voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅18…『ガラクタ』

 
「じゃあ出発すんぞ」
 
片付けを終え、シドが先陣きってそう言った矢先に、バローラの樹に捕われて苦しそうに暴れていたイトウの1羽が、一行を目掛けて飛んで来た。巨大な翼を羽ばたかせ、イトウはカイに覆いかぶさる。
 
「うわぁ! なんだよぉ!?」
 
イトウはだいぶ弱っているようで、いくら翼を羽ばたかせてもなかなかカイの上から飛び立てずにいる。バローラの樹から飛び立とうとしたが力なく急降下し、たまたまカイの上へ降り立ってしまったらしい。
 
「これから出発だってのに幸先わりぃな」
 見るからに攻撃しているわけではないと判断したシドが、腰に両手を置いて呆れ顔で言った。
「早く助けてよぉー! 重い! 痛い痛い痛い!」
 カイはイトウに押し潰された痛みに呻いていた。
 
シドがため息をついて鞘から刀を抜いたが、イトウは殺気を感じたのか一段と翼を羽ばたかせ、逃げるように弱々しく空へと舞い上がる。
 
「カイさん、大丈夫ですか?」
 と、ルイがカイに手を貸した。
「もっと早く助けてよー。骨折れたかもしんないよー…」
「折れてませんから安心してください」
 
イトウは彼等の頭上をフラフラと飛び、ゆっくりとどこかへ飛んで行く。
 
「出発すんぞ」
 と、シドが改めて言った。
 
カイは服についた土を払いながら、シド達の後をついて歩いた。そして、あることに気がついた。
 
「あれ……?」
「どうしたのですか?」
「ない……」
 3人は足を止めてカイに目を遣った。
「シキンチャク袋が無いーっ!」
「はぁ?!」
 朝から騒がしく、シドの苛立ちは最大限に達していた。
 
腰に掛けてあったはずのカイのシキンチャク袋が無くなっていたのだ。
 
「カイさん、テントの中に置いたままなのでは?」
「それはないよぉ。いつでも取り出せるようにシキンチャク袋だけは忘れないように毎朝腰に付けてるし、今日だってちゃんと腰に掛けておいたもん!」
「クッソ……ちゃんと縛りつけとけ! さっきのイトウが持ってったんだろ!」
「追いかけましょう。弱っていましたし、まだそう遠くへは行っていないはずです」
 
彼等はイトウを追った。幸いなことに、イトウが飛んで行った方角は彼等が向かう街方面だ。
しかし、シドがピタリと足を止めた。
 
「なんで止まるんだよー!」
「お前のシキンチャク袋ってどうせガラクタしか入ってねぇだろ……」
「ガラクタってなんだよ! あれは俺の宝物なんだよ!」
「宝物ねぇ……」
 シドは、追う気を無くしていた。
「大事な物なんだよ! 俺の思い出の品なんだよッ!」
 と、カイは必死になって声を張り上げた。
「シドさん、取り返しに行きましょう」
「そんなに大事なもんなら持ってかれてんじゃねぇよっ」
 
シドの言葉は、黙って見ていたアールの心をチクリと刺した。小さな痛みだったが、ドクドクと心臓が波打つ度に血が流れ出す。
 
「まさか持ってかれるなんて思わないもんね……」
 と、アールは呟いた。
 
その意味深な言葉に、3人は口を閉ざした。アールが何を思い、そう言ったのか、見当がつくのに時間はかからなかった。──彼女は全てを取り上げられたのだ。この世界に。
 
「走るぞ」
 シドが言うと、一行は再び走り出した。
 
もしかしたら途中で落とされているかもしれないと、足元を気にしながら足を速める。
真っ先に息が切れ始めたのはアールだった。みるみるうちに走る速度が落ち、息が持たずにとうとう足を止めてしまった。
 
「苦し……」
 胸を押さえ、息を整えようと呼吸を繰り返した。
「大丈夫ですか?!」
 ルイも足を止めてアールの背中をさすった。
 
シドとカイは少し先で立ち止まり、振り返って様子を窺っている。
 
「シドさん達は先に行ってください!」
「わかった」
 シドは2人を置いてカイと先を急ぐ。
「あ、シドさん!」
 と、ルイがシドを呼び止めた。そしてシキンチャク袋から四つ折にされた紙を取り出て手渡した。「念のために持っていてください」
 シドは紙を開いて確認すると、ポケットに入れてイトウの後を追った。
「ごめんねルイ……」
 と、息切れをしながらアールは言った。
「気にしないでください。体力が身につくまで、時間が掛かりますから」
「カイは足速いんだね、意外だった……」
「カイさんは“逃げ足”が速いので、鍛えられているのですよ」
 と、ルイは微笑む。
「な、なるほど……」
 
なかなか呼吸が落ち着かず、足も疲労で震えている。アールはあまりの苦しさにしゃがみ込んだ。
 
「でも……先に行っちゃったけど場所分かるのかな。森の中に入っちゃったらいくらケータイ持ってても居場所伝えづらいんじゃ……」
「その心配はいりませんよ」
 ルイもアールに寄り添うように片膝をついて言った。「シドさんにゲートを開く魔法円を描いた紙を持たせましたから」
「ゲート?」
「はい。もしわかりにくい所にいらっしゃる場合、先程渡した紙をシドさんに広げてもらうだけで、その場所へ繋ぐゲートを開けることが出来ます。一瞬にして移動が可能ですよ」
「便利だね……」
「えぇ。ゲート魔法を取得するには時間が掛かりましたが、旅をするには欠かせないと思いまして」
 アールは息が整うまで座っていたかったが、森の奥で魔物の影が見えた。
「魔物だ……こっちに来るかな……?」
「どうでしょうね」
 そう言うとルイは立ち上がり、アールの身を守るようにロッドを傾けて結界を張った。
「ありがとう。ルイも結界に入ったら?」
「えぇ」
 と、答えながらルイは魔物に目を向け、ロッドを構えている。
 
そんな彼を見ながらアールは、なかなか落ち着いてくれない呼吸に、もどかしさを感じていた。──どうしよう……攻撃魔法は力を使いすぎるって言っていたし、私1人でも倒せる魔物なら私が倒さなきゃ。なのに走っただけでこんなに息切れして立ってるのも辛い。
 
「アールさんは休んでいてくださいね」
 と、アールの心境を察したルイは、魔物に目を向けたまま言った。
「……うん、ありがとう」
  
 どうして分かるんだろう……私の気持ち……。
 
━━━━━━━
 
その頃、シド達はカイを襲ったイトウの姿を目で捉えていた。
 
「いたぞ! ふらふら飛んでやがる。下から攻撃すっか?」
「えぇ?! シキンチャク袋が壊れたらどうすんだよぉ……」
「んな簡単には壊れねぇよ!」
「じゃあシキンチャク袋が飛んでったらどうするのさぁ……」
「拾いに行きゃいいだろが!」
 そんな言い合いをしていると、イトウは森の奥へと急降下して行った。
「あぁ! 森の中入っちゃったぁ……」
「テメェがうだうだうるせぇからだろ!」
 シドは不機嫌そうに森の中へと足を踏み入れる。「ったく森の中は戦いづれぇってのに」
「シドぉ……」
 カイは甘えるようにシドの裾を掴み、「俺……待ってようかな」
「はぁ? テメェのもん取り返しに行くんだろうがよ! テメェが行かねーでどうすんだよ!」
「だって森の中は危険だし……」
「道に出て待ってようが危険は同じだっ」
「前ルイに渡されてた結界紙持ってるしぃ」
「お前の代わりに俺がお前の不注意で無くしたお前の物を取り返すメリットがねぇな」
 と、シドは腕を組んでカイを見下ろした。
「そんな冷たいこと言わないでよぉ……。あ! 取り返してくれたら飴ちゃんあげるぅ!」
「いらねぇーよ! けどまぁ貸し1だからな」
 そう言うとシドは、ポケットから四つ折にされた紙をカイに渡した。「ゲートを開く魔法円の紙だ。ルイから連絡来たら広げて地面に置け」
「地面に置くだけでいいの?」
「あぁ。浮かび上がる魔法円の大きさ以上のスペースがある場所にな」
「……例えばぁ?」
「道の真ん中に置きゃいいんだよ!」
 そう言い残してシドはスタスタと森の奥へと入って行った。
 
カイは辺りを気にしながら一本道に出た。シドに渡された紙を握りしめたまま、自分のポケットから結界紙を取り出した。
 
「よかったぁポケットに入れといて」
 
携帯電話もシキンチャク袋ではなく、ズボンのポケットに入れていた。そして、ルイからの連絡を待つ前に、カイは心細さに耐え切れず、自分から電話をかけた。
 
──ルイのポケットから携帯電話の音が鳴った。しかし、ルイは出られずにいた。
 
「ルイ! 後ろ!」
 アールが結界の中から声を張り上げた。
 
魔物の数が増えている。ルイが攻撃魔法で対応するが、次々に現れる魔物に苦戦していた。ルイの背後から魔物が跳び上がり、襲い掛かる。
 
「ルイ!」
 アールは思わず身を乗り出すと、また結界からはみ出している自分に気が付き、ルイの腕を掴んで引き寄せると結界の中へと連れ込んだ。「大丈夫?!」
「だ、大丈夫です」
 息を切らしているルイの額には汗が滲んでいた。
 
その間にも、ルイの携帯電話は鳴り続けていた。魔物は結界へと近づき、辺りをうろついている。
 
「ケータイ、鳴ってるよ」
「すみませんが代わりに……出て貰えますか」
「うん」
 
アールはルイから携帯電話を受け取ると、画面にカイの名前と番号が表示されていた。
 
「もしもし、カイ?」
『え? アールぅ? ルイに電話したつもりだったのにアールに掛けちゃったぁ』
「ルイのケータイで合ってるよ。代わりに私が出たの。それよりどうしたの?」
『心細いから早く来てぇー』
「シドは?」
『森の中に入って行った。俺かわいそうなことに今道端でたった1人なんだ……。あ、ゲートの紙は俺が持ってるよぉ』
「わかった。ちょっと待って」
 アールはルイを見遣った。「ルイ、カイがゲートの紙持って1人で待ってるって」
「では……ゲートは使わずなるべく早く……行くと伝えてください……」
 息切れしているため、途切れ途切れにそう言った。
「わかった」
 
アールはカイに告げると、カイは『今すぐ来てほしい』と駄々をこねたが、何も言わずに電話を切った。時折アールのSっ気が垣間見える。
 
「ルイ、大丈夫……?」
 アールはシキンチャク袋から回復薬を探し始めた。
「大丈夫ですから、回復薬は大事に保存しておいてください……。カイさんには結界紙を持たせているので大丈夫です……。念のためシドさんに電話をかけてみて貰えますか……?」
「シドに?」
「えぇ……なんだか少し胸騒ぎがするので……」
 
 

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©Kamikawa
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