voice of mind - by ルイランノキ


 静かなる願い14…『おつかい』

 
分厚い眼鏡をかけた老婆は、手渡された手紙に目を通した。4枚に渡る便箋にびっしりと手書きで書かれた文章から一度も目を離さずに読み進め、最後の1枚を読み終えてからようやく手紙から視線を逸らし、小さくため息をついた。
三つ折りにされていた手紙を綺麗にたたみなおし、封筒へ戻す。それはギップスがモーメルから託された手紙だった。
 
「必要な魔道具を、貸していただけませんでしょうか」
 重々しく言って深々と頭を下げたギップス。
 
骨董屋のような室内で、無造作に物が置かれたテーブルの上に手紙を置いた老婆は静かに立ち上がり、周囲を見回した。
 
「事情はわかったよ。だけどね、少し頼まれてくれないかい」
「それは勿論。私に出来ることがあればなんなりと」
「ここにある使える魔道具を全て引き取ってくれるところを探してほしい」
「え……と、いいますと?」
「私はもう引退する。老後は静かに畑でも耕しながら過ごしたいんだよ。処分しようにも魔道具は厄介でね」
「わかりました。お時間を頂きますがよろしいですか?」
「いつでもいいさ」
 魔術師の老婆は部屋の奥にあった隠し扉を開き、ギップスを招いた。
 
その場所にも魔力を秘めた骨董品が保管されている。老婆はモーメルから頼まれたものを探し始めた。ギップスもすぐに手を貸した。
 
「あんたいくつだね」
「私は29になります」
「若いねぇ」
「いえ……」
 
老婆は棚の置くにあった分厚い本を引き出して、埃を払った。
 
「私はもう十分生きた。だから未練はないが、若者の未来はこれからだろう。今日昨日この世界に生を受けた命もある。途絶えさせるわけにはいかないね」
 老婆はその本をギップスに手渡した。
「これが……?」
「安易に開くんじゃないよ、悪魔が飛び出したら大変だ」
 老婆は笑って、ギップスの肩に手を置いた。
 
ギップスはまじまじと分厚い本の表紙を見遣る。黒い表紙には魔物の絵が描かれており、金色で魔法文字が書かれている。また、鍵がかかっているようで、小さな南京錠がぶら下がっていた。
 
「鍵はどちらに?」
「そんなものはないさ。悪魔を呼び出す魔法の本を開くスペルと、その本に描かれている悪魔の名前を唱えれば鍵は開く。とにかく、慎重に扱うことだね。悪魔が住む世界と私たちがいる世界は扉を開かない限りは繋がらない。その“扉”の役割を果たすのがその本さ」
 
ギップスは老婆に深々と頭を下げ、預かった本を頑丈なスーツケースにしまってからシキンチャク袋に入れた。
魔術師の老婆の家を出て、自身のメモ帳を開く。そこに挟んでいたメモ用紙を広げ、集めなければならない魔道具のリストを見遣った。既に手に入れたものは線を引いてリストから排除した。
 
腕時計を見遣り、地図を広げる。ここから次に近い場所を再確認し、空を見上げる。
闇に覆われるなど想像も出来ないほど澄んだ空が広がっている。
 
「お使いは順調かしら」
 
突然、女の声がした。空から視線を落とすと、目の前に見知らぬ女が立っている。フードの下から大きな目が自分を捉えていた。
 
「……誰だ?」
「モーメルさんも、人使いが荒いのね。ま、もういいお年寄りだから歩き回れないんでしょうけど」
「モーメルさんの知り合いか?」
「そうね、以前助けたことがあるけど」
 
ギップスの前に現れたのはローザだった。
 
「助けた……」
 その話はモーメルから聞いていた。シドがいる部隊にミシェルと共に拘束されていたが、見知らぬ女が助けてくれたと。
「ね、手伝ってあげよっか」
 と、ローザはピョンと一歩、跳ねるようにギップスに近づいた。
 
ギップスは警戒し、一歩下がる。
 
「私のことも知っているようだな」
「ギップスさん」
 と、彼女は彼の名前を呼んだ。
「……あんたは?」
「私は、ローザ。仲良くしてね?」
「何者なんだ。こっちの味方か? 組織の人間じゃないのか?」
「組織の人間よ」
 と、二の腕の属印を見せた。「第一部隊なの」
 
ギップスはますます彼女に警戒心を向け、険しい表情を見せた。
 
「……目的は?」
「んー、グロリアを取り巻く連中の調査? モーメルさんから何を頼まれたのか、教えてくださる?」
 と、手のひらを差し出してメモを見せるよう促したが、はいどうぞと見せるわけがない。
「女をよこせば男なら簡単になんでも話すと思われてるようだな。悪いが私は──」
「そんなことないわよ。世界を平和へと導くグロリアを支える人たちが、女ごときに簡単に騙されるなんて思ってないわ」
 
ローザはそう言って、差し出していた手を一度引っ込めると、両手を合わせて“花”を表現し、両手の平を並べてふう、と息を吹きかけた。
ギップスがそれを魔法の一種であるということに気付いたときには意識が朦朧とし、酷い眠りに襲われた。立っているのもままならなくなり、そのまま地面へと倒れ込んだ。
ローザはギップスを見下ろし、くすりと笑った。彼の手に握られていたメモを見遣り、そこに書かれているものを記憶しようと思ったが、あまりにも数が多くて驚いた。仕方なく自分のシキンチャク袋から携帯電話を取り出し、メールの下書き機能を使ってそれらをメモした。
 
写し終えると、今度はポケットからボタン電池くらいの小さなGPS発信機をギップスのシキンチャク袋の中に放り入れた。
 
「探偵になった気分ね」
 
それからとある人物に電話をかけた。コールが4回なってから電話に出た相手は、以前ローザが密会していた男だった。
 
「終わったわ。あとは追跡するだけ」
 と、報告する。
『ご苦労だったな。一度戻って来い』
「…………」
『どうした』
「……ねぇ、モーメルが探しているものが揃ったら、もう止められないんじゃない? メモを見る限り、既にいくつか手に入れてる。この世にひとつしかないもので、ひとつも欠けてはならないのなら……」
『余計なことはするな』
「でも……」
『今はまだ、成り行きを見守るんだ。俺たちが集めた情報が確かなものとは限らないからな』
「……でも、あなたが読んだ通り、ギップスがモーメルの代わりに動き出した。シドの動きだってそう、あなたの予想は当たっていた」
『だからと言って全て予想通りとは限らない。俺は未来を見れるわけじゃない。俺は魔導士でも魔術師でもない。俺は、なんの力もないただの人間だ』
「…………」
『だからこそ、慎重に行動すべきなんだ。俺の指示に従えないのなら、俺にお前は守れない。頼むから余計な行動はしないでくれ』
「……しょうがないわね。わかったわ。言うこと聞いてあげる」
 

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