voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅21…『諦めない心』

 
ルイが洞窟の入口を囲むようにいくつもの魔法円を描いている最中、また地響きがした。振動がアールの鼓動を速めた。
 
「今の何……?」
 と、アールは思わず口にする。
「シドさんが危険です」
「え? シドはどこにいるの?」
「この岩の奥……洞窟の中です。もうすぐ魔法円が完成します」
 そう言ってルイは額に汗を滲ませながら手を速めた。
「なんの魔法円……?」
「壊れたものを修復する魔法です。──ただ、“今の僕”には例え描き終えても魔法を発動させる力があるかどうか分かりません。修復魔法は本来禁止されているもので、この魔法を使うのは初めてです」
「……大丈夫なの?」
「祈っていてください。不安を煽るようですが、上手くいかなければ僕の魔力は無駄に全部使い切ってしまうことになります」
 
アールは、なるべく成功することだけを考えた。きっと大丈夫。ルイならやってくれる。
 
「完成しました」
 そう言ってルイは、目を閉じて精神を集中させた。「これから始めます。話し掛けないでください」
「うん……」
 
ルイは大きくゆっくりと深呼吸をした。周囲に不自然な風が吹きはじめ、木々が葉を擦り合わせながら揺れる。アールは酷い緊迫感に胸が押し潰されそうだった。
より一層風が強くなると、ルイがスペルを唱え始めた。すると、アールは体に異変を感じた。痺れたときのようなピリピリとした感覚が足元から全身へと広がってゆく。
ルイが最後のスペルを唱えると、地面に描かれた魔法円が光を放った。竜巻のような強風が吹き荒れ、木々はしなりながらパキパキと音を鳴らす。皮膚が剥がれそうな痛みがアールを襲ったかと思うと、数秒ほどで風は止み、痛みは引き、光を放っていた魔法円は静かに消えてしまった。
ルイは、力なく地面へと倒れ込んだ。
 
「ルイ!」
 アールは直ぐにルイに駆け寄った。ルイが握っていたロッドにピキッとヒビが入るのを見た。
「ルイ……大丈夫?!」
 
ルイは力が入らない体を無理矢理起こし、拳を地面へと叩き付けた。荒い呼吸を繰り返しながら、何度も何度も地面に叩き付け、彼の拳には血が滲んでいた。
 
「やめてルイ!」
 アールが叫んでも止めない彼の左手を、アールは庇うように両手で握った。「ルイ落ち着いてよ!!」
「僕は……僕は……ッ」
 苦悶に満ちた声でそう繰り返すルイを見て、アールは彼の悔しさが痛いほど分かった。
 
アールはシキンチャク袋からタオルを取り出し、血が滲んでいるルイの左手に巻き付けた。それから岩の前に移動して、膝をついた。
 
「アールさん……?」
 
アールはルイに背を向けて何かをしはじめた。ルイからは見えなかった。声を掛けても振り返ることなく一心不乱に腕を動かしているアールの元へ、地面を這うようにして近づいた。アールは必死になって岩を退かそうとしていた。
 
「アールさん……無理ですよ……」
 
それでもアールは手を止めなかった。大きな岩が無理ならと、小さな岩や石を手で掻き出し始め、手袋をしていないアールの手には擦り傷が出来、爪が割れて血が滲んでいった。
 
「アールさん……」
「隙間が出来たら剣を使ってテコの原理で岩を動かせるかもしれない。一ヶ所でも退かせたら助けに入れるかもしれない。だってシドはまだ生きてるはずだから……」
 
アールは痛みに顔を歪めながらガリガリと大きな岩の隙間の石や砂を掻き出していった。
ルイにはアールを止める力も、アールの代わりに自分がその役目を請け負う力ももう残ってはいなかった。悔しさの余り、また左手を地面に殴り当てそうになったが、アールが巻いてくれたタオルが彼の手を優しく包んでいた。
 
アールは立ち上がると剣を抜いた。掘った隙間に剣を差し込み、全体重を乗せるがびくともしない。
 
「ダメだ……なんでよ……」
 
何度も繰り返し体重を乗せる。石を動かすには彼女の体重では足りなかった。
 
「もうなんでよ! シドを助けなきゃいけないのに! 動いてよッ!」
 
悔しくて流れ出そうな涙を、アールは汚れた裾で拭った。剣を使ってより深く隙間を作ろうとしたが、思うようにいかない。
 
「あ"ぁもうッ!!」
 
アールは自分の無力さに苛立って大声を張り上げた。すると剣を握りしめていた手に振動を感じた。──あの時と同じだ……。剣が心臓のように波打っている。
 
 
  我を突き立てよ
 
「え……?」
 
 我を突き立てよ 力を貸してやろう
 
「この声……」
 
アールは突然聞こえてきたその声に戸惑ったが、その声に応えるように強く剣を握り、刃を下に向けて両手で持ち直した。そして、力の限り地面へと突き立てた──
 
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「……アール大丈夫かなぁ」
 
その頃、カイは心配している言葉を零していたが、結界の中でごろ寝をしていた。
 
「まぁ、選ばれし者だし、こんなことで死んじゃったりしないかぁー」
 
アール達が今どんな状況にいるのか知るよしもなく、カイは大きな欠伸をして空を見上げた。だが、発作のように彼の心に突然不安が襲い、勢いよく体を起こした。
 
「なにやってんだろ俺……忘れたわけじゃないのに……“あいつ”のこと……」
 そう呟くと、ギリギリと痛む胸を押さえた。
 
カイはアールから『カイも来てよ』と言われたとき、行こうとしなかったことを後悔していた。行こうと決めても結界からは出られなかっただろうが、これは気持ちの問題だ。
自分が1人になりたくないから彼女を引きとめようとした。彼女を1人で行かせることが心配で、じゃない。自分のことが心配で引きとめようとしたのだ。そんな自分に自己嫌悪を抱いていると、アール達が入って行った森の奥から強い光が射し込んで来た。
 
「うわっ?! 今度はなに?!」
 
アールを本気で心配していたカイだったが、直ぐにまた1人ぼっちの心細さからオロオロし始めていた。
 
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森の奥からカイの待つ場所まで放たれた強い光。それは、アールが突き立てた剣が放った光だった。崩れた洞窟が時間を巻き戻しているかの如くまたたく間に元の姿へと戻っていく。
アールはこの剣に宿る魂の存在をしかと感じ取っていた。
 
──クロエ。ますますあなたのことが知りたくなった。
 
 

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©Kamikawa
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