voice of mind - by ルイランノキ


 静かなる願い5…『村の歴史と時計台』 ◆

 
ひとつの本棚の全ての本を探し終えたベンは大きくため息をついてその場に座り込んだ。本棚一台分の本をひとつひとつ見て探すのは思っている以上に大変だった。一台分と言っても自分の身長よりも高く両手を広げても届かない、横幅は4メートルある。
背中合わせに隣の棚を探していたジャックは最後にチェックした本を指で指したまま振り返り、ベンを見遣った。
 
「大丈夫か?」
「…………」
「やっぱ二人じゃ大変だな」
 と、最後にチェックした本からまた探し始めた。
 
一方、シドはとある街のVRCにて汗を流していた。
力が増した分、その力を更に鍛えたい。次から次へと現れる魔物を一撃で倒していった。
 
それにしても、ジョーカーの行動が引っかかる。テトラによればジョーカーが言ったことは嘘ではない。クラウンは先に本の中へ入り、それを追ってジョーカーも中へ。だが、テトラが口裏を合わせている可能性もなくはない。もしもジョーカーによってクラウンがオーガに化け、暴走したとする。オーガに化けたクラウンはグロリアを狙っていた。クラウンの意思はそこにあっただろうか。あれはまるで操られているようにも見えたが。
 
「死ね」
 シドは刀を振るい、魔物の首を斬り落とした。
 
そしてまた思考をめぐらせた。──ベンが保管していたアーム玉を奪い、二人で逃走。その後、自分等のアジトにてまだ隠し持っていたアーム玉を持って再び姿を消した。そして、グロリアを追いかけて本の中へ……。
 
「自分等だけで手柄を持って上に報告するつもりか? 勝手に行動に移す理由はなんだ」
 
シドの前に、3体の魔物が現れた。一体ずつ倒すのにはもう飽きた。複数出現させ、力の限界を確かめてゆく。
 
「あいつらだけに上から指令が来ている可能性は?」
 
グロリアのアーム玉を捨てずに持っている以上、グロリアの力を閉じ込めたいと思っていることに変わりはないはずだ。ならなぜ殺そうとする。どっちでもいいのか?そんな指令、上からは来ていない。少なくとも俺には。
 
シドの刀が1秒ごとに魔物の首を刎ねた。爽快だが、ジョーカーのせいでモヤモヤする。もしも仲間内に亀裂が入れば自分の立場も危うくなる。ただでさえ信用をなくしているというのに。
 
「……だからか?」
 
俺は上からの信用を無くしている。仲間に見切りをつけられ切り捨てられることも考えられる。この俺が。
 
「クソッ」
 シドは額の汗を拭い、舌打ちをした。
 
その頃ジョーカーは単独行動をとっていた。
クラウンをオーガに化けさせた場所に戻ってくると、人の気配を感じて姿の見えないものに声をかけた。
 
「誰だ」
 
耳を澄ませ、気配の正体を探った。
 
「戻ってきそうなんで待ってみたけど」
 と、周囲の森から姿を見せたのはアサヒだった。「やっぱり戻ってきた」
「…………」
「上手くいかなかったのか? グロリアの首はクラウンを化け物化しても奪えなかったと」
「…………」
 ジョーカーは懐から瓶を取り出した。その中にはもやもやとした黒いものが蠢いている。
「あれ? 消されたんだと思ってた」
「悪魔の力を借りたのだ。そう簡単に死にはしない。永遠ではないがな」
「まだ使えるの? こいつ」
 と、アサヒは瓶の中を覗き込んだ。
 
アサヒの言葉に反応したのか、その黒煙のようなもやもやは何度か赤く光ってみせた。
 
「おもしろ」
「暇なようだな」
「俺? まぁ少しはね。部隊が減った分、お呼ばれが少なくなったから。第一部隊の中で行ったり来たりよ。まぁ第一部隊にもなれば自分でアーム玉を扱える奴がほとんどだけど。自分の力は使いたくないっていうケチな奴が俺を使うんだ」
「不満そうだな」
「別に。それが俺の仕事だから。──で? どうすんの、これ」
 と、アサヒは瓶の中のクラウンを見遣り、指でコンコンと突いた。
「どうするかな。模索中だ」
「ふうん」
 
第三部隊に亀裂が入るのは時間の問題かも知れない。いや、もう入ってるのかな?と状況を読むアサヒの腕に、拾ったブレスレットが嵌められている。アールからシドへ、シドからワオンへ、ワオンからクラウンへ、そして、今はアサヒの腕に。
 
━━━━━━━━━━━
 
ヨハンネスが古いアルバムを開き、一枚の写真を指差した。モノクロ写真にあどけない笑顔の少女が大人の女性と写っている。少女の年齢は10歳くらいだろうか。
 

 
「これがヒメル。後ろに立っているのがヒメルの母親じゃ」
「可愛いねぇ」
 と、カイが写真を覗きこむ。
「お母さんの方は……なんか」
 アールは言葉を濁した。娘と写っている写真にしては笑顔がぎこちなく、目が腫れているように見える。
「このときヒメルは12歳を迎えたばかりじゃった。ウィケッドに捧げる前日に撮った写真じゃよ」
「ウィケッドというのは?」
 と、ルイ。
「数年前からこの村を襲う魔物が現れた。純潔な血を求め、12才未満の少女ばかりをさらって行った。この村に女の子が産まれるとその魔物がやってくる。そのため、産まれた赤ん坊が女だとわかれば容赦なく殺したものさ」
「ひどい……」
 アールは話を聞きながら視線を落とした。
「そんなあるとき、この村に一人の魔術師がやってきて、この村は呪われていると言った。その呪いから解き放たれるには産まれてから12才になるまで一度も誰にも触れられずに育った少女を生贄に捧げるというものじゃった。魔術師は魔物を呼び寄せる塔、時計台を造り、12才になった少女ヒメルを閉じ込めた。その塔に近づけばまた呪いがはじまると言い伝えられてきた。あの塔には出入り口がなく、あるのは少女が閉じ込められている部屋に作られた鉄格子の窓だけなんじゃよ」
「じゃあ今もヒメルはあの塔の中に……?」
「あの塔の中がどうなっているのかは誰にもわからん。ヒメルが生贄として閉じ込められたのはもう100年と50年になる」
「150年ね。生きてたらめっちゃおばあちゃんじゃん」
 と、カイはお茶を飲み干した。
「生きてはおらん。ヒメルは飲まず食わずで1週間は生きたのは確かじゃ。母親の日記が残っておる。娘が塔へ連れて行かれるときに遠くまで響き渡る小さな笛を持たせた」
 ヨハンネスはそう言ってダンボールから今にも敗れてしまいそうなノートを取り出し、慎重にページを開いた。
「その音が途絶えたのは、ちょうど1週間経った頃じゃ」
「飲まず食わずで1週間も生きたのが凄い。俺なら1日で死ねるー…」
「その後、黒い影の塊が何度も空を飛び交い、鉄格子の窓から出入りするのを村人が見ておる。数日間続き、次第にその影を見ることもなくなった」
「魔物はそれ以来村を襲うことはなくなったのでしょうか」
 と、ルイは問う。
「ヒメルが生贄になった日から、村は平和じゃ」
「…………」
 
果たして平和と言えるのか。少なくともヒメルの母親にとっては悲劇でしかない。彼女の日記は笛の音が途絶えたあとも娘を思う日記が続いていた。どのページにも必ず会いたいと綴られており、涙によって文字はにじみ、今にも消えてしまいそうだった。
 

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©Kamikawa
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