voice of mind - by ルイランノキ


 ゲーム王国2-2…『障害物競走』 ◆

 
「ぼえぇぇぇぇ……」
 
泥が混じった汚物を吐き出したのはカイだった。その姿が巨大スクリーンに映し出されると食事をしていた客たちから一斉にブーイングが起きた。カイは全身泥だらけでふらふらと立ち上がると、泥池から抜け出そうとしている女性の参加者に手を差し伸べた。
 
「お手をどーぞ」
 吐いたあとだがその笑顔はルイに負けじと爽やかだ。
「敵を助けてどうすんの!」
 と、アールが叫ぶ。
「僕が行きます」
 と、ルイが茣蓙から下りてカイの元に駆け寄った。
「カイさん! チェンジです!」
  
カイとハイタッチをしたルイの手が泥で汚れたが、ルイは顔色ひとつ変えずに走り出した。
 
「お邪魔します」
 カイが茣蓙に上がろうとしたが、アールが「ちょいまち!」と叫んだ。
「カイは一番後ろの隅にいて。汚れるから」
「ひどい! それが頑張ったハンサムに対する態度なの?!」
「ルイがんばれー!!」
 と、アールはもうルイしか見ていない。
「お疲れさん」
 アールの代わりにそう言ったのはベンだった。
「男に言われても疲れ吹っ飛ばないよ」
 カイは茣蓙の隅に胡坐をかいて座った。
 
ルイは先頭を走るチームとの距離を縮めながら次の障害物へと向かっていく。暫く走り続けていると、障害物出現エリアに入った。そしてルイを待っていたのは50メートル深く掘られた大きな穴の上に張られた5本のロープだった。
 
「綱渡り……」
 
バランス力が試される。穴の底を覗き込むと、ゼリー状の液体が溜まっていた。一体あれはなんなのか。ルイが躊躇している間にロープを渡り始めている2チームがいた。どちらも男で、片方は手馴れたようにすたすたと渡ってゆく一方で、もうひとりは勢いだけはよかったものの、4歩進んだところで片足を踏み外した。ロープにしがみ付くようにぶら下がったその姿はなまけもののようで決してはかっこいいとは言えない。
 
「クラウンかジョーカーがいたら簡単に渡りそうなのに」
 と、アールは呟いた。元第十部隊、サンジュサーカス団だ。
 
ルイが意を決して渡ろうとしたとき、ポンと誰かの手が肩を叩いた。
 
「ヴァイスさん……」
 
アールはその様子を見ていつの間に移動したんだろうと思った。そして、元サーカス団などいなくてもヴァイスなら渡れると核心し、笑みをこぼした。第1ステージで電流が流れているワイヤーの上を飛ぶように渡ったばかりだ。
ルイがコースから出ると、ヴァイスは50メートルあるロープの距離を3回ジャンプで渡り切った。茣蓙に乗らなかったルイはヴァイスの名前を叫び、すぐにまた選手交代して走り始めた。
 
「ルイかっこいい!」
 と、アール。「がんばれー!」
「ヴァイスも気が利くね」
 戻ってきたヴァイスに声をかけた。
「いや」
「生ぬるいゲームだな」
 と、ベンは言った。その隣ではシドも退屈そうにしている。
 
次に差し掛かった障害物は、高さ10メートルある壁だった。
 
「ただの壁? ルイ越えられるのかな……」
 アールが不安な眼差しを向ける先で、ルイは障害物を確認すると走るスピードを上げた。
 
壁はレンガで出来ており、ところどころ歪んで積み上げられているため、1番前を走っていた男は壁の前で立ち止まると手の指を引っ掛けてよじ登り始めた。ほとんど手の力だけで上っていく。その一方でルイは左足を踏み込み、高らかと飛び上がった。右足のつま先を壁の出っ張りに引っ掛けるようにして3段階ジャンプをし、軽々と壁の上に立った。
 
「わーかっこいい!!」
 これにはアールも目を輝かせたが、メイン広場で実況を見ている観覧客たちも一斉に歓声を上げた。
 
シドは鼻でふんと笑った。シドなら2段階で飛び越えられる。
 
「ねぇヴァイスん、俺が泥池に潜ったときもアール叫んでた? 『カイかっこいい!』って」
「いや。」
「あんな壁、俺でも上れるのにぃ」
 と、頬を膨らましたカイの顔は泥が乾いてカピカピになっている。
 

 
ルイは壁から飛び降りて先頭に立った。そして再び走り始める。魔道具、ロッドが使えないとなると、自分に出来ることは少ないだろう。せめて走れる距離は走ろうと思った。
そんなルイに待ち受けていた次の障害物はコース上に作られた迷路だった。コースの横を茣蓙で走っているアールたちには大きなボックスがそこにあるようにしか見えない。ボックスへの入り口には《スタート》と書かれた紙が貼られており、5チームの内3チームの選手が入ってゆく。
 
「あれはなに? あの中どうなってるの?」
 アールは茣蓙の上で立ち上がってみたが、壁が高くて内部は見えない。
 
メイン広場のスクリーンには迷路の内部が上空のカメラにて映し出されていた。広狭魔法によって外観から見た大きさよりも3倍はある。吸い込まれるように入ってきた3チームがゴールまでの道を探っている。
アールたちはゴール側の出口付近で待機だ。
 
ルイは頭の中で迷路の地図を作りながら慎重にゴールを目指した。他の2チームは頭で考えるよりは目の前にある道を進んで行き止まりなら戻って、とにかく道がある方へと進む。
第2ステージに参加しているチームの内、1チームは5人いたが、綱渡りの段階で仲間の1人が穴に落ち、強い粘着力のある液体に足を取られてしまい、動けるのは4人に減っていた。4人の内の1人が綱を渡り、次の障害物、壁を乗り越えている最中だ。そしてまだ迷路に到達していないもう1チームはアールが第1ステージで鳥かごの鍵を渡した女性がいる幼馴染チーム。彼女を含めて3人しかいないが、率先して綱を渡ろうとした男性陣が次々と落ちてしまい、彼女だけが残されてしまった。綱を渡る勇気もなく、今もまだ綱の前で立ち往生している。
 
ルイは一先ず左端から右端までの距離を調べ、この迷路の幅を頭に叩き込んだ。そしてわき道に入って行ったチームが戻ってくるのを見ると向こうへつづく道は行き止まりであることも頭に入れて進んでゆく。
 
「あの中どうなってるの?」
 と、中がわからないアールはもう一度呟いた。
「迷路かなんかじゃなーい?」
 と、カイはまだ茣蓙の隅に座っている。
「そっか。危険じゃないならいいや」
 中が見えないというのは不安を煽る。
「ルイがんばれーッ!」
 と、叫んでみた。
 
その声は出口を探しているルイの耳に届いた。アールの声に笑みを浮かべ、焦らず確実にゴールへと向かう。
そして、迷路から真っ先に出てきたのは2人しかいないチームの男だった。無精ひげを生やしているが30代前半くらいで鍛え上げられた腕を振るいながら次の障害物へ向かう。
 
「ジーン! 大丈夫かー?」
 と、仲間の男が声をかけると、コースを走っている男は軽く手を上げて余裕を見せた。
 
「あの二人凄い。二人しかいないってことは第1ステージはひとりで鍵を探したってことだよね」
「…………」
 無言で眉間にシワを深く刻んだのはシドだった。
 
こんなおままごとのようなゲームに大人数で参加する意味がわからない。むしろ人数が少ないほうがスムーズにことが進むってもんだ。
 

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©Kamikawa
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