voice of mind - by ルイランノキ


 ゲーム王国11…『目線』

 
イストリアヴィラの本屋敷でジョーカーを監視しているのはジャックだった。テトラは不在で、留守番も頼まれている彼は興味のない本に囲まれて心底退屈だった。
ジョーカーは本棚から数冊の本を引き出して読み始め、もうすぐ3冊目を読み終わろうとしているところだった。そんなジョーカーに時々目をやりながら、ジャックは屋敷の出入り口であるドアの前で胡坐を組んで座っている。目を離した隙に勝手にいなくなられては困るからだ。
 
「はぁ……暇だ」
 ジャックは大きなため息をつき、虚空を見遣った。
「お前も本を読んだらどうだ」
 と、ジョーカーはジャックに目を向けることなく、ページをめくりながら言った。
「……俺は本は読まねぇ」
「案外おもしろいがな」
「その手には乗らねぇぞ。俺が本に夢中になったところで逃げる気だろう」
「…………」
「大体さっきから何の本を読んでやがんだ。ほんとに読んでんのかも怪しいけどな」
 仮面越しではわからない。読んでいるふりをしてここからどうにか逃げ出すチャンスを見計らっているとも考えられる。
 
ジョーカーは開いていた本をパタリと閉じて、元の場所に戻した。
 
「ジャック。お前は自分のアーム玉をどうした」
「……俺のはシドが持ってるはずだ。あいつは俺も死んだと思って俺のアーム玉も回収した。でも生きてたわけだから中身は空っぽだ。そんなもんをシュバルツに運んでもしょうがねぇだろ」
「敬称はどうした」
「けーしょー? ……あ。」
 
ひやりと嫌な汗をかいた。シュバルツを崇拝しているというのに敬称をつけないのはもってのほかだろう。
 
「ついな……。組織に入る前までは敬称なんか付けてなかったんだ。今後気をつける」
「…………」
 
ジョーカーはコツコツとジャックの前まで歩み寄り、目の前で立ち止まると仮面越しに彼を見下ろした。不気味なお面に見下ろされ、ジャックは顔色を悪くした。
 
「な、なんだよ……」
「いや? 私はそこまでお前に興味がない」
「…………」
 ジャックは目を泳がせ、立ち上がった。
「こ、ここは通さねぇぞ」
 
ジョーカーは黙ったままジャックに背を向け、本棚の前に移動した。
ここには一般書店では手に入らない書籍が多くある。特に魔法に関する本は古いものから最新まで取り揃えられており、暇つぶしに読むには勿体無いくらいだった。
ジョーカーは本に関心がないジャックに安堵していた。一冊の本を手に取り、横目で仮面越しにジャックを見遣ると、彼は再び床に座って胡坐をかくと眠り始めた。ジョーカーが手にしていたのは禁断の魔法が書かれている本だった。一番初めのページには実際に使用しないようにと注意事項が書かれている他、内容は一部伏せて書かれていることを表記してあった。それでも参考書として役には立つだろう。
 
━━━━━━━━━━━

みんな何かに焦っていた。
そう思う。
 
焦ると空回りしてしまう者もいる中で
焦っていても頭の回転が早く即座に次への展開を予測して対応できる術を持っている者もいる。
 
私はいつだって気持ちばかり焦ってしまって
うまくいかないことばかりだった。

 
お昼になると午後からのチーム戦の前にお昼休憩があり、広場の周りには出店が円を描くように並んだ。広場の中央には数百人分のテーブルと椅子が並べられており、前方のステージ上には巨大スクリーンがあって大食い選手権が行われている様子が映し出されている。アール・ルイ・スーを連れたヴァイスはその広場に集合すると、空いているテーブルを探して席に着いた。
 
「ちょうど空いていてよかったですね」
 と、ルイは座らずにコートを脱いで椅子に置いた。
「凄い人の数だね……」
「なにか食べたいものはありますか?」
「お任せする。チーム戦がどんなのかわかんないけどスタミナがつきそうなものがいいかな。あ、でも並ぶだろうからやっぱり近いところでお腹にたまりそうなのがあればそれでいいや」
「わかりました。ヴァイスさんはどうされますか?」
「私は結構だ」
「ヴァイスもなんでもいいって」
 と、アール。
「わかりました。スーさんにお水をお願いしますね」
 ルイは3人分の昼食を調達に向かった。
 
アールはシキンチャク袋から水筒を取り出してコップに注ぎ、テーブルの上に置いた。スーはすぐにヴァイスの肩から下りて水に浸かった。
 
「ヴァイスはシューティング以外にはなにかゲームしたの?」
 と、ヴァイスの顔を見遣ったが、その後ろにあるスクリーンに目を奪われた。
「あ、カイだ」
「…………」
 ヴァイスは体をひねってスクリーンを見遣った。
 
スクリーンまでの距離は遠いが、よく見える。水に浸っているスーがカイを見て拍手をした。カイは大食い選手権が行われている会場におり、その手に持っているお皿には既にロブスターやマゴイ肉がてんこ盛りになっている。
 
「いいなぁ、食事豪華だね」
「…………」
「あ、ごめんね。昼食食べる気なかったのに勝手になんでもいいとか言って……」
「……いや」
 ヴァイスは黙ったまま体の向きを戻した。
「人ごみ嫌いだもんね。用が済んだらチーム戦がはじまるまでどこかに行ってようと思ったんでしょ?」
 
ルイが集合を掛けたのはチーム戦に参加するかどうか、参加しないのであればどのゲームで誰が効率よくポイントを稼げるか話し合うためだったが、シドもベンも電話越しに手っ取り早いほうがいいとチーム戦への参加を希望し、電話を切った。ヴァイスだけが待ち合わせ場所にやってきたのだ。
 
「慣れも必要だ」
「慣れようと思ってるの?」
 と、訊いた瞬間、会場が笑いに包まれた。スクリーンに映っているカイがお菓子をほお張りながら参加している女の子を口説き、適当にあしらわれていたからだ。
「……さっきまで肉食べてたのにお菓子? お腹壊さないかな。ていうかあんなに食べて大丈夫かな……なんか嫌な予感がする」
「同じく」
 ヴァイスは再びスクリーンに目を向け、同意した。
「後先考えないからなぁ……」
 
ルイが戻ってくるのを待ちながら、二人はスクリーンを見ていた。時折カイが映ると笑いが起きる。そのせいかよくカメラに抜かれる。「あの人おもしろくない?」と、カイが映った瞬間にアールの隣に座っている女性が連れの女性に言った。
 
「食いしん坊で女好き、絵に描いたような人だね」
「でも結構かっこいいよねー」
「そう? 普通じゃない?」
「そっか、あんたは男らしい人好きだもんね、ガタイが良くて」
「うん。まぁああいうのも弟としては好きかな。理想の弟」
「わかる気がする! 手がかかるけどそこが可愛い、みたいな」
 
アールは女性達の会話を聞きながら小さく頷いた。わかるわかる、と。そして不意に、スクリーンを眺めているヴァイスの後姿に視線を移した。ひとつに束ねられた、限りなく黒に近い紫色の長い髪。黒いコートに黒い革の手袋……。
 
「ヴァイスって……ヴィンセントに似てるね」
「?」
 よく聞き取れず、振り返った。
「ヴィンセント。」
 と、言い直し、にこりと笑った。
「誰だ?」
「ゲームキャラ」
「…………」
「私の──」
 
“恋人”“彼氏”というフレーズがスムーズに出てこなかった。言葉を詰まらせている間、ヴァイスの視線はアールと重なったままで、先に逸らしたのはアールのほうだった。
動揺に汗が滲む。
 
「知り合いが……ゲームしてて……」
 
違う。知り合いじゃない。恋人。雪斗が遊んでいたゲームのキャラクターの名前。
 
「お待たせしました」
 と、そこにルイが戻ってきた。両手にはフードパックに入った焼き飯を持っている。
「飲み物は水筒のものでいいですか?」
「もちろん!」
 ルイはヴァイスの隣の席に置いていたコートを着て、席に座った。
「先ほどカイさんが映っていましたが……」
「見た見た。絶対食べ過ぎると思う」
「食べ合わせも気になるところですね……」
 

ルイが買ってきてくれた焼き飯を食べながら、私は気を紛らわせていたんだと思う。
認めたくはないものから、目を逸らしていたんだと思う。
あなたから目を逸らしたように。
大切なものを失わない為に。
防衛本能とも言える。

 
「これ美味しい!」
 
アールは一気にごはんをかき込んだ。
 

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