voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅19…『飲めるよ』

 
シドに着いて行くのをやめて待っていようと自ら決めたカイだったが、辺りをしきりに気にしながらソワソワしていた。
 
「ルイアールぅまだかなぁ……」
 と、少し後悔している。
 
森の中は見通しが悪く、草も生い茂り足場が悪い。魔物に襲われれば道端にいるよりも危険であることは分かっていたが、戦闘力があまりないカイが1人で道端にいるのと、森の中は危険だが頼りになるシドと一緒にいるのとでは、どちらのほうが安全なのだろう。後悔すればするほど不安が襲う。
その時、ルイ達がやってくる道の方角から、駆けて来る足音がした。
 
「アールぅ?!」
 
それまで少しでも魔物に気づかれないようにと身を屈めていたカイだったが、思わず立ち上がり、爪先立ちをして木々と道との境界線を眺めた。来た道は一本道だが、カーブしているため、途中からその先が見えない。
自然と笑顔になり、アール達の姿が見えたら駆け寄る準備も出来ていたが、彼の目に映ったのは膝丈くらいの獣だった。
 
「え……」
 
魔物はスピードを落とすことなく、道に沿ってカイがいる方へと走ってくる。
 
「ちょ……まって……待って! 来るな! く、来るなぁあああぁああ!」
 
カイは手に持っていた結界紙を慌てて広げると、地面に置いて「防護結界発動ーッ!」と叫び、カイは結界に守られた。結界はカイがしゃがんで漸く入れるくらいの大きさである。
 
魔物は勢いよく飛び掛かり、結界の壁に激突した。間一髪、といったところだ。
 
「こ、怖い……」
 
結界に頭を強く打ちつけて気を失い倒れている魔物を見ながら、カイは半ベソをかいていた。
 
結界紙というものは、予めルイが結界を発動させる魔法円を紙に描いたもので、その魔法円に発動させるスペルを書き込むことによって、魔力を持たない人間の言葉にも反応させることが出来る。また、発動時刻や維持時間を指定することも可能だが、結界紙を一枚作るには、ルイがロッドを傾けて同じ大きさの結界を張る二倍の魔力が必要となる。
店で買うことも出来るが破れたり濡れてスペルが滲むと使い物にならなくなり、一枚につき一度しか使えない割には値段が張る。
 
「アールぅー! ルイー! 早く来てよぉーっ!」
 
あまりの心細さからそう叫ぶと、近くの木々からガサガサと音がしてカイは思わず口を塞いだ。
 
「カイー!」
 と、アールの声が聞こえてきたのは間もなくしてからだった。
「アールぅ?!」
 咄嗟に立ち上がろうとして、ガン! と結界に頭をぶつけた。「痛ぁ!」
「カイ! よかった無事で……」
 と、アールは結界に近づいて腰を下ろし、横たわっている獣を見た。「これカイが倒したの?」
「うんまぁそんなところかなぁ!」
 カイは自慢げにそう言いながら腕を組んだ。「でも気絶してるだけだけどねぇ」
「え……」
 アールは立ち上がり、横たわっている獣から警戒するように離れた。
「カイさん、シドさんは……?」
 と、まだ額に汗を滲ませながらルイが尋ねた。カイを囲む結界を外す。
「あっちに行ったけど……」
 カイは立ち上がり、シドが入って行った森の中を指差した。「でもルイは行かないよね? ここで一緒に待ってくれるよねぇ?」
「そうしたいのですが、先ほどアールさんに頼んでシドさんに何度か電話を掛けてもらったのですが出なかったので……様子を見てきます」
「シドは放っといても大丈夫だよぉ。電話に出なかったのはきっと戦闘中だったからだよぉ……」
「でも念のためです。結界を張り直しますから、アールさんもカイさんと一緒に結界の中で待っていてください」
「待って。ルイはまだ体力も魔力も回復しきってないでしょ? 危険だよ……」
 と、アールはルイを気遣う。
「僕のことは心配しないでください」
 ルイは相変わらず笑顔で答える。
「じゃあ私も行くよ。力になれるかわからないけど……」
「アールも行くのぉ?!」
 と、カイは慌ててアールの腕を掴んだ。「1人にしないでよぉ! それにアールが行っても足手まといだよぉ!」
「カイに言われたくない……」
 と、アールは肩を落とした。
「アールさん、お気持ちは嬉しいのですが、やはり森の中は危険です。ここで待っていてください」
「じゃあ……やっぱりせめて回復薬使って?」
「いえ、大丈夫です。聖なる泉の水を汲んでいますから、それを飲みます」
 
そう言うとルイは、2人を並ばせて結界を張った。
 
「では行って参ります」
「行ってらっしゃーい!」
 と、カイは手を振った。
 
ルイの背中を見送った二人は、結界の中でシド達の帰りを待ちながら身を寄せ合う。
 
「ねぇカイ、泉の水って飲めるの?」
 と、アールは退屈しのぎに訊く。
「飲めるよー。でも泉から持ち出すと効果は薄れちゃう」
「飲むって……私達が浸かったあの泉の水を?」
「そうそう! でも聖なる泉は汚(けが)れない泉とも言われてるんだ。あの泉はよごれないんだよー、例えば泉の中にしょんべんをしても──」
「ちょっと待って! まさか……してないよね?」
「しても大丈夫! 汚れないんだ!」
「いや……だからしてないよね?」
「実験でしてみたことがある」
「嘘でしょ?! やめてよもう!」
「大丈夫、大丈夫。アールと出会う前にしたことがあるだけだしぃ、汚くないんだってぇ。汚れを浄化する力があってねー?」
「実験ってまさか、用を足して飲んでみたわけじゃないよね……?」
「俺は飲んでない」
 と、カイは無邪気な笑顔で言う。
「“俺は”……?」
「うん。俺は用を足しただけ。その泉の水をコップに入れて何も言わずにシドに飲ませた」
「うっ……酷すぎる……」
 と、アールは顔を両手で覆った。
「酷くないよー、何度も言うけど聖なる泉はー、」
「分かった分かった、『汚(けが)れない』でしょ? じゃあ自分が飲んでみればよかったのに」
「いやだよぉ! なに言っちゃってんの!」
「自分がされて嫌なことは人にするなって教わらなかったの? で、シドは知ってるの?」
「言うわけないじゃーん。あ、胃が荒れてる時なんかは、飲むと治るよ」
「だとしてもなんかヤダ」
 
アールは、国際宇宙ステーションで宇宙飛行士が自分の尿を飲み水に再利用したものを飲んだというニュースを思い出した。そういうニュースだけは覚えている。
あの宇宙飛行士は、戸惑いなどなかったのだろうかと、考えずにはいられなかった。
 
 

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©Kamikawa
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