 ルイが勢いよく立ち上がる。「普通なら布団に入る前に気づくでしょう?!」
「す、すいません……」
 
誰に言われるわけでもなく、湿った布団の横でカイはこじんまりと正座をした。
 
「全く……どうしてこうも世話が焼けるのですか!」
「はい……すいません……ごめんなさい……申し訳ございません……もうしません……反省します……許してください……」
「早く着替えなさい!」
 とうとうルイの口調が命令になった。
「はい……直ぐに着替えます……急いで着替えます……だから許してください……」
「お二人さんも……着替えていないようですね……?」
 
アールとシドはドキリとした。そして、ルイはいつの間に着替えたのだろうと思った。
 
「今すぐ着替えくださいね。特にシドさんは風邪ひいてますから」
「いや、ひいてねぇって……」
「シドさん。僕は医師免許を持っているのですよ」
「わーかった、わかった。着替えりゃいーんだろ着替えりゃ……」
 
そして、ルイがアールにも注意を促そうとしたが、その前にアールは仕切りをシャー…と閉めたのだった。
 
アールも急いで濡れた服を着替えた。
 
「アールさん」
 と、仕切りの向こうからルイの声がして、怒られるのではないかとまたドキリとした。
「な、なに……?」
「濡れた服やコートは、部屋干ししましょう」
「部屋干し?」
「これを使ってください」
 そう言ってルイは仕切りの下からハンガーを四つほど渡した。「アールさんが立ち上がった目線の辺りに引っ掛けるところがあるので、服を掛けておいてください」
「うん、わかった」
 
仕切りの隣から、スプレーの音がした。気になりながらアールは脱いだ服をハンガーに通すと、テントの壁に引っ掛けた。
 
「これも使ってください」
 ルイはそう言って、今度はスプレーを仕切りの下から差し出した。「吹き掛けると生乾きの臭いを防げます」
「へぇ……便利だね」
「えぇ。除菌効果もありますよ」
 
アールはスプレーを手にすると、早速数回吹き掛けた。
雨を吸い過ぎた服は、ポタポタと床に水滴が落ちる。テントの中で絞るわけにもいかず、バスタオルで挟んで叩くようにして水分を取った。さっきまで座っていた場所も濡れていたので拭いていると、良い香りが漂ってきた。ルイが晩御飯を作っているのだ。
 
 野菜切る音ってしたっけ……?
 
そう思い、気になって仕切りを開けると、ルイは小さなテーブルの上でシチューを煮込んでいた。
 
「いい香り……」
 ついつい空腹のお腹を押さえながら鍋を覗き込んだ。野菜とお肉たっぷりのシチューだ。
「手抜きですが、味は美味しいと思いますよ」
 シチューをかき混ぜながらそう言ったルイは、いつもの笑顔が戻っていた。
「手抜き?」
「えぇ。レトルトです」
「あ……レトルトなんだ……」
「お嫌いですか? レトルト……」
「ううん! この世界にもレトルトってあるんだーと思ってビックリしただけ!」
「どーゆー世界だと思ってんだよお前は……」
 と、シドがまだ両手にダンベルを持って腕を鍛えながら言った。と、その後ろに人影が見える。
「……カイはまだ落ち込んでるの?」
 シドの背中に身を隠してうずくまっていた。
「僕はもう怒っていないのですが」
 ルイがそう笑顔で言うが、「本当に……?」と訊き返せない3人であった。
 
 

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©Kamikawa
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