voice of mind - by ルイランノキ


 声涙倶に下る9…『立ち止まっている暇は無い』

 
「どうしました……?」
 
様子を気にかけてやってきたルイが、二人のただならぬ空気を察して言った。
アールはカイからカメラを奪うと、ルイに液晶画面を見せた。
 
「これ……誰?」
 そう訊くアールの手は震えていた。そのため、写真がよく見えず、ルイはカメラに手を添えて見遣った。
「シオンさん……ですね」
「うそ……じゃあこれは?!」
 と、別の写真を選択して見せた。
「シオンさんですが……それがどうかしましたか」
 
アールは愕然としてカメラを落としそうになったのをカイが慌ててキャッチした。
 
「アールさん……?」
「シオンちんの顔が違うって言うんだ」
 と、困惑するカイ。
「え? それはどういう……」
 
アールはパニックになりそうな頭を抱えた。脳が処理しきれず、おかしくなりそうだった。
 
「アールさん、一先ず落ち着いてください」
 ルイはアールの横に立ち、背中をさすった。
「私には知らない女の子にしか見えない……」
「……それは、アールさんが見ていたシオンさんとは顔が全然違うということですか? それも全く」
 
アールはこくりと頷いた。  
ルイとカイは目を合わせ、困り果てた。
アールはハッとして急に走り出すと、テントに戻って枕元に置いていたシキンチャク袋を漁った。そして、自分の世界から持ってきた携帯電話を取り出した。
 
「アールさん?!」
 と、後からテントに戻ってきたルイとカイ。
「確かめてほしいの……」
「それって……アールが自分の世界から持ってきたやつだよねぇ……」
 と、カイ。
 
充電シールを貼っていたため、電源ボタンを長押しするときちんと起動する。けれど、アールはすぐにルイに手渡した。
 
「メニュー画面から、ピクチャーを選んで……」
「はい」
 ルイは言われたとおりに操作してゆく。カイはそれを隣から見ていた。
「ピクチャーの中に、ともだちって書いてあるフォルダーがあると思うの」
「はい」
「一緒によく写ってる子、わかる……?」
 
ルイはともだちフォルダの中にある写真をいくつか見遣った。そこには今のアールからは想像もつかないほどお洒落を楽しみ、友人と思われる女性と無邪気に笑い合う彼女の姿があった。
 
「この方でしょうか……」
 と、一枚の写真を選んでアールに見せた。
「そう……その子が久美。シオンはその子と同じ顔をしていたの……」
「…………」
 ルイとカイは改めてその久美という女性の写真を見遣るが、全くと言っていいほど似ていなかった。
「私にだけ久美に見えてたってことだよね……どうして……」
「…………」
 
ルイはともだちフォルダを閉じると、フォルダ分けされた一覧の中に【雪斗】と書かれたフォルダを見つけた。名前の横にはハートの絵文字が添えられている。カイもそのフォルダが気になったが、そのまま携帯電話を閉じた。
 
「幻覚……? まだ治ってなかったのかな……」
「考えても仕方ありません」
 と、ルイは携帯電話をアールに渡した。
「そうだけど……」
「ゆっくり、紐解いていきましょう。一緒に」
「…………」
 アールが二人に目を向けると、二人は優しく笑顔で頷いてくれた。
 
眠れない、月のない夜。
ルイが二人にハーブティーを出した。座卓テーブルを3人で囲み、ハーブティを飲んでいるとアールの心が少しずつ回復していった。
 
「それにしても」
 と、カイが口を開く。「シドには昔からなんでもバレちゃうなぁ」
「組織に行っても、カイのことはちゃんと見てるのかもね」
 と、アールは微笑む。
「そうなのかなぁ……どうなのかなぁ……」
 そう言いながらも嬉しそうだ。
「また前みたいにみんなでバカ騒ぎできたらいいね」
 アールの言葉に、ルイは笑顔で頷いた。
「俺ねぇ、アールと一緒にいるシドが好きだったんだよねー」
「ん?」
「普段、女の子と話すシドってあんま見なかったし、リアちゃんと話してるシドも新鮮だけどやぱりアールと言い合ってる時は楽しそうだった」
「そうかなぁ……本気でキレられたこと沢山あるけど……」
「僕も、アールさんをからかっている時のシドさんは楽しそうに見えました」
「それシドがどSなだけでしょ……。誰が相手だろうとからかうの好きなんだよ」
 と、ハーブティをすする。
 
それぞれの思いに浸る。シドがどんな感情を持って共に旅をしていたかなんて、今となってはわからない。どこまでが素で、どこから演技だったのかも。
 
「……そろそろ、かな」
 と、アールは呟いた。
「え?」
 カイとルイがアールに目を向ける。
「もう待てない。多分もう、早くしないと間に合わない気がする……」
「…………」
 
アールはポケットから携帯電話を取り出した。自分の世界から持ってきた携帯電話だ。強く握り締め、決意を固めた。
カイとルイはアールが何をしようとしているのかなんとなくでしかわからなかったが、話の流れからしてシドのことだろうと察した。
 
「なにかできることがあれば、言ってくださいね」
「俺っちも」
 

吉と出るか凶と出るか
ううん、大吉と出るか大凶と出るか
どちらに転ぶかしかない賭けに出るのは本当に怖かった。
 
私の選択ひとつで
全てが変わる。
 
 
アリアンの塔は目の前に聳え立っているのに
とても遠く感じた。
 
私たちを招いておきながら、知る覚悟は出来ているの?と、私たちを試し、すぐに立ち入ることを拒んでいるかのように。

 
「シドと話したい。ベンも、一緒に」
「わかりました。ジョーカーさんたちは僕等がどうにかします。ヴァイスさんにも朝伝えておきます」
「…………」
 カイは不安を紛らわすようにハーブティーを飲みほした。
「カイ、大丈夫……?」
「うん……」
 
アールとルイは顔を見合わせた。──無理もない。組織に身を置くシドの命がかかっているのだから。
 

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©Kamikawa
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