voice of mind - by ルイランノキ


 静かなる願い4…『ヒメル』

 
アールの目に飛び込んできたのは、一面に広がるたんぽぽ畑だった。それも綿毛のたんぽぽだ。一行が立っている場所は一本道のど真ん中で、進むとしたら前か後ろになる。
 
「メルヘン!!」
 と、カイがその場にしゃがみ、綿毛に息を吹きかけた。ふわりと白い綿毛が舞い、微かに流れている風に乗った。
「たんぽぽだらけで可愛い。どっちに行く?」
 前に進んでも後ろへ進んでも、道は森の奥へ続いている。
「前へ進みましょうか」
「そだね、なんとなくこっち向いてたから前に進みたくなるよね」
 
一行は辺り一面に咲いている綿毛を眺めながら道なりに進んだ。一行が歩くと風が生まれ、通った道の周りに咲いていた綿毛がふわっと舞い、幻想的だった。
空の色も、薄い青色と緑色が交ざった色で、絵に描いたような雲が流れている。
 
森の入り口に差し掛かると、突然温かみのある男性の声がした。
 
「ようこそ、おとぎの国へ」
「誰?」
 周囲を見回すと、一本の木に顔があった。その顔は老人のようでにこりと優しく笑う。
「この先になにがあんのー?」
 と、カイ。
「この先はおとぎの国の外れ。楽しいおとぎの国を満喫したいのであれば引き返すことをおススメするよ」
「引き返す?? 向こうの道へ行けって事?」
「そういうことさ」
「…………」
 カイはアールを見遣った。「どうするー?」
「……どうする?」
 と、アールはルイを見遣った。
「どちらを選択してもよろしいのでしょうか」
 ルイは木にそう尋ねた。「僕たちは探しものがあってここに来たのですが」
「遊びに来たわけではないのならばそのままこの道を進むといい」
「遊びたいけどー」
 と、カイ。
「時間がないから我慢して。このままおとぎの国の外れに行きます」
 アールは木を見上げた。
「そうかい。なら止めないよ」
 
おとぎの国と聞くと、メルヘンチックなイメージがある。
だから綿毛のたんぽぽが一面に広がっているのを見てまさにおとぎの国へ入り込んだような気分になった。
けれど、森を抜けるとその世界観も一変。旅をしていて時々立ち寄るような辺鄙な村が道を下った先にあった。その村にたどり着くまでに魔物とは出くわさなかった。この世界に魔物はいないのだろうか。
 
その村は結界で囲まれてはいなかった。受付もなく、一行は困惑しながら村へ足を踏み入れた。村の住人が一行に気付くと背格好を見て目を逸らした。興味を示す者はほとんどいない。
一先ず村の中を探索しようと、歩き進めた。迷子になるほどの広さはない。先頭を歩いていたカイがふと足を止めた。とある平屋の家と家との間に像が立っている。アリアンの像ではない。幼い子供の像だ。その周りには鮮やかな花束が供えられている。
 
「誰だろうね」
 と、アールが覗き込んだ。
 
その時、カランカランと村の外れにある空へと伸びる背の高い古い時計台の鐘が鳴った。
家の中にいた村人たちが一斉に外へ出てくると、時計台に向かって正座をして頭を3回下げ、手を合わせた。
 
あっけにとられたカイ。アールの腕にしがみ付いた。
 
「なにかの儀式……?」
「私に聞かれても……」
 
儀式が終わると何事もなかったように家の中へ戻り、外にいた者は作業に戻った。
ルイが近くにいた年配の女性に声をかけた。大きな籠を持っており、洗濯物が山積みになっている。
 
「すみません、今のはなんでしょうか」
「祈りさ。ヒメルへのね」
「ヒメルとは?」
「あそこに像が立っているだろう? あの子の名前さ。詳しく知りたいなら村長を訪ねるといい」
 女性は村長の家を教えてくれた。
 
一行は今一度少女の像を見遣った。アリアンの像のように両手を組んで祈りを捧げている。土台にはプレートがはめ込まれており、《himmel》と名前が彫られている。
 
「村長さん家でお菓子出るかなぁ?」
 と、カイ。
「なに言ってんの。それにしてもあの時計台……大きすぎない?」
 
時計台は塔のように大きく、500メートルはあった。見上げていると首が痛くなる。
 
「上るの大変そうだねぇ。帰りは階段が滑り台に変わればいいのにねぇ」
「それ賛成。ていうかエレベーターないの?」
 
村長の家はその時計台のふもとにあった。集会所と繋がっているからか平屋にしては随分と広く感じる一軒家。玄関のドアを叩いて声をかけると、老年男性が顔を出した。
 
「村長さん?」
 と、カイ。
「いかにも。私が村長のヨハンネスだ」
「ヒメルちゃんのこと教えて欲しいのです」
「なぜだ」
「え。ルイパス」
 と、答えられなくなるとルイにバトンタッチをした。
「旅の途中でお邪魔したのですが、村の中心部辺りにある少女の像が気になりました。近くにいた女性にお尋ねしたところ、村長さんを尋ねてみるよう言われました」
「ふむ……まぁよい。ちょうど暇しておったしな」
 ヨハンネスはそう言って一行を家の中へと招いた。
 
外観からはさほど裕福さは感じられなかったが、室内は綺麗に整頓されており、いかにも高そうな壷や絵画が飾られ、ブラウン色の大きな革のソファと大理石のようなテーブルが人目を引いた。
 
「適当にかけておくれ」
 と、ヨハンネスは一同をソファに促した。
 
アールたちは横並びにソファに座る。右からカイ、アール、ルイ、ヴァイス。
ヨハンネスは冷たいお茶を人数分と、竹の籠に入れたお菓子をテーブルに置き、別室へ。
カイがお菓子に手を伸ばし、籠ごと自分の前へ引き寄せた。部屋の窓は壁一面に大きく、レースのカーテンが閉められているがその隙間からぼんやりと外の景色が見える。
 
暫くして、ヨハンネスは大きな箱を両手で抱えて運んできた。一同の向かい側に腰掛け、箱はソファの横に置いた。
 
「さて、君たちはどこから来たのかね?」
 ヨハンネスは一先ず一行のことを知りたがった。
 本の外から来たのでこういった質問は本当に困る。
「南の森から」
 と、ルイは大雑把に答えた。
「ほう、南の森を抜けてきたということはハニーランドから来たんじゃな?」
 それがどこかはわからないが、限定されたのならそういうことにしておくべきだろう。
「えぇ、まぁ、そんなところです」
 
カイは一枚一枚袋に入っているクッキーを食べながら、ハニーランドについて訊きたくてうずうずしていた。しかし話の流れからしてハニーランドを知らないとなると厄介だ。訊きたいし知りたいがクッキーと一緒に飲み込んだ。
 
「向こうの連中はこっちには興味ないと思っていたが、珍しいこともあるものだな」
 と、ヨハンネスは大きな箱の蓋を開けた。
 
箱の中にはヒメルに関する資料がぎっしりと詰まっていた。
 

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©Kamikawa
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