voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅23…『生きた証』◆

 
「カイ鼻血頂戴っ!」
 そう言ってアールは聖杯を勢いよくカイの口に押し付け、流れ出る鼻血を聖杯で受け止めた。
「んんッ?! 何すんだよぉー!」
「動かないで!」
「うぅーん……」
 それにしても、カイの鼻血はダラダラと、とめどなく流れ出てくる。
「カイ、もしかして鼻折れてない……?」
「え、折れてるよ多分。痛みからして」
 と、目に涙を溜めてカイは答えた。
 


生き血を聖杯に溜めることに夢中だったからかすぐには気づかなかったが、カイの服が随分と汚れ、顔は傷だらけだ。カイの右手には刀が握られている。
 
「……大丈夫?」
「大丈夫なわけないよぉ……聞いてよ実はさぁ」
「あ、血が溜まった。ありがと!」
 アールは血を溜めた聖杯を持って、鏡の前に立った。
「なんだよぉ! 話を聞いてよぉ。あ、ルイ、俺ねぇ」
 と、ルイに近づいたカイは、ルイに噛み付いている悪魔に気づき、
「──?! ぎゃあああぁあぁあ!!」
 と喚声を上げて尻餅をついた。
「カイ! ルイに噛み付いてる奴やっつけて!」
 アールは振り向いて言うと、聖杯に入れた自分の血を手で掬い、鏡に塗りはじめた。
「無茶言わないでよぉーっ……」
 ルイの顔はみるみる青ざめ、血の気が無くなってゆく。
 
カイはシドに目を遣ると、シドもぐったりと壁に寄り掛かって苦しそうに呼吸をしていた。
状況を漸く察したカイは、刀を悪魔に向けたが、かっこ悪いほど腰が引けていた。
 
「ルイから離れろーっ!」
 そう勢いづいて脅しても、悪魔が素直に指示に従うわけもなく。
 
アールは鏡を覆うように自分の血を塗り終わると、血液はスーッと鏡に吸い込まれていった。
順を追って次はシドの血を同じように塗ってから、カイの血も鏡に塗り始めた。アールの右手は皆の血でベトベトに汚れている。
全員分の血を塗り終えると、鏡の左側にあった燭台の火がより一層炎を燃やした。その瞬間、鏡が一際強い光を放ち、その光は洞窟の中を駆け抜けていった。
 
「うわぁああぁっ?!」
 カイは目を閉じて光から顔を背けた。「まぁーぶしぃー!!」
 
光は一瞬で消え、カイが目を開けると、ルイの体に噛み付いていたオグルは姿を消していた。
 
「おぉ……。あ、アール大丈夫ぅ?」
 と、カイはアールに近づいて肩を叩くと、アールはビクリと体を震わせた。
「カイ? 聖杯に透明な水入ってない?」
「水ぅ?」
 アールが手に持っている聖杯の底に、少しだけ水が溜まっていた。「水入ってるねぇ」
「悪いけどシドとルイに飲ませてくれる? 残った血が悪魔の毒消しに変わったはずだから」
「いいけどなんで俺ぇ? 見れば分かると思うけど俺まだ鼻血止まってないんだよねぇ。ドックドック、ドックドック流れ続けてとどまることを知らない」
「私今、目が見えなくて……」
「えぇ?! なんで?!」
 確かにアールはぼーっと一点を見つめていた。
「さっきの光、まともに目で受けちゃって……」
「わ、わかった」
 
カイは鼻血を袖でそーっと拭うと、アールの手からそーっと聖杯を手に取った。しかし鼻からまた鼻血が流れ出てくる。
 
「えっと……どっちから飲ませればいいんだろう……」
 カイは早く鼻を治してほしいことから、ルイを選び、半分飲ませた。次にシドの口へと流し入れた。
「アールぅ、飲ませたよー」
「2人の様子は?」
 と、アールは鏡の方を向いて立ち尽くしたまま訊いた。
「うーん……」
「だ、大丈夫ですよ……」
 と、ルイが笑顔で少し苦しそうに答えた。
「あ、大丈夫だってぇー。でもシドは……死んだ?」
「死んでねーよッ! ゲホッ! ゲホッ!!」
「死んでなかったけど、しんどそぉ」
「薬は毒を消しただけですから、体力までは……」
 と、ルイがシドの代わりに答えた。「……アールさん?」
「あ、アールはねぇ、強い光を真ん前で浴びちゃって今目が見えないんだってぇ。そんなことより俺の鼻を──」
「大丈夫ですか?!」
 ルイはロッドを杖代わりにして立ち上がるとアールに駆け寄った。
 カイは寂しそうに、恨めしそうにルイを見遣る。
「あのさぁ、俺の方を心配してくれないかなぁ……鼻血止まらないんだけど」
「ルイ、私は大丈夫だからカイを診てあげて」
「あ、はい」
 ルイはカイの鼻をまじまじと見つめ、「折れてますね」
「俺でもわかるよそれくらーい。痛みからして」
「じっとしていてくださいね」
 ルイはカイの鼻にそっと手を添えた。「これくらいなら治せます」
「鼻曲がってたりしないよねぇ……?」
「大丈夫ですよ」
 
アールは視界が真っ白い中、なぜ悪魔を封じ込める方法を知っていたのだろうと考えていた。鏡に映っていた人々を見て、初めて目にした気がしなかった。
 
「アールぅ! 鼻血止まったぁ見て!」
「見えないんだってば……」
「シドさん、立てますか……?」
 と、ルイが心配する。「聖なる泉の水でよければまだ残っていますので飲んでください」
「あぁ……」
「そういえばカイさんはどうしてここへ……?」
 と、ルイはシドに泉の水を渡しながら言った。
「あ、やっと聞いてくれるぅ? みんな遅いから結界が切れたんだよぉ。それで仕方なく来たってわけぇ……。怖かったんだからぁ。モンスターに追いかけられて逃げてたら木に顔面からぶつかってさぁ……」
「それは大変でしたね……」
「大変でしたよぉ。傷テープちょーだい」
「あ、はい」
 ルイはシキンチャク袋から傷テープを取り出そうとしたが、
「あっ!?」
 と、突然アールが声を上げたので
「どうしました?!」
 と、ルイはカイに傷テープを渡さずにアールに駆け寄った。
「そういえばカイのシキンチャク袋は……?」
「あ"ーっ?! ホントだよぉ! イトウもいないじゃーん!!」
 カイが半泣きでそう言うと、
「それならとっくに奪い返した」
 と、シドが答え、ポケットからカイのシキンチャク袋を取り出した。
「わぁーん! ありがとシドぉおぉ!」
 そう言ってカイは懲りずにシドに抱き着いた。「大好きーっ!」
「いってぇな! 怪我してんだよ離れろ! 気持ちわりぃ!」
「ねぇルイ、まだ視界が白いんだけど……大丈夫だよね?」
「えぇ。今治します」
「あ……うん。ごめんね。イトウって洞窟にいなかったよね?」
 アールの問いに、シドが答えた。
「イトウはここに逃げ込んで俺が仕留めようとしたら暴れやがって、その鏡を壊したあと、外へ逃げやがった。シキンチャクはそのとき落としたらしい。俺は拾っただけだ」
 それを聞いていたカイがため息をついた。
「え、じゃあそれで厄介なことに巻き込まれてアールとルイと俺を危険な目に合わせたのぉ?」
「テメェを危険な目に合わせた覚えはねぇがなッ!」
「お二人さん、落ち着いてください。アールさんの目も治しましたし、そろそろ行きましょう」
「ルイ傷テープはぁ?」
「あっ、すみません……」
 と、ルイは慌ててシキンチャク袋から傷テープを取り出してカイに渡した。
 
カイが祭られている鏡を見ながら傷テープを顔に貼っている間、一同はその場に腰を下ろしてつかの間の休息をとることにした。
 
「ねぇルイ、結局ここはなんだったの? それに悪魔って……」
 アールは湿らせたタオルで汚れた手を拭きながら訊いた。
「ここはイスラ奉安窟と言って、古くに言い伝えられていた慣わしなのですが……」
 そう言うとルイは口をごもした。
「ルイ……?」
「この髑髏は……」
 ルイは立ち上がり、祭壇の前に立った。
「かつて魔導士だった者達です。僕達がまだ生まれる大分昔の話ですが、一時期、魔導士達は世間から忌み嫌われていました。──以前アールさんに軽く話しましたが、この世界を手に入れようとした男と、魔導士は同士であるとされ、村人達に命を狙われたそうです」
 それは魔女狩りのような話だった。
「え、じゃあこの髑髏は殺された魔導士なのぉ……?」
 と、絆創膏を貼り終えたカイが訊いた。
「えぇ。彼等は魔導士であることを隠して生きていましたが、魔導士だと気づかれると村から追い出されたり、邪険に扱われたりと肩身の狭い思いをしていたと聞きます。その為、村から離れて人目のつかない場所で生活をしている人が大半だったそうです。勿論、生きたまま焼き殺された魔導士もいるようで」
「生きたままぁ?! ひどいなぁ……」
「有名な話だろ。なんでテメェは知らねんだよ」
 と、シド。
「そうゆう話には疎くてさぁ……」
「ここにある髑髏は、魔導士ほど忌避されていなかった魔術師の手によって祭られたものです。昔はまだ明確ではない魔術が多く、それでも信じて止まなかった魔術師達が、同じ魔力を授かった彼等の無念さを悼み、せめて安らかに眠れるよう、このような形で祭ったのでしょう。死者を守らせるオグルを呼び起こす為に必要な物が、死者の人数分の生き血と、同じ数の灯火、彼等が大切にしていたもの、若しくは身につけていた物でしょうね。ここで眠る魂の邪魔をするものは容赦なく悪魔に命を狙われる……。今回は悪魔を封じていた鏡をイトウが割ってしまってこんなことになってしまいましたが」
「ドクロが赤く塗られてるのはなんでぇ?」
 と、カイは祭壇に並べられている頭骨を見ながら訊いた。
「血を意味し、生きた証。僕の祖父も何処かに祭られているようですが、親族である僕でさえその場所は教えてはもらえませんでした」
 
アールは祭壇を眺めながら、この世界の歴史をまたひとつ、記憶に留めた。
遥か昔の出来事を、過ぎてしまった今も尚語り継がれる理由は、亡くなった者達の念いを忘れない為なのか、過去は過去でも切り離すことの出来ない現実だからなのか、また同じ過ちを繰り返さない為なのか、きっと様々な理由がある。
今を生きているのだから過去を振り返らないのではなく、今をちゃんと生きる為に過去を振り返らなければならないときもあるのだと、アールは思った。
 
過去は、今を作り上げ、決して崩すことの出来ない、今を支える土台だ。
 
 

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©Kamikawa
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