voice of mind - by ルイランノキ


 ゲーム王国14…『鳥かごの鍵』

 
赤い血液がゆらりと広範囲に広がって模様を描いたかと思うと水と混ざって消えていった。
繰り返すごとに水は濁っていき、視界が悪くなってゆく。シドの刀の刃は迷うことなく魔物だけでなく邪魔をする敵チームの皮膚をも切り裂いた。ルイはシドを止めようとしたが、水中では声も出せなければスムーズに身動きも取れない。ルイの目に映るシドは、日ごろの苛立ちを発散しているように見えた。
 
宝箱自体には鍵がかかっていないものが大半だが、鍵つきのものもある。普通に考えれば鍵つきの宝箱の中に“アタリ”が入っていそうだが、普通が通用しないのがこのゲームだ。とあるチームの男が鍵がついていない宝箱を開けてハズレかと思いきや、あの煮えたぎる池から身を守る魔道具を引き当てた。ガッツポーズをしたのもつかの間、ハイエナのようにそのアイテムを狙う者が群がってきた。
シドはそれを横目に別の宝箱を見つけ、鍵がついていないため迷わずに開けてみた。その様子を見ている敵チームがいる。中身が鍵なら奪うタイミングを見計らっているのだが、シドが選んだ箱から出てきたのはただの“おたま”だった。料理に使う、おたまだ。
 
 クソッ……
 
シドは眉間にしわを寄せ、おたまをそのまま放って次の宝箱を探した。ルイは水の中を浮遊していたおたまを手に取った。──これは貰ってもいいのだろうか。
おたまは持っているが、替えがあると助かる。しかし仕舞おうにもシキンチャク袋は一時的に没収されている。ポケットに入れるには大きい。息が苦しくなり、シドを一瞥してから一旦水面に上がることにした。
 
「ルイ! 大丈夫?! なにか見つかった?」
 と、縁まで駆け寄るアールに、ルイはおたまを渡した。
「これを預かっていてもらえますか?」
「……なにこれ」
「おたまです」
「それは見ればわかるけど……」
「ハズレの品のようですが、もったいないので頂こうかと。それではもう一度潜ってきますね」
 と、ルイは再び息を大きく吸い込んで水中へ。
「おたまって……」
「普通のおまた?」
「おまたじゃなくておたまね。普通のおたま」
 と、眺めた。「シドは大丈夫かな。まだ一回も上がってきてないけど……」
「シドが溺れるとは思えないよ」
 と、カイ。「吐いても吐いても苦しい……」
「そうだけど……って、なにこれ」
「おたま。」
「おたまじゃなくて……」
 
カイはアールの視線を辿った。水面に血を流しながら浮かんでくる参加者が耐えない。地獄絵図……というには少し大げさではあるが、ゲームというには残酷な光景だった。血を流しながらも手に入れたアイテムを持って水面に上がってきた参加者の足を別の参加者が引っ張って水中に引きずり込む。ろくに息が吸えず溺れてしまう者もいる。
助けたいという衝動に駆られたアールだったが、溺れていた参加者の仲間が助けに飛び込んだのを見て思いとどまった。
 
「人助けをしている余裕はないぞ」
 ベンがアールの心情を察して言った。
「知ってる」
 アールがモニターに目をやると、ちょうどヴァイスが映っていた。落ち着いた様子で腕を組んでいる。
「俺っちも食べ過ぎてて人助けどころじゃないよ」
「早く消化してよもう……」
「今なら目の前にお菓子出しても食べられないと思うじゃん? それが別腹なんだよね!」
「どうでもいい。ていうかこのおたまどうしよう。受け付けに預けてこようかな」
 と、改めて見遣ると、持ち手の部分の下に、不自然な線があることに気がついた。
 
顔に近づけてよく見てみると、一周回って線がある。持ち手部分ははめ込み式でちゃんとはめ込まれずに浮いているんだろうかと、おたまを横向きに両手で持ち、ぐっと内側に押し込んだがびくともしない。──なんだろう、この線。
逆に引っ張ってみたが、びくともしない。ためしに持ち手部分を回してみると、力を入れた途端にくるっと回った。
 
「あ、これ持ち手取れるみたい」
「なんで?」
「わかんない。このおたまを作るときの構造じゃない?」
 と、くるくる回し、引っ張った。
「鍵じゃん!!」
 と、叫んでしまったのはカイだった。
 
おたまの持ち手は外せるようになっており、持ち手の先は鍵になっていたのである。しかしアールが顔を上げたときにはもう、四方八方から鍵を奪おうといくつもの手が伸びていた。
 
「逃げろ!」
 ベンがアールの手首を掴み、走り出した。
「カイのバカッ!!」
「ひーん! ごめんなさ……?!」
 カイもすぐに追いかけようと思ったが、“限界”が来てしまった。
 
ゲロロロロロロロ……と、その場にぶちまけてしまったのである。
 
「あ、すんません……」
「げぇ?! なんだこいつ汚ねぇな!!」
 
そのお陰で鍵を狙っていた連中の一部を足止めすることが出来た。
そこにシドが水面から顔を出した。両手に奪ったアイテムと鍵を持っており、嘔吐しているカイに怪訝な表情を向けた。すぐにルイも上がってきた。カイに駆け寄り、背中を摩った。
 
「大丈夫ですか?! アールさんは?!」
「まず大丈夫かどうかの返事を待ってからアールのこと聞いてほしいよ……」
「アールさんはどこへ?」
「鍵持って逃げてった」
「鍵?」
 と、シド。
 
シドを目掛けて攻撃をしかけてきた敵チームに気付いたルイが一先ずシドを結界で囲んだ。
 
「ルイが持ってきたおたま、あれ鍵だったよ」
「本当ですか?!」
「うん。で、『鍵じゃん』って俺が叫んでしまったから追われて逃げてった。ベンと共に颯爽と。俺を置いて」
「…………」
 ルイは険しい表情でシドを見遣った。
 シドは手に持っていた鍵に視線を向けた。
「鍵はひとつじゃねぇってことか。檻の鍵穴は全部同じか?」
 
ルイは少し考えてから言った。
 
「同じ可能性が高いかと。全て確認したわけではありませんが水中に沈んでいた宝箱の数を見る限り、ハズレも考えると檻の数と鍵の数が合いませんから。檻によって鍵穴が違うのでしたら檻の数だけ用意されているはずです」
 
じりじりとシドを囲んでいた参加者たちはシドが持っている鍵から目を離さない。
 
「お前らもう鍵持ってんならひとつ寄こせ」
 と、鍵を狙う男が言った。
「断る」
 と即答したのはシドだ。「どっちか偽物かもしれねぇしな」
「だったら奪うまでだ!」
「欲しけりゃ潜って探せッ!」
 
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その頃アールはベンと共に逃げ回っていた。どんな事情を抱えているのか知らないが、しつこく追ってくるチームがいる。女だからなめられてるのもひとつの原因だろう。
アールの手首を掴んでいたベンは埒が明かないと思い、手を離して武器を構えた。
 
「地図の場所覚えてるか?! 先に行け!」
「あ……はい!」
 
とはいえ一瞬しか見ていないのだ。覚えているわけがない。それにベンに連れて行かれるがまま走ってきたのだ。今自分がいる場所さえも把握していなかった。一先ず追ってくるチームに関してはベンに任せ、人気のない場所へ走った。小さい倉庫のような建造物を見つけ、その後ろに身を隠すとポケットに入れていた紙を広げて位置を確認した
 
「…………」
 
わからない。第一ステージが行われていた場所から走ってきた大体の方角を思い出して記憶と地図を照らし合わせてみる。今物陰に隠れているこの建物がなんなのかわからない上に地図にはそれらしき物が描かれていない。目印となるものは特にない。絵が下手な人が簡単に描いたような地図だ。大雑把に“この辺り”と描かれているような地図。
はっきりわかるのは道。棒線で描かれた道がいくつか枝分かれしており、途中で切れてその先にゲートのマークがある。森か林の中だろうか。
 
「とりあえず道に出なきゃ」
 
アールが地図をポケットにしまうと、肩にいたスーが建造物の上にのぼってそこから更に近くの木に登った。道を見つけ、アールに知らせる。
 
「ありがと。スーちゃんは頼りになるね」
 
周囲に人がいないことを確認し、ゲートへと急いだ。
方向音痴のアールはなかなか目的地であるゲートまでたどり着けなかったが、それをフォローするように活躍を見せたのはスーだった。何度も背の高い木に上っては位置を確認し、アールをゲートがある場所まで誘導してゆく。アールはそんなスーに感心しながら、近くで人の声がすると身を潜めてやり過ごした。
 
「ゲートはあっちだ」
 
誰かの声がした。鍵を見つけた参加者のチームがとある方角へ向かって走ってゆくのが見えた。アールは木に上っているスーを呼び戻し、後を追った。
ゲートはなにもない場所にあった。目印らしいものは一切なく、草木に覆われている一角に平らな岩があって、その上に立つことで転送されるようだった。自分と同じように鍵を見つけた参加者が先にゲートを使ったのを確認し、スーとアールも岩の上に立った。忽ち白い光に包まれ、アールの姿は消えた。
 
一方シドたちは敵チームから総攻撃を食らっていた。ルイが結界で攻撃を避けながら、鍵を持っているシドを逃がそうと奮闘する。カイは吐き気を堪えながらブーメランを振り回し、自分の身を守ろうとしたが今にも吐きそうな上に鍵をもっていない彼を捉えようとするものはいない。
シドはルイのお陰でその場から逃れられたが、ふと足を止めた。
 
「…………」
 
自分が持って行くのか? 鍵を。ハイマトスのところへ。そして助けるだと?
急にやる気が失せ、カイが走ってくるのを見ると彼に向かって鍵を放り投げた。
 
「えっえっ?!」
 落としそうになりながらもなんとかキャッチしたカイは小首を傾げる。
「めんどくせぇからお前が行け」
「あ……うん」
 戸惑いながらも鍵を握り締めたカイ。
「鍵はあいつだ! オレンジ頭の奴が持ってるぞ!」
 と、敵チームが叫んだ。
「ひぃいいぃぃぃぃい?!」
「…………」
 シドは口を閉ざしたまま刀を構え、敵チームに向かって走り出した。
 
カイは慌ててその場から逃げようとしたが……どこにいけばいいんだっけ?
地図はアールに渡してしまった。単純な地図だったから思い出せなくもないが曖昧だ。
 
「なにしてる」
 と、そこに汗だくのベンが戻ってきた。
「あ、鍵」
 と、カイは鍵を見せた。「一応これも持って行こうと思うんだけど」
「ならさっさと行け」
「場所がいまいち思い出せなくてさぁ」
「貸してください!」
 と、ルイが駆け寄ってきた。
「え?」
「先ほど鍵を持っているチームがどこかへ向いました。迷いなく。恐らくどこへ行けばよいのかわかっているのでしょう。後を追います!」
「雑魚は任せろ」
 と、ベン。
「お願いします!」
 

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