voice of mind - by ルイランノキ |
「なにも感じませんね」
魔道具が放つ魔の力は感じない。感覚を研ぎ澄ましてみるけれど、なにも感じない。
長らく人が通っていない道が横に伸びており、道を挟んだ向こう側は森が広がっている。
「魔法の中にはそれをも消すものが存在するのだろう?」
と、ヴァイス。
「えぇ、そうですが……そこまでするでしょうか。おそらくこの本の世界のシナリオもテトラさんが考えたと思われます。難易度が高くなっているのだとしたらわからなくもないのですが」
と、ルイは森の中に目を向けた。
「本の中だからだろう。そこまでの設定をしていないとも考えられる」
「そうですね。どこまで現実に近い設定なのか、気になるところです」
村に呪いをかけるとすれば、村からそう遠くはない場所からになる。あまり距離があるとそれだけ魔力を消費する。
ヴァイスの肩に乗っていたスーが突然地面へと降り立った。
「どうかしたのか?」
スーはじっと森の奥を見据える。その視線を辿ったルイが、スーを持ち上げて森へと足を踏み入れた。人間には感じ取れないが、モンスターになら感じ取れるなにかがあるのかもしれない。
アールはというと、村人に尋ねてかつてこの村に住んでいたウィルソンの家があった場所に来ていた。そこに建っていたはずの家はとっくの昔に取り壊され、すっかり何もなくなっていた。家が建っていた形跡もないほどに。
「アールん。収穫ゼロだった」
と、カイは鼻をほじりながらやってきた。
「鼻をほじらないの。こっちも収穫ゼロ。村の中は一通り見たけど、怪しいものはなにひとつない」
「アールは鼻くそ溜めてるほうがいいのか」
カイは鼻に突っ込んでいた小指を引き抜いた。
「違うよ。人前で鼻をほじるなって言ってんの。これ前にも注意しなかったっけ?」
「そうだっけ」
「服で拭かないでよ?」
と、アールはティッシュを渡した。
「こっちも村人たちに聞いても散々調べた後だって言うんだ」
カイは鼻をほじった小指を拭きながら、村人から聞いた話をアールに伝えた。
「やっぱり外なのかもね」
「意外と塔の中ってことなーい?」
「…………」
アールは大きな時計台を見遣った。確かにそれは考えられる。近づくことを許されていないのだから村に呪いをかけた根源がそこにあったとしても気付くわけがない。
「カイ、冴えてるね」
「鼻ほじったからね」
「関係なくない? それ」
「すっきりしたら頭もすっきりしたんだ。ティッシュありがとーう」
と、カイは使用済みのティッシュをアールに渡した。
「きたなっ! 自分で捨ててよもう!」
シキンチャク袋からゴミ入れ様のビニール袋を取り出してその中に捨てた。
「ではでは時計台調べてみちゃいますか」
カイはすたすたと時計台へ向かうも、アールが腕を掴んで引き止めた。
「だめだよ。勝手に近づいちゃ。まだ時計台だと決まったわけじゃないんだし」
「だから調べに行くんじゃないかー」
「もし違ってまたこの村を魔物が襲い始めたら責任取れる? 一先ずルイに知らせよう。外にいるはずだから一緒に行こう」
と、カイの手を引っ張った。
「電話すればいいじゃーん」
「電話代払ってんのルイだからね? シドが仲間から外れてからお金貯めるの大変なんだし、節約できるとこはしとかないと。それに外は魔物がいなさそうだったし、そもそもさっきも言ったけど時計台が怪しいと決まったわけじゃないんだから」
「へいへいへいへいわーかりましたぁー」
「感じ悪ッ!」
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「あったぞ」
と、一冊の本を本棚から引き抜いたのはベンだった。
その本のタイトルは《ゲーム王国》である。次に入る、3冊目の本だ。
駆け寄ってきたジャックは本のタイトルを確認し、大きなため息をつきながら床に座り込んだ。
「はあぁああああぁ……見つかってよかったぜ……」
「ご苦労じゃったな」
と、テトラはかけていた丸い眼鏡を外しながら言った。
「思ったより早く見つかったな。俺たちだけで行くか?」
「カイのやつが文句言いそうだ。ゲーム王国と聞いたら入りたくなるだろうしな」
ジャックは床に寝転がって、天井を眺めた。
「あとで合流すればいい」
「順は守れと言わなかったかの?」
と、テトラ。「その本に入れるのは《おとぎの国の静かなる願い》から金のプレートを手に入れて戻ってこれたら、じゃ」
「チッ。めんどくせーな」
ベンはそう言って、本を仰向けに寝転がっているジャックの腹に落とした。
「う”っ!」
「俺もVRCにでも行ってくる。あいつらが戻ってきたら連絡しろ」
「待ってくれよっ」
と、ジャックは体を起こした。
「あいつらから助けを求められたらどうするんだ。すぐに駆けつけられるように待ってやったほうがいいんじゃないか?」
「…………」
「心配する必要はない」
と、テトラ。「あの本の中では危険な目に合うことはないじゃろう」
「だとよ」
ベンはため息をつき、イストリアヴィラを後にした。
「ったく、どいつもこいつも勝手だな」
ジャックはもう一度横になった。「……なぁじいさん」
「なんじゃ」
「あんたはどこまで知ってるんだ? 今後の未来」
「ふむ」
と、髭をさする。
「今後どうなっていくのか」
「わしゃ未来を知ってはおらん。聞かされてはおるがな」
「ん? どういうことだ?」
「未来はいくつもある。手に入れたい未来を手に入れるためには正しい選択肢を選んでいく必要がある。どこかで間違えればそれだけで手に入れることができたはずの未来を闇へ葬るはめになることもありうる。しかしどこかで間違えてもその後の選択次第で軌道を修正することが出来ることもありえる。未来は選択肢でどうにでもなる。ただ、何事にも確率というものがある。とある魔術師が見たもっともおとずれるであろう確立の高い未来は、世界の破滅だったのじゃろう」
「……よくわかんねぇが、今はそれを回避する道を辿ってるってことか?」
「そういうことじゃ」
と、テトラはタバコに火をつけた。
「それは……“誰が”だ? アールか? それとも……」
「お前は組織の人間じゃろう。なにを疑っておる」
「いや……別になんでもない」
切り開く道はある。
誰がその道を切り開き、誰がそれを邪魔するのか。
「その魔術師ってのは信用できるんだろうな?」
「さぁな」
「なんだよそりゃ!」
と、立ち上がる。
「どんな力を持っていようとも、神ではない。人間じゃ。そいつの人間性などわしゃ知らん」
タバコの煙を大きく吸い込み、ふうと吐き出した。
ジャックは両手で頭をかきむしった。これじゃあ本当に誰を信用すればいいのかわからねぇじゃねぇか! 例えアールを信じていても、そのアールが誰かに騙されていることも、ありえるのだから。
「なんかモヤモヤするな……。ところでさっきの誰なんだ? 暑苦しそうな奴だった」
ベンが本を見つける前に、一人の客が訪れていた。その男は暑苦しそうな真っ白いコートを身にまとっていた。コートのフードにはファーがついていた。ジャックは本を探しながらちらちらとその客とテトラが話しているのを気にかけていた。そして、テトラによってその客は本の中へと入って行ったのだ。
「ルイの知り合いだと言っておった」
「え、じゃあさっき入っていった本はアールたちが入ってる本か?!」
「そうじゃが、なにか問題があるか?」
「大有りだ! 勝手なことするなよ! 怪しいやつかもしんねーのによ!」
「問題ない。彼のことはわしもよく知っておる。わしの知り合いでもある」
「お、おう……ならいいが……」
Thank you... |