voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅20…『イスラ奉安窟』

 
「シドさん何処ですかー?!」
 
森の奥へと足を踏み入れたルイはシドの行方を追っていた。魔物の姿が見えて警戒したが、その魔物は真っ二つに斬られて死に果てていた。シドが刀で斬ったのだろう。
ルイはしゃがみ込むと、足元を見下ろした。シドが踏んだであろう草が倒れている。その足跡は更に奥へと続いていた。足跡を辿っていると、ルイは地面に半分埋まっている小さな石に躓いてガクリと膝をついた。
 
 やはり体力が……。
 
シキンチャク袋から聖なる泉の水を汲んでおいた瓶を取り出した。この水だとあまり回復してくれそうにないが、致し方ない。一気に飲み干すと、体が少しだけ軽くなったのを感じた。
ロッドを握り締め、再び歩きだす。そして森を抜けると、目の前には崖がそびえ立っていた。
 
「行き止まり……」
 
仕方なく崖に沿って歩くと、洞窟がある場所へとたどり着いた。自然に出来たものではなく、人の手で作られた洞窟だ。四角く削られた岩が洞窟の入口を囲んである。近づくと、ピリピリとした魔力を感じた。
 
「シドさーん! 中にいますかー?!」
 
ルイの声が洞窟の中を響き渡る。すると突然ガシャーン! とガラスが割れるような音が聞こえ、体で感じていた魔力がフッと消えた。
 
「今のは一体……」
 
不安になったルイは意を決して中へ入ろうとしたその時、イトウが勢いよく飛び出して来て危うくイトウの鋭い爪に顔を引っ掻かれるところだった。ルイはバランスを崩して壁に手をついた。体勢を立て直そうとすると、今度は洞窟全体を揺らす地響きがして上からパラパラと砂が降ってきた。──崩れるっ?! そう思ったとき、奥からシドの声がした。
 
「ルイ入って来んじゃねぇ!」
 
ルイは咄嗟に洞窟から後ずさると、轟音と共に岩が崩れ落ち、あっという間に入口は塞がれてしまった。砂煙りが舞い、ルイは袖で口を覆った。
 
「シドさん……? シドさんっ?!」
 
ルイは崩れた岩を退かそうと試みたが、素手では全く動かすことも出来ない。崩れたのは入口だけだろうか。シドは無事なのだろうか。これだけの岩全てを動かす魔力おそらくもう残ってはいない。
ルイはアールに回復薬を貰おうと、コートのポケットに入れてある携帯電話を取り出そうとしたが、持って来させるのは危険だと思い躊躇った。それに出入りできない結界に張り替えたはず。一度アール達の元へ戻ろうとしたとき、携帯電話が鳴った。電話を掛けてきたのはシドだった。
 
「もしもしシドさん?!」
 直ぐに電話に出る。息を切らしたシドの声が聞こえた。
『あぁ……無事だったか……』
「シドさんこそ……中にいらっしゃるんですよね?!」
『あぁ……なんか面倒ことになりそうだ』
「え……?」
『崩れたのは入口だけでこっちは問題ねぇよ。ただ……鏡が割れた』
「鏡?」
『洞窟の奥に巨大な鏡が祭られてんだ。その横に人の骨が並べられてる……何かわかるか? それに時間がなさそうだ』
 
ルイには心当たりがあった。
 
「それはおそらく、イスラ奉安窟というものです。シドさん、今直ぐにその場から逃げたほうが……」
『逃げろって無理だろ。入口封鎖されてんのによ』
「シドさん、時間が無いとおっしゃいましたが扉は開いているのですか?」
 ルイの額から、汗が流れた。
『扉? ……あぁ。今にもなにか出て来そうだ』
「入口は僕がなんとかします。だから……」
『分かってる。けどなにが出てくんのかはわかんねんだから倒せるかわかんねーぞ。時間稼ぎくらいしか出来ねぇかもな』
「死なないでください……シドさん……」
『バーカ。そっちは頼んだぞ。じゃーな』
 シドはそう言って電話を切った。
 
ルイは携帯電話をポケットに仕舞うと、急いでアール達の元へ戻ろうとしたが──
 
「アールさん!!」
 ルイが森の方へ振り返ると、息を切らして木に寄り掛かるアールがそこにいた。
 
 
──数分前。
 
「ねぇーアールぅ。なんか面白いお話して」
 と、鼻をほじりながら結界の壁に寄り掛かり、呑気な様子でカイが言った。
「今凄い音がしたよね? 崖崩れみたいな……」
「え? なにそれ。その話つまんなそう」
「シド達に何かあったのかな……」
「戦ってるんじゃないかなぁ。俺のお宝を取り返す為に派手にね。それよりさー、なんか面白い話──」
「なんでカイはそんな呑気でいられるの?!」
「わぁ?! 急に怒鳴らないでよぉ……」
「2人はカイの為に森へ入って行ったんだよ? 少しは心配したら?!」
「そうだけどぉ、心配してもしょうがないってゆうか……あ、デッカイ鼻糞取れた」
「もういい。私行ってくる」
 
そう言うとアールは立ち上がり、スッと結界から出た。
 
「えぇ?! 待ってよ! てゆうかそれどうやるの?!」
「それ?」
「結界から出る方法だよぉ……」
「どうやるのって訊かれても私はただ──?!」
 
それまでずっと大人しく結界の横で伸びていた獣が目を覚ました。
 
「ゲェ?! アールやっつけて!!」
「言われなくてもっ……て、えぇ?!」
 
獣は目を覚まして起き上がると、彼女達に目を向けることもなく、フラフラと森の中へ入って行く。
 
「逃げたのかなぁ」
「知らない……脳震盪でも起こしてるのかな。とにかく行ってくるね」
「待ってよ! 1人にしないでよぉ!」
「結界の中にいれば安全なんだから1人でも平気でしょ?」
「平気じゃないよっ!」
 そう言うとカイは、どうにかアールを引き止める方法はないかと考え、「あ、行かない方がいいと思うよ?」
「なによそれ……」
「アール絶対森の中で迷子になるから。」
 と、カイはきっぱりと言い放った。
 
否定出来ないアールは言葉を詰まらせた。薄々自分でも不安に思っていたことだ。
 
「ねー? 迷子になってぇ、また迷惑かけるだけだってぇ」
「でも2人になにかあったら……」
「死にたいのぉ?」
 
アールはその言葉にドキリとした。死にたいわけがない。死んでしまったら帰れないまま終わってしまう。じゃあなんで私はわざわざ危険だと分かってて1人で森の中へ行こうとするんだろう。心配だから? 正義感? 自分の身を守るだけでもいっぱいいっぱいで弱いくせに?
 
「死にたくないでしょー? 1人で行ったら助けてくれる人もいないよぉ?」
「そうだけど……」
 
そうだけど。結界の中で大人しくしていれば安全なのに、どうして私は行こうとするのだろう。自分の命を危険にさらしてまで彼等を助けようとするほどの自信もないのに。
──でも。
 
「じゃあカイも来てよ……」
「えーっ?! 何恐ろしいこと言ってんのー?! 共倒れだよ共倒れ!!」
「どんだけ自分に自信がないのよ……」
「アールはどんだけ自分に自信があるんだよぉ」
「自信はないけど……やっぱり行ってくるから待ってて」
「じゃあなんで行くのぉ?」
「分からないけど、放っておけないし」
「迷惑かけちゃうかもしれないよぉ? それに放っておけないってゆーだけで動けるものなのかなぁ」
「だから分からないって言ってるでしょ!」
 そう言い放つと、アールは剣を抜いて森の中へと走って行ったのだった。
 
 
「アールさん……どうしてここに……」
 また結界から抜け出したアールを見て、疑問に思う。
「ごめん。心配だったから。って、私に心配されても困るとは思うけど……。何があったの?」
「アールさん、やはり回復薬を出してもらえますか?」
「あ、うん」
 アールはシキンチャク袋から魔力の回復薬を取り出すと、ルイに手渡した。
 
ルイは回復薬を飲むと、体中が熱を帯びて魔力が回復していくのを感じた。
 
「ありがとうございます。少し、下がっていていただけますか」
「うん……」
 アールはルイから離れると、崩れた岩に目を止めた。
 
なんだろう……。何が起きたのか気になったが、ルイの様子から話し掛けることが出来なかった。
ルイにいつもの笑顔はなく、険しい表情でロッドを使い、洞窟の前の地面に突き立てて幾つも連結する魔法円を描いていた。
 
 

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©Kamikawa
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