voice of mind - by ルイランノキ


 ゲーム王国18…『なにもの』

 
カイの鼻の下が伸びきっていた。
あのあと、カイはアールに頼まれて残っている鍵をひとつ、捕らわれている女性に向かって投げたのである。カイの命中率と物を遠くまで投げる腕力は誰にも負けないくらい十二分にあった。鍵を受け取ったのはアールに「信じちゃだめ!」と叫んだ女性だった。とりあえずお礼に鍵だけは開けた、という感じだ。その後、カイはアールに褒められ、感謝され、鼻の下が伸びきったというわけである。
 
第一ステージが行われている会場に戻ってきたアールたちは、受け付けで自分の荷物を返してもらい、残り時間は自由に過ごして時間を潰すことになった。同じく第一ステージをクリアしたチームが今も必死に鍵の取り合いをしている人を見て滑稽に笑っていたり、次のステージではなにが行われるのか情報が全くないため、極力動かないようにして体を休めている者がいた。
 
「アールみたいにお節介な人はいないねぇ」
 と、カイ。
「どういう意味?」
 
一向は池から少し離れ、木陰に腰を下ろしていた。
 
「ぬいぐるみに入ってた鍵、隠せばよかったのにわかりやすいところに置いてくるなんて」
「……後から後悔したよ。赤い池は温泉程度まで温度下がったし、池に落とされても死にはしないだろうから見てみぬふりでもよかったけど……ついね」
「アールさんのそういうところ、好きですよ」
 と、ルイ。
「俺はもっと好き!」
 と、カイが慌てて言った。「俺の方がもっと好き!」
「私は……いい人ぶってるみたいで自分のこと好きになれない。偽善者っていうのかな」
「ぎぜんしゃ?」
 と、カイは小首をかしげた。
「偽善者の定義ってなんでしょうね。偽善者を悪いイメージとして一括りにするのは違うと思いますよ。それにアールさんが行ったのは単なる優しさです」
「俺もそー思う!」
「ありがと」
 と、笑顔を見せた。
 
シドがこの場にいたら鼻で笑っていたことだろう。シドは一同から距離をとっていた。それはベンも同じだった。
 
第一ステージ終了のサイレンが鳴り、参加者達は会場の一角に集められた。第一ステージをクリアできなかったチームの腕から参加を示すバンドが外される。クリアしたのはアール達を含めてたったの5チームだった。それだけ鍵の数も少なかったのだと思われる。
 
「戦う相手が4チームしかいないなら敵チーム把握できるね」
 と、アール。
 
一向は誘導係に連れられて第二ステージへと歩いて向かう。
 
「えぇ。それぞれチームの数は7人、3人、2人、5人。僕らは6人とスーさん。この人数が吉と出るか凶と出るか、気になるところですね」
 
一気に5チームに減ったことで、互いに意識が強くなっていた。第二ステージへ向いながら、ちらちらと敵チームを盗み見ては“職業”や身なりをチェックする。
 
「あのっ」
 と、アールの元へ後ろから駆け寄ってきた女性がいた。
「あ、あの時の」
「はい、ありがとうございました!」
 
アールが鍵を渡した女性だった。第一ステージをクリア出来たらしい。彼女がいるチームメンバーは彼女を入れて3人。2人は若い男だった。
 
「こちらこそ。警告してくれて助かりました」
「いえ……私はああいう、人を騙そうとする人が嫌いなんです」
「それは私も」
 と、苦笑して、ハッと思い出した。「あ、でも私午前中のゲームで騙しました」
「そうなんですか?」
「私たちが見つけた宝を横取りしようとしたから……」
「それなら仕方ないですよ」
 と、彼女も笑う。「お互い様です」
「ならよかった。そちらはなんの商品を狙ってるんですか? あ、無理には訊かないけど……」
「私のチームは何を狙ってるとかないの。毎月参加するのが恒例になってて。溜まったポイントと商品リストを照らし合わせてなにに変えようか後で考えるの」
「へぇ、毎月ですか」
「私たちは幼馴染なの。本当はもう一人いたんだけど、難病にかかってしまって今は別の国で治療してる。ポイントをお金に換えられるんなら換えて援助として送りたいんだけどお金には出来ないって言うから、毎月参加してポイント溜めて、その子に連絡してポイント内で欲しいものを聞いて、プレゼントしてるの」
「優しいんですね。少しでも早くよくなるといいですね」
 と、アールが言うと、後ろから彼女の仲間のひとりが会話に入ってきた。
「金のプレートって本物の金なのか?」
 そう言いながら。
「金のプレート?」
 と、彼女。
「商品リストに書いてあったろ? 金のプレート。あれ本物の金なら、金に換えられるんじゃないのか?」
 
──あ……やばい。
と、アールは思ってしまった。金のプレートを狙われては困る。そう思ってしまった自分に、嫌気がさした。相手は人の命を抱えてる。その命を助けるためにお金を必要としているのに。
 
「あんた何か知ってるか?」
 と、尋ねられたアールは少し動揺した。
「あ……多分、本物かもしれないけど、保障はないです……」
「そっか。どうする? でもあんなもの、偽物だったら誰が狙うんだ? 必要なポイント数を見ても本物だと思わないか?」
「そうよね、金のプレート……何位を狙えば足りる?」
「午前中に稼いだポイントと第一ステージのポイントを足して……」
 
アールは前を向いて仲間の後ろをついて歩きながら、彼らの話に耳を傾けていた。どうか足りませんようにと、願っている自分がいた。いつからこんなにも性格がひねくれてしまったんだろう。
 
「駄目だ。どうやったって足りない」
「そっか……」
「追加ポイントとかあればいいのにな」
「一応、金のプレート狙いで行きましょ」
「そうだな」
「──あなたは? あなたのチームは何を狙っているの?」
 と、彼女は笑顔でアールに訊いた。
「あ……実は私たちも金のプレートなの」
「……そう」
 急に表情が曇る。「どうして?」
「えっと……人から頼まれてて」
「そうなの……じゃあ譲ってもらうわけにはいかないわね」
「すみません……」
 
彼女は「ううん」と笑顔で言うと、仲間の男と共に元の位置へ戻って行った。
アールは複雑な思いにかられていた。あの子は私に対して冷たい人だと思っただろうか。仲間が難病だと知っていて譲らないなんて、と。
 
「…………」
 
私はやっぱり、他人からどう思われているのか気にしてる。
でもそれは昔からだ。嫌われないようにしてる。防衛本能として。
 
「大丈夫か?」
 と、斜め後ろにいたヴァイスが声をかけて来た。
「……ヴァイスこそ」
「…………」
「鳥かごの中、熱かったでしょ?」
「問題ない」
「……うん」
 
破れていた革の手袋はいつのまにか予備の手袋に変わっていた。ロングコートの裾が歩くたびに靡いている。
 
「ヴァイスはさ」
 

なんであの時あんなことを聞いたんだろうって、あとから思った。
ほぼ無意識に近かったんだと思う。

 
「何者だと思う?」
 

なぜ突然あんなことを訊いたのか、
今も答えはない。

 
「なにがだ」
 

ただ多分、今思うのは

 
「わたし。」
 

自分が嫌になったから。
私ってなんなんだろうって思ったから。
だからただなんとなくだったんだと思う。
 
それなのに私がした質問は、
他の仲間も振り返るほど意味深だった。

 
「……あ」
 

ルイも、カイも、ヴァイスも、そしてシドもベンも足を止めたのを見て、我に返った。自分はなにを訊いているんだろうと。

 
「ごめん、ただなんとなく訊いただけ……」
 

慌ててそう言うと、仲間たちは自分たちも思わず立ち止まってしまったことを大げさな反応だったと思ったのか慌てて誤魔化すように笑って、ルイは「お腹すきましたね」と言ったんだ。
カイは「俺はめずらしく空いてない!」と言った。
 
そして第二ステージが見えてきたとき、ヴァイスがぼそりと呟いた。

 
「お前はお前だ。」
 

小さな声だったけど、私にははっきりと聞こえたの。
 
嬉しかった。
とても。

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©Kamikawa
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