voice of mind - by ルイランノキ


 静かなる願い15…『おつかい2』

 
不思議の国のアリスに出てくるうざぎのように、スーツを身にまとった膝下くらいの2匹のうさぎがカイを迎え入れた。
そこはまさに《おとぎの国》。愉快で楽しい音楽が流れるその場所は、カラフルなメリーゴーランドや絶叫マシーン、空中ブランコや回るコーヒーカップなどの乗り物が建ち並び、2本足で立つ動物や人間たちを笑顔にする遊園地。どこからともなく流れてくる甘いお菓子の香りにカイの目が輝いたのは言うまでもない。
 
「うわー! ここで暮らしたーい!」
「住人登録なさいます? 今なら2名分、部屋に空きがございますが」
 と、うさぎ。
「アールと住めるじゃん!」
 と思ったが、はたと我に返る。ここはあくまでも“本の中”の世界だ。
「登録の手続きをなさいますかな?」
「いやいや、やっぱいいや。住みたいのは山々なんだけどねぇ。──あ、ここ入場料とらないの?」
「入場料は取りませんが遊ぶのでしたらフリーパスの購入を」
「遊びたい! ……けどその前にラジコンヘリ、持ってない?」
 と、お使いの内容は忘れていない。
「ショップに行けばございますよ」
「買うんじゃなくって、出来れば貸してほしいんだ」
 
しっかり者、というわけではなく、お金がかからなければそのお金で自分が買いたいものが買えるという魂胆である。
 
「私は持ってないなぁ。子供に聞いてみたらどうでしょう」
「わかった、ありがー!」
 と、カイは子供を手当たり次第に見つけては声を掛けた。
 
案外簡単に見つかるかもしれないと思っていたが、なかなかラジコンヘリは手に入らない。持っているという子供はいても、貸してくれるという子供がいない。見知らぬ男に貸すほど心の広い子供はいないのだ。
仕方なくおもちゃ屋へ向かうも、どれもこれも高価なものばかり。迷っている暇もなく、一番安いラジコンを選んでレジに持って行くも、カイが差し出したお金を見てパンダの店員は首を傾げた。
 
「これはなんだね? おもちゃのお金では買えないよ」
「え、おもちゃじゃないよ」
「こんなお金見たことないよ」
「え?!」
 
このおとぎの国・ハニーランドではこの通貨(ミル)が通用しないときた。
 
「じゃあやっぱ誰かから借りるしかないじゃん!!」
 
さっさとラジコンを手に入れて遊んで帰ろうと思っていたのに。カイはこの本の中に入った瞬間からカウントされている腕の時計を見遣り、嫌な汗を滲ませた。ランド内に流れている愉快な音楽が歪んで聞こえる。ラジコンを貸してくれる子供がいない。大人に声をかけても怪訝な目を向けられる。お金は持っていない。
 
「お兄さん、お金ないの?」
 と、30代くらいの落ち着いた装いの女性が声をかけて来た。
「綺麗なお姉さん……」
「ありがとう。質屋に行ってみたら? なにか売れそうなものを持っていたら高く買ってくれるかも。トカゲの質屋なら、珍しいものを高く買い取ってくれるわ。きのこの質屋ならハンドメイドものを、ひまわりの質屋なら家電製品を、石の質屋なら──」
「どこでもいいよ! 一番近いとこ教えて!」
 
カイは質屋の場所を聞いて、自転車に跨った。
売れるものなんて持っていたっけ? ガラクタなら沢山あるのだが。いや、どれも出来れば手放したくはない。
 
その頃ルイは時計台近辺の調査をしながらカイの帰りを待っていた。連絡がないか何度も携帯電話を確認するも、着信ひとつない。おとぎの国がどんな場所なのか知らないルイは、カイを誘惑するものがなければいいと思った。
時計台の外壁周辺を調べていたアールとヨハンネスは、特に気を引くようなものは見つけられなかった。何度も上空を見て、再び視線を下ろして足元になにかないか目を凝らす。
 
「結局犯人はわからずじまいってことですよね?」
 と、アールはヨハンネスに近づいた。
「……ウィルソン夫婦の子供を殺した犯人か?」
「はい」
「そうだな。見つからなかった」
「…………」
 
深く考えるだけ無駄なのかもしれない。そんな考えが脳裏を過ぎった。ここは本の中の世界。ここで生きている人達は皆、テトラが生み出したキャラクターに過ぎないのなら、犯人などはじめから設定されていないのかもしれない。でも、ここで生きている彼らはそんなことを知らない。自分たちが何者でこの世界がなんなのか、知りもしない。彼らにとっては普通に生きている生身の人間なのだから。犯人など細かい設定などはされておらず、ただ苦しみ続けるなんてあんまりだ。
 
「アールさん」
 と、ルイが歩み寄ってきた。
「なにか見つかった?」
「いえ。カイさんの帰りが遅いので様子を見に行ってみようと思うのですが」
 と、事の説明をした。
「綺麗なお姉さんと愉快な子供たちとおもちゃと遊び場がないところだといいね、おとぎの国」
 アールはカイの誘惑になるものを並べたが、全て揃っているのがおとぎの国である。
 
ルイが村の外へ様子を見に向かっていると、叫びながら猛スピードで村に入ってきた自転車が一台。カイだった。
 
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
「カイさん! とばさないで下さい!!」
 
カイはルイの姿を目で捉えると、急ブレーキをかけた。自転車はスリップして、横転。舞い上がった砂埃の中からカイがむくりと体を起した。
 
「おまたせしました」
 と、ルイに紙袋を渡す。
 
紙袋の中に入れられていた箱を開けてみると、手の平サイズの小さなラジコンヘリが入っていた。どう見ても新品だ。
 
「買われたのですね、ごくろうさまです」
「色々と大変だったのだよ、実はね?」
「話は後で聞きます」
 と、ルイは時計台へ戻って行った。
 
ラジコンヘリの操作方法は説明書を一度見ただけで覚えられるくらい簡単だったが、いざ飛ばしてみるとコントロールが難しい。ルイが飛ばしたラジコンヘリが木にぶつかりそうになったときは冷やりとした。
 
「俺っちに任せんしゃいって」
 と、後からやって来たカイがコントローラーを奪い取って、いとも簡単に操縦をしはじめた。
「カイすごい!」
「“飛ばす”のは得意なんだ。俺いろんなもの飛ばしてきたらね。輪ゴムでしょ、愛でしょ、念でしょ、唾」
「ではスーさん」
 ルイはヴァイスの肩にいるスーに目をやった。「お願いできますか」
 
スーはようやく自分の出番が来たことに喜び、拍手をして応えた。スーを乗せたヘリはカイの操作でもはじめはふらふらと安定をなくしていたが、すぐにコツを掴んだカイによってぐんぐんと塔の外壁に沿って上空へと上がって行った。
 
「高さ足りるの? どこまで上がれるとか決まっているんじゃないの?」
「どこまでも上がれたとしてもカイさんの視力が届く範囲まででしょうね……」
 

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©Kamikawa
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