voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅22…『知っている』

 
崩れていた洞窟の入口は、元の姿を取り戻していた。起き上がる力がなく地面に横たわったままのルイは、辛うじて意識だけはあった。
 
「アールさん……その力は……」
「シド捜してくる!」
 
アールは洞窟の中へと急いだが、奥からシドの怒鳴り声が聞こえ、思わず足を止めた。
 
「しつけぇーんだよ! うぉらぁあああぁあぁ!!」
 
アールはシドが生きていることを知り、一先ずルイの元へと戻った。
 
「アールさん……?」
「回復薬がまだあるかもしれないからちょっと待って……」
 そう言うと、シキンチャク袋から回復薬を探した。「シドはまだ大丈夫そうだし」
「僕のことは……いいですから……」
「何言ってんの。今魔物が現れたらルイが危険だよ。それにシド、魔物と戦ってるみたいだし、出来れば回復してもらって一緒にシドの元へ行きたいんだけど……」
 と、アールが言うと、ルイは虚ろな目で微笑んだ。
「私なにか変なこと言った……?」
 そう言いながらアールはシキンチャク袋から薬をひとつずつ取り出した。
「いえ……やっと頼ってくれたので」
「え?」
「あ、それは万能回復薬ですね……」
「どれ? これかな?」
 と、アールはルイの視線を辿って透明な液体が入っている小さな瓶を手に取った。
「えぇ。でもそれは高価なものなので……」
「使うの勿体ないとか言わないでよ? こんなときに。これは飲み薬だよね?」
「勿体ないですよ……ここぞという大事な時に……使うべきです……」
「それは今だよ」
 
アールは力無くグッタリと横たわっていたルイを抱き起こすと、瓶の蓋を開けてルイの口元へと運んだ。
 
「こぼさないでね、それこそ勿体ないから」
 
上半身をアールに抱き起こされたルイは、必死に支えようとするアールの小さな体に母親のような温かさを感じた。
一滴も零さないように万能回復薬を飲み干すと、体力も魔力も回復するのが分かった。ルイは直ぐに立ち上がり、額の汗を拭った。
 
「ありがとうございます」
 と、アールに深々と頭を下げる。
「大袈裟だよ……。それにお礼を言うなら薬に言って」
 と、アールは笑いながら言った。「行けそう……?」
「勿論です」
 
2人は足速にシドの元へと向かった。
 
 
シドは2匹の真っ黒い魔物と向き合っていた。その魔物は小柄だが、蝙蝠の羽を持った人型であり、典型的な悪魔の姿をしている。シドの刀を軽々と交わし、彼に攻撃的だ。
 
洞窟の突き当たりには大きな鏡が斜めに立て掛けてある。だがその鏡は無残に割れて地面に散らばっていた。その右隣りには細かな刺繍が施された赤い布を敷いた祭壇のようなものが置かれ、赤い塗料で塗られた白骨化した人間の頭が3体並べられている。手前には聖杯も3つ並べられ、周囲には金のペンダントや指輪などが隙間なく置かれていた。
鏡の左隣りには背の高い燭台が三つ並べられ、火が燈されている。
 
「くっそ……逃げるわけにはいかねぇしな……」
 シドが汗を拭ったその時、
「シドーッ!」
 と、アールの声がした。
 
思わず入口の方へ目を向けたシドに、魔物は襲い掛かる──
 
「シドさんッ!」
 駆け付けた2人の目に映ったのは、血だらけになってフラついているシドの姿だった。
「なにこの魔物……悪魔みたい……」
 
バサバサと翼を羽ばたかせている魔物は、アールと目が合うと躊躇うことなく襲いかかってきた。アールは予め抜いていた剣を振るうが交わされるばかりで掠りもしない。
 
「包囲結界!」
 と、ルイがロッドを翳して叫ぶと、二匹の魔物は結界に囲まれた。しかし、魔物達はスルリと結界を抜けてしまった。
「……やはり“悪魔”には効きませんね」
「え……悪魔?! やっぱり悪魔なの?!」
 アールは驚いて声を上げた。
 
一瞬の隙をついて悪魔は彼女の肩に噛み付こうとしたが、ルイがロッドで追い払った。
 
「彼らは“オグル”と言う悪魔です。悪魔にも位がありますが、彼らは一番下の──」
「悪魔って……あの悪魔?!」
「あの悪魔ってどの悪魔だよッ!」
 と、息を切らしながらもシドがつっこむ。「こいつ等どうすりゃいいんだよッ! 全く攻撃が当たらねぇじゃねーか!」
「オグルを封じていた力がッ──」
 ルイはロッドを振りながら説明する。「洞窟に近づいたときに魔力を感じました。洞窟を守る力かと思っていましたがっ……オグルを封じていた力のようです!」
「んな説明は今どーでもいい! どうすりゃいいのか言えッ!」
「それが分かればこんなに苦戦していません!」
 
アールは頭上から攻撃してくるオグルを必死に交わして洞窟の奥へ逃げ込むと、足元でパキッと何かが割れる音がした。鏡の破片だ。しゃがみ込むと、鏡に自分の姿が映っている。何気なく拾い上げると、ふと懐かしい感覚が過ぎった。
 
 なんだろう……。
 
アールが鏡を見つめている間、シドとルイはオグルと戦っていた。
 
「なにやってんだテメェ! お前も戦えクソ女ッ! 休んでんじゃねーよ!」
「いや、なんか……私知ってる気がして……。悪魔を封じ込める方法」
「はぁ?!」
「アールさん! お願いします!!」
「お願いしますって言われても……知ってる気がするだけで……」
「いいからやれッ!」
 と、シドがやけくそで叫んだ、
 
アールは感じるがままに割れた鏡を拾い集めると、立て掛けてある鏡の枠にパズルのように嵌め込んていった。時折鏡の端で指を切ってしまい、嵌め込まれた鏡はアールの血で赤く汚れている。
全て嵌め込むと、割れて出来た隙間がスーッと消えてすべてのパーツが繋がった。鏡はキラリと光り、割れる前の姿に戻った。だが、それ以降はなんの変化も起きない。
 
体力が薄れているシドがふらつくと、オグルはシドに爪を立てて皮膚を削った。
 
「ッ?! だぁぁあぁウゼェ!!」
 
洞窟の中では下手に暴れることが出来ない。また崩れてしまっては元も子もない。
シドは、体に痺れを感じていた。オグルの毒がジワジワと身体の動きを止めようとしているのだ。
ルイは思考をめぐらせた。防壁結界を張れば洞窟の崩れを防ぐことは出来るが、攻撃魔法で仕留めるのは危険だった。この狭い場所で攻撃魔法を使えばアールやシドにまで危害が及ぶ可能性が高い。今のシドに魔力を使わず戦わせるにも限界がある……。
ルイはアールに賭けるしかなかった。
 
アールは鏡を見つめていた。何かが足りない気がする。鏡の周囲を見回すと、また“知っている”感覚が彼女に語りかけてきた。
 
「赤い3つの髑髏に3つの聖杯……」
 
鏡の中から人の気配がして目を凝らしてみると、薄汚れた白い髑髏を抱き抱えた人々が映っていた。
 
 なにこれ……この視点は……。燭台の前?
 
人々は髑髏を赤く塗り、“祭壇”へと並べている。鏡の前で横並びに正座をし、目の前に聖杯を置き、胸元から短剣を取り出した。そして……
 
「血だ……生き血!」
 
アールは祭壇に置かれている聖杯をひとつ手に取り、鏡の前に置いた。鏡に見せ付けるように自分の剣を腕に添えた。ぎゅっと目を閉じて、腕を斬った。じわじわと痛みが脈打ち、血が流れ出る。聖杯を逆の手に持ち、傷口に近づけると数滴の血がポタポタと聖杯へ落ちたが、足りないと思ったアールは一旦聖杯を地面に置き、斬った腕をもう片方の手でグッと掴んで血を絞り出した。痛みで顔が歪む。
 
「よし……。あと2人。シド! あと2人の生き血が必要なんだけど!!」
 そう言うと祭壇からもうひとつの聖杯を手に取った。
「俺の血を使え! って言いたいとこだがそれどころじゃねぇ!!」
 
シドは刀を両手で持ち、苦戦していた。刀を片手で握る力もないのだ。彼の体を支える足は力無く震えていた。
 
「シドさんっ“バングル”を外して頂けませんか」
「それは外さねぇ約束だろ!」
「でもっ……わかりました」
 ルイは少し考えてから意を決して動きを止めた。すると直ぐにオグルが襲いかかってきた。それを逆手にとってわざと腕を噛ませた。
「何してんだっ!」
「そ……そっちのオグルも僕の方へ! 噛み付かせて引き付けておきますからそのうちに聖杯に血を──」
「くそッ!」
 シドに迷っている時間はなかった。
 
力いっぱい刀を振い、ルイの方へとオグルを促した。2匹のオグルはルイに噛み付いて毒を流し入れる。
 
「聖杯持ってこい!」
 
シドに言われ、アールは慌ててシドに駆け寄った。シドはためらうことなく自分の刀で腕を斬り、流れ出た血を聖杯へ。
 
「あと1人……」
「僕の血を……シドさんお願いします……」
 ルイは悪魔に噛み付かれたまま、壁に寄り掛かるとガクリと尻をついた。「毒が回った血でも大丈夫なら……」
「生き血なら問題ないと思うけど……」
 アールはそう言うと、気まずそうに最後の聖杯を持ってきた。
 
シドは力を振って自分の血を払ってからルイに近づき、彼の腕に刃を向けた。
 
「ま、待ってよ! 斬るの?!」
 思わずアールがシドの服を掴んで止めてしまう。
「俺がやるしかねぇだろ。別に斬り落とすわけじゃねんだから下がってろ!」
 
そう言ってルイの腕を斬ろうとした時、洞窟の入口の方からバタバタと足音が近づいてきた。
 
「次はなんだよッ?!」
 シドが苛立って叫ぶと、バタバタと走ってきたのは──
「わぁああぁん! シドぉー! アールイぃぃいぃ!」
 アールとルイの名前を一括りにして呼んだ情けない表情のカイだった。何故か鼻血を出している。
「カイ!!」
 シドとアールは声を合わせた。
 
駆け寄って来るカイを見て真っ先に2人は思った。ナイス鼻血!と。
 
 

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