voice of mind - by ルイランノキ |
エスポワール。
アールが飛ばされた別世界の星の名称。たったの九つの大陸にそれぞれの国名が存在する。
現在、国同士の争いは無いものの、人同士の争いは絶えず、争いの種は身近に幾つも転がっている。
「だぁーかぁーらぁー、無駄遣いなんてしてないってばぁ!」
「いいえ、カイさん。僕はこの目で確かに見ましたよ。新しいおもちゃが散らかっていたのを」
「き、気のせいだよぉ。ほら、俺っていっぱいおもちゃ持ってるしぃ」
そう言ってカイは刀を抜くと、辺りをキョロキョロと警戒した。
「そんなことより! この辺りはイトウの出現率が高いから用心しないとねぇ!」
カイの“嘘”は子供でもよく分かる。
「カイさん、話を逸らさないでください」
「いい加減正直に言ったらどーなんだ」
と、シドが会話に割り込んだ。
「え、何言ってるのさぁ……なんのことだろう。あ、イトウの話?」
「とぼけんな。ルヴィエールで無駄遣いしたろ」
「そうなのですか?! カイさん、正直に言ってください!」
「なんで言っちゃうんだよぉ! 秘密にしといてって言ったのにぃ! 馬鹿シドぉ!!」
「はぁ? 秘密にしてくれなんて言われた覚えねぇなぁ」
「しらばっくれるなぁ!!」
カイはシドの背中に飛び乗ると、腕で首を絞めた。
「このやろぉー!!」
「重いんだよてめぇは……」
シドは手を後ろに回してカイの襟元を掴むと、軽々と背負い投げた。
「ぅわぁ?!」
カイは宙返りをしてお尻から地面にたたき落とされた。
「いったぁああぁあぁい!」
「お前のひ弱な力じゃ俺の首も絞めれねぇよ」
「えーん……助けてル……アールぅ」
ルイではなく、アールに助けを求めたカイは膝を曲げて横たわっている。
「お尻が痛くて起きれない……」
「大丈夫……?」
お尻を摩るカイを見て、アールは手を差し出した。
「アールぅ、お尻さすって……?」
「絶対ヤダ。」
「アールさん、カイさんにお金渡したりはしていませんよね?」
と、突然言ったルイの鋭い質問に、アールはギクリとした。
「え……えっと……」
「渡したのですか? 今思えば、あの日カイさんの買物袋の膨らみが……」
「気のせいじゃないかな。それか安いおもちゃ沢山買ったんでしょ? ねぇカイ」
「え、うん。そうなの」
「怪しいですね。なぜアールさんが彼を庇うのか分かりませんが」
「だ、だから気のせいだって……」
と、アールは苦笑いを浮かべた。
庇うつもりはなかったが、つい付いてしまう嘘がある。というかもうカイが『なんで言っちゃうんだよ』と言った時点で完全アウトだと思うのだが。
そうこうとしてる間に、再びイトウが姿を現すと、彼等を標的に捕らえて急降下してきた。鋭いクチバシや爪を突き立てる。
「シド頑張れー!」
と、結界の中でアールとカイが応戦し始めたが、シドはいとも簡単にイトウを仕留めた。
「さすがですね。もう“力”には慣れてきましたか?」
「まぁある程度はな……」
「何の話?」
と、アールが結界から出て訊いた。
ルイは結界を自由に出入り出来るようになったアールを不思議に思いながら、まだカイが入っている結界を外した。
「シドさんが授かった魔力のことですよ。元々魔力を持たない人間に魔力を授けると、その力を身体が受け入れるまでに時間がかかるのです。暫く体力や元々持っていた力など低減されてしまうのです」
「じゃあシドってもっと強いの……?」
「あたりめーだろ。俺がこんな雑魚相手に時間使うわけねーだろが」
「十分強いのになんで魔力を授かったの?」
「……色々あんだよ」
「なにそれまた秘密……?」
「別に秘密にしてるわけじゃねぇよ。知りたきゃルイに訊け」
「僕ですか……?」
アールはルイを見据えた。ルイは目を逸らして困惑したように考え込み、
「ログに着いたらお話します……」
「またログ……?」
「ログ街では話をする時間が沢山ありますから。必ずお話します」
「……わかった」
と、アールは納得いかない表情で頷いた。
「前からもイトウが飛んで来てるよー」
カイが真っ先に気づいて知らせたが、森の奥からも魔物らしき唸り声が聞こえてきた。
「おぉ……なんかピンチだねぇ。ルイ結界張ってください」
「カイさんもたまには戦ってください」
「え、戦ったじゃん。アールを助けたでしょー? 俺の勇姿を見逃したのー?」
「何日前のお話ですか?」
「おい、俺がイトウ相手すっからお前そっちやれ」
と、シドがアールに言った。
「え……でも森の奥から聞こえるけど姿が見えないよ」
と、アールは取りあえず剣を抜いて言った。
「出てきたらヤれっての」
「どんな魔物かわからないのに……?」
「出てきたら分かんだろ」
「そうゆう問題じゃ……?!」
ガサガサガサッ! と草を掻き分けてアールの前へ飛び出して来たのは、モルモートだった。物凄く鼻息が荒い。シドはそれを瞬時に確認すると何も言わずにイトウへと走り出した。
アールは剣を振るったが間に合わず、モルモートに体当たりされ、後ろへ軽々飛ばされてしまった。
「大丈夫ですか?!」
ルイはモルモートを結界で囲み、アールに駆け寄って手を差し延べた。「怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫。って、なんで結界で囲んだの……?」
「アールさんが心配でしたので……一旦休止ということで」
「……なるほど」
アールがルイの手を借りて立ち上がり再び剣を構えると、ルイは結界を外した。バトル再スタートだ。
結界の中で暴れていたモルモートは、また勢いよくアールに突進してゆく。
剣を強く握りしめ、向かってくるモルモートに剣を振るった。
──昔、アクション映画を観ながら思ったのは、私だったら戦えない、ということ。
妄想の中ではいくらでも強くなれるし戦えるけど、現実的に考えたらきっと怯んでしまって、動けなくなるんだろうなって。
でもいざそういう場に出くわすと、生き物としての本能で自分を守ろうとするし、守る為には攻撃だってしかけようとする。
はじめこそ上手くはいかないけれど、慣れてくると段々ともっと試してみたくなってくる。
それはもう、恐怖から来る行動じゃない。
欲だ。
人間の、恐ろしい部分なのかもしれない。
「み、水……」
地べたに座って額から汗を流し、シキンチャク袋から水筒を取り出すと直ぐにがぶ飲みをしたのはアールだった。
「ぷはぁーっ! 生き返っ──ゲホッ! ゴホッ!!」
「大丈夫ですか……? 呼吸が荒い時に一気飲みするからですよ」
と、ルイはアールの背中を摩った。
「ん……大丈夫……はぁ……」
「それにしてもぉ、まさか次から次へとモルモートが出てくるとは思わなかったねぇー」
と、カイも地べたに腰を下ろして水を美味しそうに飲んだ。「ぷはぁ! 確かに生き返るーっ!」
「オメェは死にかけてもねーだろーが」
シドも額に汗を滲ませていた。イトウを仕留めた後、すぐにアールに手を貸したのだ。
「え、俺も頑張ったよー。『危ないー! うしろー! 逃げてー!』って散々叫んだから喉がカラッカラなんだ」
「へぇ……」
と、シドとアールは怒る気にもなれず、ため息をついた。
Thank you... |