voice of mind - by ルイランノキ


 声涙倶に下る8…『 顔 』

 
ずっと明るいと思っていた太陽の無い空間は、徐々に明るさを落とし、綺麗に整列している無数の星を浮かび上がらせた。
大剣を探していた一行は奇妙な空間に戸惑いながら、捜索は一時中断。それぞれテントを出し、夕飯を食べた。
 
明るくなければヒントの“影”を頼りに探すことが出来ないため、何時間待てば明るくなるのかもわからない中で就寝。一日の疲れを取ることにした。
 
アールはテントの中で、眠れずにいた。仕切りを挟んで小さなテーブルに置いていたランプの明かりが消えたのを見て、ルイが眠ったのを確認した。カイの寝言が聞こえない。まだ起きているのだろうか。それとも、ぐっすりと眠っているのだろうか。ヴァイスは相変わらず夜になるとふらりとどこかへ行ってしまう。
眠れない夜は長かった。何度も寝返りを打ち、目を閉じた。目を閉じるとシオンの顔が浮かんだ。そして、シオンと親しげに話していたカイの笑顔も浮かんだ。
 
「…………」
 
知らなかった。カイが、シオンのことを本気で好きだったなんて。私には気づけなかった。可能性も考えなかった。無意識にそうしていたのかもしれない。
でも、シドは気づいていた。
 
掛け布団を頭から被ろうとしたとき、テントのファスナーが開く音がした。
ルイだろうか。アールは耳を済ませた。そして、誰かが出て行ったのを音で確認し、そっと仕切りを開けた。ルイは布団で眠っていた。その向こう側で布団を敷いて寝ているはずのカイの姿がなかった。
アールは、慌てて布団から出ると、ルイを起こさないように気をつけながらカイを探しにいった。けれども、ルイもその物音に目を覚ましていた。カイとアールがテントから出て行った。なにかあったのだろうか。
 
アールは周囲を見回し、カイを捜した。ひとりでそんなに遠くまで行かないはずだ。目を凝らして気配を頼りに足を進めると、崖の上に腰を下ろしているカイの姿が見えた。崖は左に向かって坂になっている。坂の方から上がり、カイの側で足を止めた。カイはゲームでもしているのか、下を向いている。そこから明かりが漏れていた。
 
「…………」
 
アールは声を掛けようか迷い、暫く動けずにいた。追いかけておきながら、なんて声をかければいいのかわからない。でも、話すなら今しかないと思った。
 
「なにしてるの……?」
 と、後ろから歩み寄ると、カイは驚いて手に持っていたものを危うく崖から落としそうになった。
「わわっ! あぶねー」
「カメラ?」
 カイが持っていたのはカメラだった。あの明かりは、カメラの液晶画面だったようだ。
「あー……うん、眠れないからアールの写真でも眺めてようと思って」
 そう言ってカメラの電源を切った。
 
アールはカイが何を見ていたのか、すぐに察した。
カイの隣に座り、確かめるように言った。
 
「シオンの写真……見てたの?」
「…………」
 カイは感情が顔に出やすい。困惑したように目を泳がせた。
「ごめんね……私、知らなかった……。カイがシオンのこと好きだったって」
「え……なに言ってんの?」
 と、無理をして作ったぎこちない笑顔に、アールの心がズキリと痛んだ。
「シドが教えてくれた」
「え……」
「やっぱり二人は仲良しだね。私には見抜けなかったことも、シドは見抜いてた」
「…………」
 カイは複雑そうに視線を落とした。
「ごめんなさい……」
 アールはそう言って、カイに頭を下げた。
「え、やめてよなんだよー…」
「何も知らなくて……」
「アールが謝ることじゃ──」
「ずっと元気なかったの、シオンが……亡くなったからだよね?」
「違うよ」
 と、苦笑する。
「違わない……」
「違うったら」
「気を遣わなくていいよ!」
 アールはカイの腕に触れた。
「カイ、私に気を遣わなくていいから……。嘘、つかなくていいから……」
「…………」
 カイは困ったように目を伏せた。
「私シオンを……シオンを殺してしまって……」
「言わなくていい。謝らなくていい。アールのせいじゃない。仕方なかったんだ。俺がアールだったら同じことしてる。シオンだって悪い子じゃないから、わかってくれる。絶対わかったくれる。アールの優しさ、ちゃんとわかってると思うよ」
 カイはアールの言葉をさえぎるようにそう畳み掛けた。
 
   信 じ な い
 
アールは、シオンが死に際に自分にだけ聞こえる声で言った言葉を思い出した。わかってくれてなんかない。シオンは最期まで私を恨み、憎み、死んでいった。
 
「アールは、シオンちんを救ったんだ。俺はそう思ってるよ」
 そう言って笑ったカイは、「勘違いしないでよ」と、アールの頭を撫でた。
「俺がアールのこと恨んでるとか思った? そりゃあシオンちんが死んじゃったのはショックだったよ。組織の人間になってしまったこともショックだった。でもね、俺の中ではシオンちんの死は、もう会えないし話も出来ないから悲しいけど、誰のせいとかじゃないし、さっきも言ったけど、アールがシオンちんを殺したとは思ってない。あのままだったら組織に殺されてた。それを、アールが助けてくれたと思ってる。ほんとだよ?」
 
カイはカメラの電源を入れ、データに入っているシオンの写真を眺めた。
 
「うん……」
 と、アールはカイの優しさを受け止め、涙をぬぐった。
 カイの傷はきっと大きい。それでも、私をかばう。その優しさに背を向けるなんてことは出来ない。
「アールは一目惚れってしたことある?」
「ない……。一目惚れだったの?」
「んー、なんかね、『あ、この子いいなぁ』って思った」
「そう……今まで出会った女の子と違ったんだね」
「いや、『あ、この子いいなぁ』とはよく思う」
「え?」
「アールと初めて会ったときも思った」
「……でもシオンは特別だったんだよね?」
「うん。この子いいなぁって思った後に……あまり仲良くなっちゃダメだと思ったんだ」
「……どうして?」
「未来が見えた。俺に未来を見る力なんて無いのにさ、シオンちんと付き合えても俺旅やめらんないからさぁ、寂しい思いをさせて、不安な思いをさせて、その結果恋愛も旅もうまくいかなくて別れちゃう。そんな未来が見えた気がしたんだ」
「……そう」
 
その人との未来を想像する。その未来が来る可能性を期待して。
その人と長く共に歩む人生を夢見て。
私もよく、おばあちゃんになって縁側でのんびりとお茶を啜っている自分を想像した。そこには必ず白髪になった雪斗がいた。
 
「でもさぁ、どうにかなるかなぁとか思ってる自分もいた」
 と、カイは笑う。
「うん……」
「シオンちんは俺との未来なんて見たことないと思うけどね」
「…………」
 シオンはシドが好きだった。彼女はシドとの未来を想像しただろうか。
 なんでも描ける白紙の未来は、黒く塗りつぶされて消えてなくなってしまった。
「消そうって思いながら、消せずにいるんだ」
 と、カイは液晶画面に映る写真を見遣った。
「写真……? 消すの……?」
「迷ってる。これも大事な思い出だし。でも……」
 カイはシオンの写真の中で一番綺麗に取れた笑顔の写真を眺めた。「複雑」
「……私も見てもいい?」
「うん、もちろん」
 と、カイはカメラを傾けてアールにシオンの写真を見せた。
「これ一番うまく撮れたと思うんだー。後ろの海も綺麗だし」
「え……?」
 と、アールの目が点になる。
「ん? だめ?」
「いや……この写真はなに?」
「なにって、海をバックに撮ったシオンちんの笑顔写真だよ」
「……ちょっと。どういう冗談?」
 と、苦笑いでカイを見遣ると、カイは小首を傾げた。
「冗談……?」
「え、だってこれ……」
 

シオンの写真を見て驚いた。
 
こんなときに冗談を言うなんてって思った。
 
私を笑わそうとしてくれてるのかな、とさえ思った。

 
「だってこれ、シオンじゃないじゃん……」
 

そこには知らない人が写っていたから。
 
はじめて見る女の子が笑顔で写っていたから

 
「え、何言ってんの……? シオンちんだよ、どこからどう見ても……」
 と、カイはデータの写真を見遣り、液晶画面をアールに近づけた。
「違うよ。だって……全然顔違うじゃない」
「えー? ……綺麗に撮り過ぎたかなぁ。じゃあこれは?」
 と、別の写真を表示させた。
「…………」
 アールはぽかんと口を開けたまま硬直した。
 

なぜなら、知らない女の子が自分たちと一緒に写っていたからだ。

 
「アール……?」
 と、カイはカイでアールが冗談を言っているのかと思ったが、顔色がみるみる変わっていくアールを見て嫌な不安を感じた。
「知らない……私、この子知らない」
 と、動揺して立ち上がる。
「なに言ってんの……?」
 と、カイも立ち上がった。
「だって全然……似てない。久美にすっごく似てたのに全然似てない! 別人だよ! 顔が……顔が全然ちがう……」
 

動悸がした。
また倒れるのかと思った。
 
カイが撮った写真の中で、私は久美とは似ても似つかない、見たことも無い女の子と笑い合っていた。
 
ちがう こんなのシオンじゃない
そう思ったんだ。

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©Kamikawa
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